115:一つの仮説
ブラックという実業家を演じていたクルエルティ・ヴィランを、好青年だと思っていた。
紳士的で、いい人だと思ってしまった。
大間違いだ。
真逆の存在。
羊の皮を着た、狼だった。
しばらくは、悔しさを感じ、そして怒り、最後に無気力になる。
今、ランスやロキがどうなっているのか。
私が突然、中庭で倒れ、目覚めない状況に、二人とも驚愕しているはずだ。
そこに突然、四天王であるクルエルティ・ヴィランが現れたら……。
ランスとロキの二人では、倒しきれない。
もう二人は……。
胸が張り裂けそうになり、慟哭し、そして長椅子に寝そべる。
装飾のない真っ白な天井を眺める。
「出会いの広場」の各部屋の天井をすべて見たわけではない。
こんなに真っ白で何もなかったのかしら……?
ぼうっとした頭で、ブラックからクルエルティ・ヴィランに化けの皮がはがれた瞬間のことを思い出す。
あの時、クルエルティ・ヴィランは、知らないはずのフルネームで私を呼んだ。
さらに……。
「第102代聖女であるアリー・エヴァンズ……いえ、アリー・アリアナ・シアラー、それが本当のあなたの名前でしたね。お会いできて光栄ですよ」
アリー・アリアナ・シアラー。
それが私の本当の名前……聖女アリーの名前。
ちょっと待って。
なんだか聞いたことがある名前が、やたら並んでいないかしら?
だって。
シアラーって。
クリフォード・ヒュー・シアラー。
そう、王立ローゼル聖騎士団の団長、クリフォード団長のファミリネームと同じじゃない。
クリフォード団長の姿を思い出す。
45歳とは思えない、若々しい風貌をしていた。髪はプラチナブロンドで、肩までの長さ。切れ長の瞳で、その色は淡い紫色。高い鼻に薄い唇。すらっとした細身である点は、ランスに似ていた。
もしかして私、クリフォード団長の遠縁……とか? まさか。
それにアリアナ……。
アリアナと聞いて思い出すのは、第101代目の聖女アリアナ・マドレーヌ・ローゼルだ。18歳で聖女の証の薔薇の痣が胸に現れ、聖アグネス神殿で行われた聖女の確認の儀式で、すべてをクリア。だが、彼女が25歳の時、流行り病によって亡くなったとされている。
若くして亡くなった聖女の名前が、ミドルネームにあるなんて。
偶然よね。
アリアナという名前は、割とポピュラー。
ただ、分かったこともある。
私の親戚に、アリアナという名前の人がいるということだ。
アリアナ。
神殿で見た聖女アリアナの姿を思い出す。
20歳の時の彼女の肖像画があった。先代聖女なのだ。当然、じっくり見ていた。
髪はローズブロンドで、綺麗にウェーブしたその髪は、腰辺りまでの長さだった。薔薇の冠を被り、微笑む顔は、20歳の大人の女性というより、少女のよう。瞳と頬と唇は、初々しさを感じさせるローズピンク。肌は白磁のような白さと質感で表現されており、真っ白なドレスがよく似合っていた。
私の髪も……ローズブロンドだ。瞳もローズピンク。聖女アリアナと同じだ。
まさか聖女アリアナが私の……お母さん……?
でも、もしそうなら。
いろいろな辻褄があう。
だって。
聖女が子供を産む!?
そもそも聖女が身ごもる自体とんでもないことであり、奇跡的に出産できたとしても、育てるなんて……。
名前を明かさず、孤児院に託したくなる気持ちは、よく分かる。
それにペンダント。
「ナイト・スカイ」シリーズのペンダントとピアスを贈られた聖女は……アリアナだ。そしてペンダントの箱に、魔力の残滓を発見し、ペンダントに魔力が込められていると発見したのは……クリフォード団長。
クリフォード団長は……当時はまだ団長ではなかったが、聖騎士の一人だ。
ペンダントの調査、保管、焼却。そのすべてに関わることができた。
一つの仮説。
聖女アリアナは、誰かの子供を身ごもった。
そしてその子供を秘密裏に出産した。生まれた赤ん坊を、その頃、頭角を現し始めていたクリフォードに託したのでは? 聖女が赤ん坊を生んだなんてタブー。そのままにしていては、赤ん坊は害される危険がある。だから聖女アリアナは、クリフォードに赤ん坊を孤児院の前に置いてくるようお願いした。
ペンダントを残したのは……そうか、そうね。
私が聖女として目覚めることがあれば、その出生の秘密がバレてしまう可能性がある。ペンダントに込められた魔力は、聖女の力を抑えるもの。このペンダントをつけていれば、私は聖女として目覚めることはないと考えたのでは? 胸に聖女の証である薔薇のような痣は現れず、聖なる力が使えるようになることはない――そう考えた。
ペンダントに込められた魔力でも、聖女の力を完全に抑えることはできなかった。
その結果、私は中途半端に聖女として、覚醒することになったのでは?
聖女の証である薔薇は、痣のように不自然な状態で発現。
魔物が見え、魔物の名前も分かるが、聖なる力を使うことはできない。
ランスの生命の輝きが見えたのは多分きっと、彼が私の唯一無二である正騎士だからね。
それが正解に思えた。
まさか聖女や聖騎士と真逆の関係にある、シャドウマンサー<魔を招く者>が作り出したペンダントを、隠れ蓑として使うことを思いつくなんて。クリフォードは切れ者だ。さすが団長になるだけある。
ああ、そうか。
だから。
クリフォード団長は、ランスが私を屋敷に置いていると知って、心底驚いただろう。
まず私が聖女候補として王都に来た時には、肝を冷やしたはずだ。
聖女であるか確認の儀式が行われていた時は、気が気ではなかったはず。
聖女ではないと判定され、村へ私を返すことが決まった時は……ホッとしただろう。
それなのに王都に戻り、ペンダントの謎に迫ろうとしたのだから。
「シャドウマンサー<魔を招く者>は、禁忌。迂闊に触れるのは危険です。血濡れた歴史がある存在。例え、聖騎士であっても、不用意に関わらない方がいい。Ignorance is bliss.」
クリフォード団長がこの言葉を口にした理由が、よく理解できた。