110:応援(ランス視点)
「ロキ、これで何体倒した?」
「そうだな、お前が、俺が見ていない間に一気に複数体倒している可能性加味すると……。五十体はくだらないかな?」
「そうか。どれも虫タイプか?」
「そうだな。さすがに森や山にいるタイプは、すぐに王都の中心部まで来られない。あ、犬の魔物<ヘル・ドッグ>と猫の魔物<デス・キャット>は何体か始末したが」
予想以上に沢山の魔物が、この王立ローゼル美術館に集まってきていた。
ここは王都最大の美術館。敷地面積も宮殿にひけをとらない。
よって逃げ惑う人々にはかたまらず、分散するよう伝えているが……。
魔物が現れたと分かると、皆、塊になろうとする。
多くの人が集まっている気配を察知した魔物は、必然的にそこへ向かう。
結局、正門を抜けた先、正面入口のロビー前で待ち伏せし、魔物を倒す状態が続いていた。
「ロキ、魔物が集まっているのは、やはりクルエルティ・ヴィランのせいか?」
「そうだろうな。討伐された魔物の痕跡には、死の香りが残る。よって他の魔物はその一帯から逃げようとする。でも今回、クルエルティ・ヴィランは討伐されていない。死の香りは残っていないわけだ。むしろ残された強力な魔力の残滓が、他の魔物にはフェロモンみたいに感じられるのかもしれないな」
「やはりそうか」
「来たぞ、ヘル・ドッグ、左22時の方角に先頭に一頭、後ろに二頭が続いている!」
あたりをつけた方角で聖剣を振るう。
後ろ二頭の動きを予測しつつ、連続で聖剣を空で斬る。
手応えはあったと思うが。
アリーの声を恋しく感じる。
彼女のサポートで戦った時間を、切なく思い出す。
「ロキ、そっちは大丈夫か?」
「ああ。だが聖弓が欲しくなるな」
「飛行タイプの虫の魔物か?」
「そう、おっ!」
ロキが見る方向からこちらへ駆けてきたのはアンリだ。
隊服を着て、マントをはためかせ、馬を止めると、アンリは飛び降りてこちらへ向かってくる。
「ランス指揮官、ロキ様、連絡、ありがとうございます! 伝書鳩のメッセージは確かに受け取りました。クリフォード団長も間もなく、こちらへ到着です」
「おっと! そうなるとこの美術館が、一番の激戦地ということか?」
ロキが肩を回しながら、アンリに尋ねる。
「そうですね。王都全域から報告がはいり、クリフォード団長の指示で、各部隊が派遣されました。ですが、ここ、王立ローゼル美術館が、最も人が集まっている場所なので。ただランス指揮官とロキ様がいるなら、万全だろうと。先遣隊として自分と……もうすぐ来ると思います。十名の聖騎士が到着予定です」
アンリがそう報告した直後「十名の移動。魔物さんも引き連れてきたな」というと、ロキがアンリの馬に積まれていた弓と矢筒をとる。その様子を見たアンリは、慌てて馬に積んだ槍をはずし、自分に渡した。
「ランス指揮官の聖弓も持ってきています。お屋敷に寄り、預かってきました」
「よくやった、アンリ。助かる」
自分の言葉に、アンリは笑顔になる。
ロキが飛行タイプの虫の魔物に対峙している間、一旦聖剣を鞘に納め、矢筒を背負い、弓を手に取る。
「アンリ、聖槍は任せていいか?」「勿論です!」
飛行タイプの虫の魔物を倒したロキが、アンリの馬を安全な場所へと移動させる。その間に先遣隊の聖騎士が、続々と到着した。
「宮殿と神殿は、大丈夫なのか?」
「クリフォード団長が聖旗を使い、聖域を展開しましたので、多くの貴族、近隣の市民も宮殿へ避難して来ています。ただ、移動中に命を落とす危険もあるので、無理な避難をしないよう、呼びかけています。聖騎士による避難の誘導も行っていますよ」
聖旗。
武器ではなく、聖域の展開に使われる。聖旗を立てた場所から、周囲4キロの範囲に聖なる力が展開される。王立ローゼル美術館は、ギリギリ聖域に届かない。
到着した先遣隊に、ロキと自分がいた場所を任せる。代わりにロキとアンリを連れ、クルエルティ・ヴィランの魔力の痕跡が残る中庭へと向かい、駆け出す。
「ロキ様指定の聖水も、持参していますよ」
「おー、いいね」
魔力の痕跡を消せる唯一の手段。
それが聖水だ。強い魔力は、完全に消しきることはできない。
でもある程度弱めることができれば、これ以上、魔物が寄ってくることを押さえられるだろう。
「しかし、驚きましたよ。クルエルティ・ヴィランが王都のど真ん中、王立ローゼル美術館に現れるなんて」
アンリの言葉にギクリとなるが、ロキは「ホント、なんでだろうな? でもバレたのかもしれんな。ランスが四天王を倒したことが」と応じる。
「あー、なるほどですね、ロキ様。クルエルティ・ヴィランが、最後の四天王になりますからね。頭にきて、ここにいるランス指揮官を狙い、やってきたということですね」
そうアンリは答えた後、周囲をちらちらと伺う。
「アリー様は、どちらへ避難を?」
ロキが視線を此方へ向ける。
クリフォード団長も、間もなく到着するだろう。
アリーがここにいること、クルエルティ・ヴィランに狙われたことは、報告する必要がある。
「アンリ、ヴェノム・スパイダーだ。数が多いが、いけるか?」
「勿論です!」
ロキの声に一旦、立ち止まり、ヴェノム・スパイダーを三人で殲滅する。
再び回廊を走り始め、アリーについてアンリに話そうとした瞬間。
「わあ」「うわあ」とロキとアンリが叫び、立ち止まる。
「どうした!?」
問いかけにアンリが、すぐに応じる。
「ここから『追憶の塔』につながる、地下の通路が見えますよね? そこを大量の鼠のような魔物<ファング・ラット>が、暴走しています」
「ランス! ファング・ラットのあの動きは、まさに暴走、手あたり次第だ。そこに人間がいるから向かっている、という感じではない。そこに通路があるから、駆け抜けている状態だ。……地下一階に医務室がある。クルエルティ・ヴィランの残滓は、俺一人でも消せる。アンリを連れ、アリー嬢の所に今すぐ向かえ!」