112:初めて(ランス視点)
人が通り抜けられるような幅ではないのに。
『天国の門』の扉から、無理矢理出てこようとしている人間がいる。
乱れた黒髪に、髪と同じブラックパールの瞳。
高い鼻はつぶれ、血色のいい唇は鬱血している。
雪のような白さの肌が、門の扉でこすれ、血まみれになりつつある。真っ白なシャツのあちこちに血が滲み、黒色のタイはとれかかっている。ワイン色の上衣とズボンからは骨が飛び出し、ベルベットの黒のベストは血が滲み、濡れたように見える。何かが地面に落ち、ボルドー色のマントがはずれた。自身の革靴でマントを踏みながら……人間が……。
この隙間から生きたまま人間が出てきたのか……?
驚愕する自分の前で、その男は折れた歯を見せながら笑っている。
これは『地獄の門』から出てきた、死者にしか見えない。
「うん、さすが聖女の正騎士ですね。とても美しい。彼女が惚れるはずです。でも……まさか既にキスをしていたなんて。最近の若い人間は我慢が効かないですね。ビースト・デビルベアとセント・ポイズンを倒していましたが……。聖女は純潔のままだったから。まだ手をつなぐぐらいしかしていないと思ったのに。既に唇は、あなたに奪われていました」
突然現れた男性の言葉を理解しようとした。
だがそれは、目の前で起きている出来事のせいで、寸断される。
目の前で起きている出来事。
それは……話しているうちに男性の姿が、元へと戻っていく。
髪の乱れがなくなり、鼻は高く、唇は血色のいい状態に。
肌は雪のような白さに変わり、シャツは真っ白になり、黒色のタイがきちんと留められている。ワイン色の上衣にズボン、ベルベットの黒のベスト。骨はどこからも飛び出していない。地面から何か胸元に戻り、ボルドー色のマントが彼の体をつたい、肩を包み込む。
マントを留めるように配置されたのは……ガラス玉。
あれはファブジェの店のガラス玉。えっ……!
「お前が……ブラック・バーナード、そして四天王の最後の一角、この世界の“最厄”と言われる残酷な魔物<クルエルティ・ヴィラン>か」
「正解です。正騎士くん。……容姿端麗な上に、頭の回転も良さそうですね」
クルエルティ・ヴィランは、不気味に笑う。
魔物が見えないはずの自分が、初めて見た魔物。
それがクルエルティ・ヴィランとは。
でもなるほど。
奴は人間の女性を手に入れる必要がある。
その姿を晒し、誘惑し、堕とす。
人間に見える必要がある。
他の魔物とは違う。
だから自分でも見えるということか。
強い魔力を持つのに感じなかったのは、人間の女性に近づくため、魔力の気配を押さえているのだろう。怖がられ、警戒されないように。
さらにこの美しい姿も、人間の女性に気に入られるため――ということか。
それに堕とすために、人間に触れる必要がある。
つまりこいつには触れることができる。
そう、触れても魂を喰われることはない。
そうだ。クルエルティ・ヴィランは、そもそも魂を喰らわないと知られていた。
ならばロキは……生きている可能性がある。
チラリと女神像の腕にいるロキを見ると……。
「ああ、彼ね。うん。なかなか手強かったですよ。聖騎士としては、相当ランクが上なのでしょうね。でも……マナーがなっていない! せっかく僕を感じ、集まってくれる魔物がいるのに。聖水で消すなんて無粋なことをしようとした上に、僕を倒せると思うなんて。ただの聖騎士ごときに、四天王を倒せるとは、思わないで欲しいですね」
「自分もただの聖騎士だが、四天王を倒している。ロキがお前を倒せると考えても、何もおかしいことではない」
「あなたはそれでも正騎士ですから。聖女の力をかり、四天王を倒した。でもここに聖女はいないでしょう。だから僕のことも倒せませんよ」
そもそも魔物と意思疎通なんてはかれない。
クルエルティ・ヴィランは……意思の疎通がはかれそうで、やはりはかれないのか。
「聖女はそもそも今生にいない。そして俺は間違いなく、自分の力で四天王を倒した。聖女は関係ない」
「頭も良さそうに思えたのですが、どうやらそうではないようですね。そもそも人間は、魔物の味方をするような変わり者もいて、矛盾しています。そしてあなたも。唇まで奪ったなら、最後まで事を成せばいいものを。唇までならまだ不成立です。不成立ですが……縛りになります。せっかく彼女を手に入れようとしたのに。まさに寸止め。今、ここで僕があなたを葬り、その縛りを解除しないと。聖女を完堕ちさせることができません」
何の話をしているのだ? やはり魔物と意思疎通をはかるのは、無理なのだろう。
「僕は人間の魂は喰らいません。ですからあちらの彼のように、物理的に殺しますよ、あなたのことを」
「! ロキのことを……殺したのか!?」
「人間の体は弱いでしょう。さっきの僕みたいに、瞬時に再生なんてできない。多分、死んだと思いますよ? 確認していませんが。見ての通り、ピクリとも動かないですから」
魔物との対話は無駄だ。
今すぐコイツを殲滅する。
武器を構えたが。
思い留まる。
意思の疎通がはかれないかもしれないが、確認する必要があった。
「アリーに何をした!」
「アリー!」
クルエルティ・ヴィランはポンと手を叩き、その黒い瞳を輝かせた。
「アリーはここにいたはずですが、どちらに運びました? 別にいいんですけどね。僕が手に入れるのは、彼女の精神<魂>。肉体は別にどうでもいいのですが……。でもせっかくなら、彼女との子供作ってもいいですよね。魔物と聖女の子供。これって人間に、絶望を与えられますよね?」
それはもう本能的な怒りで、聖槍を放っていた。
聖槍はクルエルティ・ヴィランの心臓を貫き、その穂先は地面にめり込んだ。奴は体を斜めにし、串刺し状態になった。
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【完結】全8話
『婚約破棄の悪役令嬢、断罪回避に成功!
しかし~これ、何エンドですか!?~』
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乙女ゲームの悪役令嬢に転生していると気づいた私。
でも、もう遅い。全部やらかした後。詰んでいる。
前世凡人の私では、断罪回避は無理と思ったが。
雑草魂だけは残っていた!
無自覚に断罪を回避したものの、次なる抹殺の危機!?
お忙しい季節ですから、読者様のお時間あります時に
お楽しみいただけると幸いです☆彡
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