121:あれからの一週間
クルエルティ・ヴィラン王都襲撃事件から一週間。
その間に、いろいろなことが起きた。
まずは、ランスが聖女の正騎士であることを証明するかのような出来事。
添い寝をしてランスと休んだ時間は、二時間程度だ。
その目覚めは唐突に訪れる。
「あー、今日のティータイムは、どんなお菓子がでてくるのかなぁ」
ロキの棒読みだが、やけに大きな声により、目が覚める。
ランスはまだ眠そうにして、私をぎゅっと抱きしめた。
みんなが部屋に来る前にベッドから抜け出て、ドレスと髪の乱れを直さなきゃ。
ロキ、ランス、私と目覚め、準備が整ったまさにそのタイミングで!
部屋にリリスとララ、エルンスト伯爵家の本邸から来ている医者が入ってきた。
お茶を飲みつつ、ロキとランスは、傷口の消毒をすることになっていた。
まずはランスが寝間着の上を脱いだのだが……。
「これは……!」と医者は驚くことになる。
医者だけではない。
その場にいた全員が、何が起きたのかと、困惑することになる。
ランスはロキにこう指摘されていた。
「お前って奴は……本当に、肋骨が折れ、左の上腕の骨も折れ、全身に多数の切り傷、打撲、打ち身、縫った傷は十三か所で生きているなんて……。化け物か!」
骨折については、私が治癒していた。でもそれ以外の怪我は残っていたのに!
贅肉のない引き締まったその上半身に、傷など一つない。
そこに見えるのは、くすみのない透明感のある美しい肌。
「アリー聖女、これは……ランスへの特別サービスか?」
ロキがそう尋ねるが、私は治癒を行っていない。
ただ、ランスに添い寝するにあたり、彼のことを想っていた。勿論、彼が早く元気になることを願った。でも聖なる力を込めたつもりはない。
これはどういうことなのか。
謎を解明するため、ランスの厳しい監視(?)の元、ロキでも試してみた。きっちり二時間、ロキに添い寝をしてみたが……。
「なぜだ……? 俺はランスと同じぐらい活躍した英雄なのに! アリー聖女を想う気持ちは、鉄仮面にも負けないのに。なぜ治らないんだ!」
ちゃんとロキの怪我が全快するようにと願った。だがランスのように、ロキの怪我が治ることはない。拗ねたロキがあまりにもかわいそうなので、何か所かの傷を治癒することにした。
そう。聖なる力を使った治癒で、ロキの傷はちゃんと完治する。
だからランスが全快し、ロキの傷が治っていないのは……。
「これが聖女の正騎士ということなんだ。聖女を守り、愛するために選ばれた男。傷を負い、聖女を愛することも守ることもできません……では話にならん。治癒で治さずとも、もう聖女がそばにいるだけで、傷は治るんだよ。……はあ。妬けるよ、お前に! 俺だって心からアリー聖女を愛しているのに!」
ロキはそう言って大げさに嘆いたが……。でもその通りなのだと思う。
宿場町の宿の部屋で、ヴェノム・スパイダーに襲われた時。
ランスは、私が床に頭を激突しないよう、自身の手で庇ってくれた。
その結果、私の頭は守られたが、ランスの手は赤くなっている。その手は塗り薬を塗る前に、突然元通りに戻っていたのだが……。
これもきっと、私がそばにいるだけで、傷は自然と癒えたのだろう。治癒をするまでもなく、軽い怪我だったから。
実は正騎士について、ちゃんとした知識を有する者は、存在していなかった。なにせ正騎士が存在したのは、三千年前の一度きり。魔王の呪いにより、聖女が誕生しても、正騎士となる男性は、彼女と出会うことができなかった。
よって正騎士について分かっていることは、わずかばかりに残る書物での記録。そしてクルエルティ・ヴィランが語ったこと。加えて、ランスと私の間で起きた事実から分かることがすべて――という状態だった。
よってランスだけが持つ、生命力で魔物を消滅させるという能力。これも彼が正騎士だからだろうと結論付けられた。正騎士は聖女を守る必要がある。例え聖なる武器がそこになくても、まさに命(生命力)を懸け、聖女を守るわけだ。
ともかくランスが回復した。それはすぐに各所に報告され、その結果――。
私に加え、ランスも神殿に呼び出された。
隊服に着替えたランスと、セレストブルーに銀糸による刺繍が美しいドレスを着た私は、まずは宮殿へ向かった。
午前中は、宮殿の医務室に入院している怪我を負った聖騎士の治癒。昼食後、移動し、午後は、神殿で聖女の確認のための儀式が行われる。
前回同様の一通り行われた儀式への手応えは、勿論あった。
まず、胸に痣のように見えたピンク色の聖女の証。
今は誰が見ても、それは美しい薔薇に見える。
聖なる力を使うための、聖なる言葉を使うこともできた。当然だが、聖なる武器を生み出すことも。治癒は言うまでもない。魔物を感知し、私が生み出した聖なる武器――聖剣で魔物を討伐して見せたのは、ランスだ。
即日で、神殿のお墨付きで、聖女であることが認められた。
改めて国王陛下にも、私は聖女で間違いなしと報告される。同時に。ある報告もされていたと教えてくれたのは、確認の儀式を終えた私達の元へやってきたアンリだ。
アンリは、クルエルティ・ヴィランにより、鼠のような魔物<ファング・ラット>の群れに放り込まれそうになった。それを食い止めたのは、クリフォード団長。アンリが小柄だったことも幸いし、魂を喰われることもなかった。
しかも怪我という怪我もなく、生還できたアンリは、多くの仲間が医務室のお世話になっている中。ひときわ元気に動き回っていた。
「神殿で行われる聖女確認の儀式には、王立ローゼル聖騎士団から団長、副団長も立ち会っていました。そこでクリフォード団長が『アリー聖女の聖なる力は、正騎士であるエルンスト伯がそばにいるか、いないかで、その強さが変わっていました』って、証言したそうなんです! それは国王陛下にも、報告されました」
クリフォード団長がしたという証言。それは……。
ランスがそばにいる時に作った聖剣、ランスがいない時に作られた聖剣。ファング・ラットをランスが倒した時、消失時間の差は、10秒あったという。戦場での10秒は、とても重い。
さらにランスは、自身の生命力でもファング・ラットを倒していた。その際、私がそばにいた時、いない時。魔物の消失時間の差は、20秒もあった。
つまり。
聖女の聖なる力は、正騎士がそばにいるか、いないかでその強さが変わる。
同時に。
正騎士の生命力は、聖女がそばにいるのか、いないかでその強さが変わる。
そのことも正しく報告された。