111:違和感(ランス視点)
「え、じゃあ、アリー様はクルエルティ・ヴィランに接触し、魔術をかけられ、眠った状態なのですね!?」
驚きを隠せない表情のアンリに、状況をさらに伝える。
「そうだ。医務室のベッドで休ませている。そこには警備の騎士が一名と、魂を喰われた令嬢、そして眠った状態のアリー様がいる……」
「ランス指揮官、早く、向かいましょう。そんな無防備なアリー様を、っ、右手からファング・ラットが向かってきています!」
医務室につながる地下通路を走っていると、アンリが叫んだ。
一旦立ち止まり、ファング・ラットを倒すことになる。
「分かった。アンリは自身の聖剣を構え、自分の後ろに隠れていろ。聖槍を」
「はいっ! っ、来ます!」
見えないファング・ラットの大群に向け、アンリから受け取った聖槍で、突く行動を繰り返す。聖槍で倒せていない分は、生命力で消滅させることができているはずだ。
背中にいるアンリを庇いながら、聖槍を動かしていると。
「足音が止みました。殲滅完了ですね。本当にランス指揮官は無敵だな~」
「では進もう」「はい」
再び走り出すと、アンリが尋ねる。
「これもクルエルティ・ヴィランの魔力の残滓に、他の魔物が吸い寄せられているのでしょうか?」
「そうだろうな。王立ローゼル美術館は、地下に搬入路がある。その地下道を通り、どんどんファング・ラットがやってきているようだ。地下道なら自分達で穴を掘る必要もない。現状、邪魔する者もなく、しかも暗いとなれば……。魔物にとっては、まさに格好の侵入ルートだ」
「となると……到着したクリフォード団長には、地下通路を封鎖してもらった方がいいですね」
「それもそうだが、根本解決が必要だ。ロキが聖水でどれだけクルエルティ・ヴィランの魔力の痕跡を消せるかだ」
その後も何度かファング・ラットをやり過ごし、なんとか医務室へ到着した。その扉は、中にいる警備の兵士により、きつく閉じられている。つまり棚やなんやらをバリケードのようにしていたので、どける作業に手間取り、開けるまでに時間がかかった。それでもなんとか中に入ることができた。
物理的に扉の前に棚や机を置き、封鎖しても。
魔物は関係なく中に入れてしまう。
だから正直これは無駄……なのだが、それは警備の兵士に伝えず、アリーを抱え、地上へと向かう。
抱き上げても、抱えた状態で走っても、アリーは目を閉じ、微動だにしない。体に温かさを感じ、彼女が生きていることは分かるが、あまりにも無反応で心配になる。
「寝ているというより、意識がないのでは?」とアンリが言うのは、尤もだった。
一方、ガタガタ震える警備の兵士はアンリに任せ、来た廊下を地上へ向かい、戻っていく。途中、ファング・ラットを何度か殲滅した。
ファング・ラットの侵入が減っていない。
ロキは、クルエルティ・ヴィランの魔力の残滓を、ほぼ消すことができていないのか……? いや、でもそれは仕方ないのでは。何せクルエルティ・ヴィランは、四天王の一角だ。魔力の残滓でさえ、強力なはずだ。
間もなくクリフォード団長も到着するはず。
中庭に向かい、まずはロキと合流しよう。
「アンリ、正面ロビーにいる先遣隊は、全員デュアルナイトだな?」
「ええ、その通りです。廃城で一緒だったメンバーは、討伐に出ています。今、王都にいません。ですが先遣隊としてやってきたのは、副団長配下の聖騎士なので、全員優秀です」
「それなら安心だ。警備の兵士を連れ、アンリはそのまま正面ロビーへ向かって欲しい。間もなく到着するであろう、クリフォード団長を迎えてくれ。自分はロキのところへ向かう」
「アリー様は?」
このままアリーを連れ、ロキの元へ向かいたい気持ちはあった。
だが中庭の状況が分からない。
団長と合流した先遣隊部隊と一緒にいた方が、安全――そう判断した。
「アンリ、アリー様のことを頼んでもいいか?」
「ええ、お任せください。もう地上に出ましたから、ファング・ラットの襲撃はないと思います。それに正面ロビーなら、ここからすぐですから」
「では頼んだ」
アンリにアリーのことを背負ってもらい、回廊を、アンリと兵士は正面ロビーへ、自分は中庭方面へと向かう。
駆け足で進むと、中庭が見えてきた。
まだ遠いが、巨大なオブジェも見える。
聖槍と聖剣を手に、中庭へと向かう。
「……!」
そこは既にすべてが終わった場所だったはずだ。
それなのに、違和感を覚える。
中庭には数名の人間が倒れている。
ロキが駆け付ける前に、魔物に魂を喰われたのだろう。
魂を喰らった魔物がこの中庭にいたなら、ロキが倒したはずだ。
この人数を喰らった程度の魔物なら、デュアルナイトであるロキなら、一人で難なく倒せる。
つまり魔物はここにいないはずなのに。
違和感を覚え、異様だと思うのはなぜだ……?
「……!!」
そこでようやく気付く。
この中庭には、巨大なオブジェがある。
それは『天国の門』と題された、大きな門だ。
開きかけた扉の先は、用意されていない。
その隙間から何を見るのか、それはあなた次第――というわけだ。
そして今、その隙間から逃げるようにしている人間の体が見えていた。
まるでオブジェの一部のように。そこで固まっている。
さらに扉の上部には、翼のついた女神像があるのだが、その女性が抱きかかえるようにしているのは……。
赤髪にレンガ色のセットアップ……ロキ……!
衝撃を受け、声が出ない。
魂を喰われたのか!? どうして!? ロキが!? まさか!
それになんでそんな場所に?
聖剣と聖槍を持つ手が震えている。
呼吸がままならない状態で、それでも『天国の門』に駆け寄った。
「ロキ!」と叫ぶ。
遠くでカラスの鳴き声が聞こえ、いつの間にか空が、鈍色に変わっていることに気づく。
……返事はない。
「そうですか、君が正騎士」
突然、声が聞こえ、ぎょっとする。
しかもすぐそばだ。
「なっ……」
開きかけた『天国の門』。
その隙間は細く、人が通り抜けできる幅ではない。
でもそこから人間が、出てこようとしていた。
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