父の強圧で婚期が訪れない冒険者ギルドの受付嬢です。でもまあ、いいか。
私の両親はちょっと特殊だ。
二人とも冒険者で、父はS級戦士、母はA級僧闘士として活躍していた。
私が13歳の年に、魔王討伐のための勇者パーティーに父が選ばれた。魔王討伐というものがよくわかっていなかった私は、純粋に父はすごい英雄でそれがとても誇らしかった。
魔王討伐が、勇者パーティーの全滅と引き換えに終わったことを知るまで。
冒険者が身分証明のために身につける特殊合金のタグ。
父は、私の手のひらに収まる大きさになってしまった。
母の荒れようは見ていられなかった。
父がもう帰ってこないことがよく理解できていないところへ、今まで快活だった母が四六時中泣きじゃくるその様子は、とてもとても大変なことが起きたのだと生まれて初めてとてつもなく不安にさせられた。激変した日常は、父の葬儀を終えても変わらず、このままでは母までいなくなってしまうんじゃないかと、抱きしめられて母のぬくもりを感じていても、ろくに眠ることができなくなった。
そしてひと月が経つと「ちょっと修業するわね」と母は裏山に一人で通うようになった。朝食を一緒に食べ、私を両親の育ての親であり母の師匠でもある孤児院の院長に預け、冒険者装備をし裏山へ。そして夕食の準備の時間に戻ってきて一緒に家に帰り食べて入浴就寝。週休二日。冒険者稼業の時とほぼ同じだったので、何の修業かは特に聞かなかった。
私には、母がいつも通りに戻ったことだけが重要だった。
そうしてさらにひと月後、母は死霊術師になった。さすがに驚いた。子どもにもあまり心象のいい職種ではない。母の師匠である孤児院の院長、じいちゃん先生は「この馬鹿者が!」と激高。しかし母はそれ以上に爆発。
「馬鹿なのは!ミーシャが成人して結婚して孫の顔を見るまで死なないって私への誓いを破ったあいつ!!」
そう言って母は魔王討伐戦の地へ赴き、なんと父を自我ある死霊として甦らせてしまった。そしてぶん殴った。
『べぶしっ!!』
母は元僧闘士なので、霊に強かった。
「よくも私に断りなく死にやがったな」
『そそそそれについては己の不徳の致すところでございますです!』
「不徳?お前らこの世の最高戦力だったんじゃねえのか、ああ?」
『いやまったくその通り!なのですが魔王がそれ以上に強かったと申しますか!いえ!予想以上に強かったのです!』
「だったら逃げれば良かったろうが!」
『ひえええ!でででも逃げると世界が滅んでしまいそうだったので!』
「だったら応援を呼べ!」
『ひいいいい!その隙もなかったのでえええええ!』
「…………ミーシャ、あれを参考にしてくれるなよ……」
「うん……霊の胸ぐらをつかむとか絞め上げるとかグーで殴るとか本当はできないってわかってるよ……」
じいちゃん先生が肩を落としながらぼそりと注意してくれたことに頷く。
そんなことはわかってる。
でも目の前のこの現象は。
両親のいつもの夫婦喧嘩―――我が家のある日の日常だ。
ふと足の力が抜けた私はじいちゃん先生に支えられて、母の怒声と父の悲鳴を聞きながら、気絶するように眠った。
◆
というわけで、私の両親は特殊だ。
父は自我ある死霊として母の支配下に置かれたのだが、私を見守るという理由で背後霊、もとい守護霊のつもりになっている。なぜか生前の冒険者ランクを保ったままの強さなので、守護者然としている。
『俺より弱い男はミーシャの恋人として認めん!!』
魔王討伐から七年。じいちゃん先生の教えで回復魔法が使えるようになった私は冒険者ギルドの受付係をしている。20歳になった今も冒険に出ることは父に反対されているので、回復役の予備としてギルド職員をさせてもらっている。
まあ、他の先輩職員もこのギルドを利用する冒険者たちもほとんど顔見知りなので、我が家の事情を知る人ばかりだ。
「はぁ、おめえより強い男なんてそうそういるか。20歳の娘の幸せの邪魔すんじゃねぇよ」
『はあ?上司だからってなにをミーシャの保護者風吹かせてんだコラ。ギルド長がなんぼのもんじゃオラ!』
「この脳筋幽霊が!今日こそ成仏させたらあ!表に出ろ!」
「よっしゃ始まった!どっちに賭ける?」
「俺今日はギルド長!」
「俺はレイスにしよ」
「大穴狙うぜ!ネクロマンサーが丁度帰ってきて二人をのす!」
……今さらだけど、変な状況……
母は元僧闘士の死霊術師という肩書きの霊媒師として、父を甦らせてすぐ、勇者パーティーのメンバーそれぞれの出身国の王族や貴族を相手に遺族補償金を巻き上げた。あちこちの幽霊を味方につけてあちこちのあることあることをバラして脅しまくり、莫大な補償金をご遺族へ渡してきた。
「むこう30年は国家間で戦争できないくらい搾り取ってやったから、しばらくは平和に過ごせるわよ〜」
母は夫婦喧嘩時のみ口調が荒れる。しかし朗らかに恐ろしいことを言うのもまた母である。良かったねと言っていいのかなんなのか。まあ、たぶん、平和が約束されたのは良いことだ。
だって父がモンスターでも誰も本気で倒そうとしない。
その平和が続くのなら、私の婚期が遅くなっても、結果的になくなってずっと独身でも、構わない。
「私に孫を抱かせないつもりかこの野郎!!」
『べぶしっ!!』
…………やっぱり、焦った方がいいのかな……?
おしまい。
お読みいただきありがとうございます(人´∀`*)