100:その時何が起きていたのか
ロキと私が話し終えると丁度、夕食を食べ終えた。
そこでそのまま隣室に移り、ランスから二つの出来事について、今度は話を聞くことになった。コーヒーと焼き菓子をつまみながら。
まずはランスの家族の件だ。
というのも屋敷に戻り、本邸から医師を呼ぶと、もれなく彼の家族もやってきた。つまり、お見舞いに来たのだ。そこで散々心配されただけではなく、「アリー嬢と会わせてほしい!」と懇願されたという。
「家族には既に近いうちに聖騎士を辞めるつもりでいること、アリー様と婚約する決意は変わらないことを話し、受け入れてもらっています。……自分の性格をよく分かっているからか、両親も兄弟も反対することはありませんでした。よって『アリー様に会いたい』というのは純粋に『息子の婚約者に会いたい』という意味です。ですから自分の家族と会うことになっても、怖がる必要はありません」
ランスはそんな風に言ってくれた。
この言葉に嘘はないと勿論思う。それでも優秀なランスが、突然、どこの馬の骨とも分からない修道女を連れてきて、聖騎士を辞める、婚約すると言い出したのだ。表面的には「分かった」となっても、本音では「とんでもないことになった」と思っているに違いない。
そうなると彼の家族に会うのは……緊張する。でも避けて通ることはできない。その時が来たら覚悟を決め、会おうと決意した。
そんなこんなで医師とランスの家族がやってきて、そして彼らは医師を残し、本邸に帰った。
ランスの家族の件はこれでおしまいだ。もう一つの話、それは……。
ランスの家族と入れ替わりのように、別邸を訪れた人物がいる。
それは、王立ローゼル聖騎士団の本部か訪ねてきたアンリだ。
廃城での任務以降、アンリはランスの手となり足となり、動いてくれることが多いと言う。アンリとしては、迷惑をかけたことへの罪滅ぼしでの行動のようだ。
そのアンリがランスに会いに来た理由、それは王立図書館で起きたランス襲撃事件で分かったことの報告だった。
今回ランスの本を用意したデービス特別司書官は、ランスが来る一時間前に、本を用意した。その後、彼は行方不明になっていたが、その姿は宮殿の人通りの少ない庭園の通路で発見されたという。
発見時、デービス特別司書官は意識を失っており、手足を拘束されていた。だが目立った外傷はなく、アンリが医務室に向かうと、意識を既に回復していたという。
話を聞いたところ、昼食後、王立図書館へ戻ろうとした際、女性から声をかけられた。服装とこの場にいることから、貴族の令嬢と判断したが、知った顔ではない。一緒にいた同僚には先へ戻ってもらい、その令嬢と話し始め、デービス特別司書官は驚愕することになる。
その令嬢……女から「もしこれから言うことに従わなければ、娘の命はない」と言われ、娘が愛用している紋章付きの扇子を見せられた。娘は今日、母親と共にオペラ観劇に向かったはずだった。そして女は、オペラ観劇に向かった母娘共々拉致したことを告げたのだ。どうやって拉致したのか、その詳細を説明した。
その話を聞いたデービス特別司書官に与えられた選択肢は二つ。
これから言う指示に従って行動し、妻と娘を救う。
指示を無視し、妻と娘の遺体と対面する。
もし余計な行動をとれば、すぐに妻と娘を手に掛けると、デービス特別司書官を脅したのだ。
その結果。
デービス特別司書官は、その女の指示に従うことになる。ランスが閲覧する禁書のタイトルを聞かれ、それを教えると……。
シャドウマンサー<魔を招く者>に関する本に、毒針を仕込むよう言われた。
王立図書館は、宮殿の庭園に面している。
今の季節、庭園は赤・白・ピンク・黄のポインセチアが植えられ、とても華やかだった。そのそばのベンチに座ったデービス特別司書官は、華やかさとは真逆の青ざめた顔で、女からの指令を聞いていたのだ。
渡された本で、毒針の仕込み方の練習をさせられた。もし失敗すれば、娘と妻の命はない。
何度も練習し、合格をもらうと、王立図書館に戻るように言われた。
「見張っているから。警備の騎士に自分のことを話し、指令に背けば、娘と妻は殺す。これは脅しではない」
そう繰り返し言われ、デービス特別司書官は、ランスが閲覧する本に毒針を仕掛けた。
それを終えると、再び庭園に向かう。そうするよう言われていた。女は先ほど話したベンチで待っていて、デービス特別司書官が戻ると、差し出した薬を飲むように言われる。
飲めば意識を失うが、死にはしない。数時間で目が覚める。事がなされるまで騒がれたくないための処置だと言われた。
飲んだらもう、目覚めないかもしれない。
死を覚悟しつつ、デービス特別司書官は、必ず娘と妻は解放してくれと女に告げ、薬を飲んだ。
「デービス特別司書官の妻と娘は、オペラの上演が行われる劇場近くの馬車の中で発見されたそうです。二人とも眠らされているだけで、怪我もありませんでした。御者や従者は近くの路地で、意識を失った状態で発見されたそうです。デービス特別司書官と同じように、手足を拘束された状態で」
デービス特別司書官の妻と娘は、劇場に到着し、馬車から降りた瞬間。
騎士と思われる男性から、声をかけられた。
王立図書館内で、デービス特別司書官が突然倒れたと告げられたのだ。さらに彼は医務室へ運ばれたので、今すぐ宮殿に来て欲しいと言われた。
驚き、降りたばかりの馬車に戻ると、その男性は親切にも「驚かれましたよね。良かったらこのお茶をお飲みください。気持ちが落ち着きます」と、二人に紅茶を差し出した。
二人は「ありがとうございます」とその紅茶を飲み、眠りに落ちることになる。
結局、デービス特別司書官に指示を出した女性。
デービス特別司書官の妻と娘に紅茶を飲ませた男性。
どちらも彼らが知らない相手だった。
ただ、分かっていることは、犯人はランスが禁書の閲覧をすることを知っていた。しかもその本を用意をするのが、デービス特別司書官であることも把握し、妻と娘の外出の予定も掴んでいる。
その計画性、複数人の実行犯がいた可能性から、これは組織的な犯行とみなされた。現在、宮殿警備隊、警察、王立ローゼル聖騎士団が捜査を行っているという。
もしシャドウマンサー<魔を招く者>が、組織的に動いているならば。既に壊滅したはずの組織が、再び始動したことになる。聖女が不在なのに、なぜ今、動くのか。なぜ、ランスが狙われることになったのか。
捜査は始まったばかりというが……。
お読みいただき、ありがとうございます!
本日、第100話到達です(祝)
優しく応援くださる読者様に心から感謝ですヾ(≧▽≦)ノ