120:二人の立場
既にリリスとララは、部屋にいなかった。
パイ管理官は荷物をまとめると、部屋を出ていく。
これからロキとランスは体を休め、お茶の時間になったら、傷の消毒を受けることになっている。
私も少し疲れたから、部屋で横になろうかしら。
そう思い、ランスのそばの丸椅子から立ち上がると。
「アリー様」とランスが甘えるように私を見上げた。
「ど、どうされましたか?」
ドキドキしながら尋ねると、ランスの頬がぽうっと可愛らしく赤くなる。同時にぽわんと全身が輝く。
「アリー様もお疲れですよね? お部屋に戻られたら、少し横になられるつもりでは?」
「そうですね。明日は宮殿の医務室に出向き、追加で治療のお手伝いをするつもりです。体は休める時に、休めておこうと思っています」
「それならばここで……一緒に横になりませんか。自分がアリー様に添い寝します」
ランスがそう言うと、ロキはこちらに背を向け、掛け布団に潜り込む。
つまりロキは、知らぬ存ぜぬでいてくれるということだ。
添い寝を請うランスは、純粋に私の傍にいたいという気持ちであることは、理解できる。
でも、いいのかしら?
私が聖女であることは、既に神殿や国王陛下に報告されている。
本来、神殿へすぐにでも行った方がいいはずだが、大規模な魔物の襲撃があった翌日だ。
ゆえに今はエルンスト伯爵家の別邸にいることも、許されているのだと思う。
でもだからって、添い寝をしてもいいのかしら?
そこでようやく気が付く。
近日中に呼び出しがかかるはず。
そうなれば神殿に……。
遅かれ早かれ、私が神殿へ行くことになり、そして神殿で暮らすようになることを、ランスは理解している。さらに言えば、ランスはもう聖騎士を辞める必要はなくなった。むしろ、聖騎士を絶対に続けたいと思っている。私のそばに、少しでもいられるようにするために。
いろいろなことがありすぎて、気づくのが遅くなった。でも聖女になるということは、そういうことだ。もうランスと結ばれることは、叶わない。つまり、ランスと婚約して結婚することは……できなくなるのだ。
その事実に衝撃を受け、一瞬動けなくなる。
「アリー様?」
「あ、はい。今、エプロンをはずします」
ドレスが皺になってしまうかしら?なんてことよりも。
ランスとは一生一緒にいられるかもしれないが、プラトニックな関係を続ける必要があること、そちらの方が断然、気になってしまう。
ランスはとっくにそのことに気づいており、だからこそ今はまだ別邸にいるのだから、添い寝をしたいと言ったのではないか?
そうだ、きっとそうだ。
ゆっくりベッドに乗り、ランスの腕の中に身を横たえる。
「アリー様、枕にも頭をのせてくださいね」
「あ、はい。ありがとうございます」
体が触れあう範囲は、極力少なく。
それでもこの近さ。強くお互いを感じられる距離に胸がときめく。
ランスの顔は、王都から村へ向かった旅の時のように、私の髪に埋もれる。
聖女にとって唯一無二の騎士――正騎士は「聖女と結ばれることが認められた唯一の人間の男だ」とクルエルティ・ヴィランは言っていた。そして「聖女と正騎士の二人が力を合わせた時。この世界から魔物はすべて、消されてしまいます」とも言っていたのだ。
魔王はそれを恐れ、自身の死と引き換えで、聖女と正騎士が出会えないよう、呪いをかけたと言うのに。
認められないのかしら? 聖女と正騎士であるランスと私が結ばれることは。
「ランス様、起きていますか?」
「はい。……でも薬がきいてきたのか、眠くなってきています」
食後に確かに薬を飲んでいた。
その薬により、眠くなることは分かっていた。
絶対に寝てしまうと分かっているのに、添い寝をリクエストした。
ランスに不純な気持ちがないことが確信に変わり、胸がキュンとしてしまう。本当に純粋に私のそばにいたいだけなのだと。
「お薬、ちゃんと効いてよかったです。ゆっくり休んでください」
「ありがとうございます。アリー様もちゃんと休めるといいのですが」
「それは大丈夫ですよ。なんだかんだで疲れているので」
ランスの胸に少しだけ触れていた私の手を、彼がぎゅっと握った。
「アリー様が聖女でよかったです。あなたになら、心から忠誠を誓えます。この身をすべて捧げることができますから」
「ランス様……」
「近いうちにアリー様は神殿へ行き、そこで改めて聖女の判定を受け、今度こそ聖女として認められるでしょう。そうなれば神殿へ移ることになります。……この別邸からアリー様がいなくなってしまうのは、寂しいです。でも自分が聖騎士である限り。アリー様に会うことはできますから」
眠いと言っていたのに。
ランスは……まるで私の心がわかるのかしら?
私が気になっていることを、ちゃんと聞かせてくれている。
「アリー様を想う気持ちは変わりません。愛しています。心から。……結婚することはできないでしょう。でも今後も魔物を討伐する時は……。まだ分かりませんが、もしアリー様が魔物の討伐へ同行することが許されるなら、そこで……。もしそうなれば、自分はそれで満足です。魔物を倒せて、アリー様に少しでも触れることが許されるなら」
切ない気持ちが強まる。
私は元々修道女で、ランスは聖騎士だった。
お互いに仕えるべき対象があり、結婚とは無縁で生きるはずの身だったのだ。
魔物討伐の時だけ、口づけが許される関係……。
私が聖女でランスが聖騎士である限り。
この関係でいくしかないのね……。
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