108:いない(ランス視点)
「アリー様……?」
ファーブル公爵への挨拶を終え、席に戻るとアリーがいない。
というか、ロキもまだ戻っていないのか?
「いやー、参った、参った。モテる男はつらいねぇ。まさかレストルームから出た瞬間に、令嬢に取り囲まれるとは。丁重にお断りしているのに。近頃のご令嬢は、積極的だ」
「ロキ、アリー様がいない。レストルームの方で見なかったか?」
「!? いや、俺がレストルームを出てここに戻るまでの間に、アリー嬢は見かけなかったぞ」
「あのー……」
少し離れたテーブルに座る令嬢二人組の一人が、遠慮がちに自分達に声をかけた。
「はい、何でしょうか」
アリーのことが気にかかるが、令嬢から声をかけられたのだ。無視はできない。
「お二人と一緒にいた綺麗な女性の方。中庭を歩いて来た紳士を見て、慌ててその方の所へ向かわれました。お知り合いかと思ったのですが、その紳士が手袋を落としたようで。それを知らせに行ったのだと思います」
「! 教えていただき、ありがとうございます。中庭……」
中庭に目を向けると、そこに見えているのは巨大なオブジェとアリー以外の行き交う人々。
「それでその女性ですが、突然倒れたのです」
「えっ」
「すぐに近くの人が気づいて、多分、美術館内の医務室に運ばれたのではないかと思うのですが」
令嬢の言葉に驚き、すぐには言葉が出なかったが、なんとか「そうですか。教えてくださり、ありがとうございます」と絞り出すように囁く。「……医務室を訪ねてみます」ともなんとか言えた。
「ランス、嫌な感じがする」
そう言ったロキが、中庭の巨大オブジェの方に、駆けて行く。
医務室がどこにあるか分からないが、アリーがそこにいるのなら、早くそこに行きたいと思った。
「ロキ、自分は医務室へ」「来い、ランス! 魔力の残滓がある。しかも大量に!」
慌ててロキの後を追う。
魔力の残滓があるということは、魔力を持つ人間がここに現れ、その力を行使したことになる。
立ち止まるロキに追いつくと、その顔は青ざめていた。
「ロキ、何が見えた!?」
「……魔物と人間の間にできた子供が使った魔力量なんてものじゃない。これは……四天王並みの魔力量だ」
「!? まさか! もう四天王は、残酷な魔物<クルエルティ・ヴィラン>しか残っていない。奴が現れたのか……!?」
クルエルティ・ヴィランが現れたということは。
アリーは……ペンダントを外したのか!? もしそうならかなり危険だ。
誰かに医務室がどこか聞こう。
周囲を見渡し、首から職員証を下げた男性を見つけた。
「ロキ、アリーがペンダントを」
「待て、ランス! 見える、残像が……」
ロキの栗色の瞳が、中庭の芝を真剣に見ている。
「見えている。……随分と美しい男だ。珍しい黒髪に、髪と同じブラックパールの瞳。高い鼻に血色のいい唇。肌は雪のような白さで、真っ白なシャツに黒色のタイ、ワイン色の上衣にズボン、ベルベットの黒のベスト。ボルドー色のマントを留めているのは……ガラス玉。アリーの表情を見るに、知っているという顔をしている。もしやファブジェ氏のお店で会ったという実業家の男がコイツか? 確か名前は……ブラック・バーナードだ!」
ブラック・バーナードと言われても、全く思い当たらない。アリーによると、ファブジェの店にやってきた男性は、世界を旅する実業家と言っていた。王都在住の貴族ならまだしも、旅人のことなど、自分が知るはずもなかった。
「拾った手袋をブラックがはめて……珍しい羊の革の手袋だから、つけて見るかとアリーに尋ねた。アリーは……初めて見た羊の革の手袋に興味を持ち、身に着けた。それでブラックがアリーの手をとり……!」
アリーの手をとった!?
自分の知らない男が、アリーの手をとったという事実に、歯軋りしたい思いになる。
ロキがふざけてアリーに触れるだけでも、気持ちが落ち着かなくなるのに。見知らぬ男が気安くにアリーに触れるなんて……。
「間違いない。このブラックという男が魔力を使い、術を行使した。その術を使った瞬間に、アリーが気を失い、ブラックの姿が消えている。残されたこの魔力の量……。クルエルティ・ヴィランは、人型をした魔物だ。まさかこんなに美しい男性の姿をしているとは……。さすが人間の女性を惑わすだけあるな」
その瞬間、頭に血液が集中し、爆発するかと思った。
「クルエルティ・ヴィランは人間の女性に手を出す! まさかアリーに……!」
「落ち着け、ランス。アリーは医務室に運ばれたのだろう? だったら手は出していないだろう?」
確かにロキが言う通りだが、胸騒ぎがする。
「ともかくアリーのそばに行きたい。医務室へ行こう」
「オーケー。ちょっとそこの君、美術館の職員ですか?」
ロキが声をかけたのは、美術館の職員ではなく、美大生。だが、この美術館について詳しい人物だった。医務室の場所も知っており、途中まで案内してくれる。
美大生に御礼を言い、廊下を進むと、運よく美術館の職員をつかまえることができた。職員に、連れの女性が倒れ、医務室に運ばれたらしいことを告げると……。
「こちらです」と早歩きで案内してくれた。






















































