104:再会
「ブラック様! おはようございます。まさかこんなところで再会できるとは、思いませんでした。昨日はフルーツパイ、ご馳走様でした。店主のファブジェ氏にも、きちんとお渡ししておきましたわ」
「おはようございます、美しきマドモアゼル。こちらこそ、ここでお会いできるとは、驚きです。僕はここのホテルに滞在していますが、マドモアゼルは昼食を楽しみにこのレストランへ?」
「ええ、そうです。美味しいサーモンとキノコのキッシュ、松の実のケーキなどをいただきましたわ」
知っているとは言え、昨日、初めて会い、少し会話をしたに過ぎない。それなのに自分からこんな風に積極的に話しかけてしまうのは、ブラックが実に気持ちのいい好青年であり、紳士的に対応してくれたからだ。そして今も、快活に笑いながら、応じてくれていた。
「今日も昨日と同じ、お連れの方とご一緒ですか?」
「ええ、今日は彼と、もう一人。三人で王都の観光地を巡っています」
「おや、王都にお住まいなのに、王都観光ですか?」
そこで自分は王都に住んでいるわけではなく、知人の屋敷に滞在しているだけだと話すと……。
「ではマドモアゼルも、ここでは異邦人ですね」
「そうなりますわ」
「それならば一緒に王都を巡りたいところですが、連れが二人もいるのに、邪魔するわけにはいかないですね。それに待たせるわけにはいきません。どうぞ、王都をそれぞれ楽しみましょう。ごきげんよう」
ブラックは恭しく頭を下げると、ボルドー色のマントを翻し、廊下を歩いて行く。
今日もまた、昨日と同じ。
ロキのようにぐいぐい踏み込んでくることなく、サラリと会話を楽しみ、立ち去る。
社交慣れしているのね。
思わずその背中をじっと見送ってしまうが。
ブラックのいう通り、戻るのが遅いとランスとロキが心配してしまう。
慌てて二階へ続く階段を上った。
◇
「これがあの有名な聖女像なんですね」
「ええ。初代聖女アグネスの像です」
王立ローゼル美術館は三つの建物がつながっている。
中央にある「誘いの広間」と右にある「追憶の塔」をつなぐ、グランドフロアと一階にまたがる階段に設置されているのが「光の降臨~初代聖女~」と題された彫像だ。王立ローゼル美術館を代表する彫像の一つであり、初代聖女アグネスの等身大の彫刻である。
小顔の愛らしい聖女の微笑みは、一目で来館者の心を掴む。
小柄なのに圧倒的な存在感を感じさせるのは、吹き抜けの天井から注ぐ明かりにその姿が照らされ、日中訪れるとその体が輝いているように見えるからだろう。
まるでランスみたいね、このキラキラは。
隣で聖女像を眺めるランスをチラリと見て、思わず心臓が高鳴る。
ランスは横顔も美しかった。
特に横顔になることで、鼻の高さと唇の綺麗な形が際立つ。
陽射しと自身の輝きで煌めくホワイトブロンドの髪。
サラサラのその前髪の下でアーチを描く眉毛。
長い睫毛に縁どられた深みのある水色の瞳は優しく聖女像を眺めている。
彫像と変わらない透明感のある肌。
その頬はうっすらとバラ色に染まっている。
ほっそりとした首と、すらりとした長身の体躯。その体に贅肉はなく、鍛え上げられた筋肉が長い手足と体を守り、まとう衣装が洗練された雰囲気を醸し出している。
気づけば、来館者は聖女像を眺めつつ、そのそばで自身も彫像のように佇むランスに見惚れていた。
「このままグランドフロアに行くと、古代彫刻エリアだ。そこに神話の有名な女神像もある。見たいだろう、アリー嬢?」
こちらも彫像のようなバランスの体つきをしたロキが、ランスの肩越しに私を見た。
「ええ、ぜひ見てみたいですわ」と私が応じると「ご案内しますよ、アリー様」とランスが私の手を取る。
ランスに見惚れていた来館者は、彼が言葉を発し、動き出したことに「彫像のような美しい貴公子が声を発し、動いている!」とばかりに感動しているのが、伝わって来た。
そんなランスにエスコートされ、古代彫刻エリアで女神像を鑑賞。エキゾチックな異国の彫像エリア、ギャラリーを楽しみ、「追憶の塔」へ移動した。そこでは、宮殿がそのまま展示されているような、豪華な展示と絵画を観覧。数々の名画を観た後、再び「誘いの広間」を通過し、左にある建物「出会いの広場」へやってきた。
そこには国内外の巨匠の絵が所狭しと展示されている。宗教画も多く、修道院で学ぶ中で見知った絵画の本物が飾られていた。廃城から移設されたフレスコ画や天井画も再現された形で展示されており、そのスケールはまさに圧巻だ。
「う~ん、さすがにすべては見終わらなかったな。だがこれ以上歩き回ると、足が棒になる。休憩、休憩」
ロキに言われ、休憩をとることになった。
美術館の中庭を囲む回廊が、喫茶ルームとして開放されている。
たっぷり鑑賞していたので、ティータイムからは時間がずれていた。おかげで混雑も落ち着き、中庭の巨大オブジェがよく見える半テラス席に案内してもらうことができた。
アップルパイと紅茶を頼み、この後の予定を話す。当日券で入れる演奏会や劇を観るのはどうかとなり、それは願ったり叶ったりだったので、私は嬉しくなってしまう。
「では俺は店を出る前に身だしなみを」とロキがレストルームに向かった。ランスは給仕に目配せをして支払いをすすめる。私は中庭のオブジェに目を向けた。