10:完璧な肉体美
ランスと私が泊まることを、パーク男爵夫妻は大歓迎してくれた。シリル同様、パーク男爵は、自身の領地とその周辺の事情も分かっていたる。今からの出発は危険であるし、今晩を屋敷に泊まるよう、自分たちも進言するつもりだったと言ってくれた。
パーク男爵夫妻はとても優しい。
こんな優しい両親に育てられたシリルのことを、普通にうらやましく感じてしまう。
優しい男爵夫妻は、ティータイムに庭園が見えるテラスでお茶会をしてくれた。
テーブルにズラリと並ぶお菓子は、修道院で食べていたお菓子とは全然違う。
修道院のお菓子も、美味しいと思う。
何せ自分たちで手作りしていたし、孤児院の子供たちは喜んで食べてくれていた。村の人もよく買いに来てくれている。でも今、テーブルに並ぶお菓子は……。
見ることを楽しめるものばかりだった。
茶色っぽいお菓子が基本の修道院で作っていたお菓子に対し、目の前のお菓子は、色どりが鮮やか。ピンク、黄、オレンジ、ピスタチオグリーン。焼き菓子には粉糖が使われ、粉雪がふりかけられているようだ。クッキーさえも、ほんのりピンク色をしている。
宝石みたいなお菓子と、上質な茶葉でいられた紅茶。
パーク男爵夫妻が聞かせてくれる、王都で見ることができるオペラや演劇、演奏会の話は、もう夢みたいだ。修道院にいては、知ることができない世界を、垣間見ることができたと思う。
ティータイムの後。
シリルのところへ家庭教師が来て、勉強となった。本来、勉強は一日かけて行われるという。でも今日はいろいろあったので、この時間まで免除されていたようだが……。それでも「今日は勉強をお休み」とせず、ちゃんとするところは……。
シリルは真面目ね。
真面目だし、弁護士になるという目標があるから。
家庭教師に来てもらい、夕食まで勉強すると決めたのも彼自身だった。そこはもう、頭が下がる思いだ。孤児院にいた頃、読み書きを教えてもらったけれど……。さぼることばかり考えていたと思う。
ということでシリルは自室に家庭教師とこもり、勉強を始めてしまった。そうなるとお茶会の後は、ぽっかり時間ができてしまう。
一旦、自分にあてがわれた客間に戻ったものの。
そしてその部屋は憧れの天蓋付きのベッドがあり、高級そうなソファセットが置かれ、絨毯もふかふかで、天井にはちゃんとシャンデリアもあり、とっても素敵なのだけど……。
それらをどれだけガン見したとしても、夕食までは……暇だ。
私はいずれ修道院に入ることが決まっており、聖書を読む必要があった。よって孤児院にいた時、読み書きは習っている。ゆえに文字はしっかり読めた。だからパーク男爵夫人に頼み、ロマンス小説などを、読ませてもらうことも考えたが……。
ランスと話したいと思ってしまった。
昼食の時、彼とは沢山話せた。だがその後、盗賊に襲われ、この屋敷に着いてからは……。
彼とはほとんど話せていない。
ランスの部屋は、隣の部屋の向かいだ。すぐに訪ねることができた。
扉をノックし、応答を待つ。
通常であれば。
返事があり、用件を伝える。
だから「はい」の返事を待っていた。
ところが。
「悪いな。助かる」
いきなり扉が開き、そこには……。
上半身裸のランスがいる。
驚き、でも、その完璧な肉体美から目が離せなかった。
想像通りの体をしている。
首まではほっそりしているし、綺麗なラインを描く鎖骨も見えているが、その下の胸筋はきりっと引き締まり、腹筋も美しく割れている。
まさに教会の入口に置かれた、大天使ミカエルの石像のようだ。
思わず腹筋に手を触れた瞬間。
ま、眩しい!
本当に大天使の体に触れてしまったかのように光を感じ、思わず目をつむる。
「アリー様、もしやあなたは……」
そう言ったランスは、私の手を掴むと廊下の様子を伺い、そのまま部屋の中へと引き込む。これにはもうビックリして声が出ない。彼が服を着ていたら、ここまで驚かないだろう。けれど今、ランスは上半身が裸なのだ。そしてその体は、惚れ惚れするようなもので。
その状態で手首を引かれ、部屋の中に入った瞬間。
バランスを崩した私は、その美しい胸筋と腹筋がある場所に、顔から突っ込むことになる。
これには当然だが、心臓が止まりそうになってしまう。
その状態でまたもや強い光を感じ、目を開けていられなくなる。
思わずランスの胸に、顔を伏せるようにしてしまう。
すると……。
筋肉は硬いイメージがあった。
実際に男性の筋肉に触れる機会はなく、彫像でしか見たことがない。かつ女性の私にそんなに筋肉はない。
だが現在触れている筋肉は、柔らかい。適度な弾力がある!
思わず感動し、指でさらに触れた瞬間。
またもや感じる眩しい光。
そして触れた筋肉は、さきほどの弾力が嘘のように引き締まっている。
そこで理解する。
鍛えられた筋肉は、柔軟性があるのね、と。
力を抜いている時は弾力があるが、ひとたび力を入れるとこんなに硬くなる……。
この硬さであれば、拳を当たられてもはじき返すことができてしまいそう。
まじまじとその腹筋と胸筋を見ていると。
扉をノックする音が聞こえ、飛び上がることになった。