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謎の虫に寄生されていた2年間の思い出

「つまり、何が言いたいかというと、その虫はテーちゃん自身だった…と言えるかも」

フォックス亭の狐人の女将は、僕に気を使ってくれたのだろう。

博識で、頭がよく、いつもだったら明晰な彼女は、その時は、なんだかとっ散らかっていた話し方をしていた。言いだしづらいことを、分かりやすいように言葉を選び、まん丸の綺麗な目で僕をじっと見つめながら、ちょっと悲しそうに。

狐人の女将は、順を追って説明してくれたが、僕の理解がついていったのは、結論の最後のワンセンテンスだけだった。

「その虫はあなた自身だった」


夜通しの冒険の帰りで、くたくたになった僕は昼からぐっすり眠った。

その時、近年稀にみる悪夢にうなされ、汗だくで起きたら、枕元に虹色のカリントウみたいなものが転がっていて、寝ぼけ頭で「悪夢の続きか?なんだこりゃ?」と、ボーっと見つめてるとそのカリントウはゆっくりウネウネ動くので、ビビッてデコピン(デコではないが。でもわかるだろ?)でそいつをはじき飛ばしたら、机の角に当たって真っ二つになった。

真っ二つになったそいつの断面から、虹色の体液が流れ出してるのを見て、やっと頭がはっきりしてきた僕は、そいつがこの世界の虫なのだと気づいた。

死体も体液も虹色に輝いていて、美しいのだけれど、やっぱり虫の死体は気持ち悪いので、布っぱしで包んで外に捨てた。

その瞬間から、なんだかすごく悲しくなって、頭がくらくらして、そのままベッドに倒れこんだ。

悲しくて悲しくて胸が張り裂けそうで、息をするのもつらい。

毒かなにかの呪いかもしれない。

この世界の生き物をむやみに殺すべきではないのだ。

なんの変哲もないように見えるスズメが偉大な魔戦士で、一羽でメメメメ帝国のガブサ騎士団の副団長の首を挙げたという話だってある。

それを僕は、あんなあからさまに特殊な感じがする虫を、寝ぼけてビビッていたとはいえ無警戒に殺してしまったのだから、本当に愚かしいとしか言いようがない。


こりゃいかんと思い、真昼間だけど、フォックス亭に行って女将に話すことにした。

彼女なら、何か原因を知っているかもしれない。

彼女はいろんなことを知っている。


明らかに憔悴しきった雰囲気で、店に入って「う、う、あー、ビール…」なんて頼み方をするものだから、彼女も「どうしたの?」と聞くしかなかっただろう。

それで僕はことの次第を話したら、彼女は本当に気の毒そうな顔をしながら、「これって、多分なんだけど…」といつもの口癖で切り出して、虹色の虫について教えてくれた。


その虫はハバマリクという名前で、人の頭の中に住む寄生虫なのだという。

どうやって人の頭の中に入るのかは判明していないが、おそらく人の体に入った魔素のバランスによって、体の中で生成される虫だと推定されている。

その虫は、宿主の脳を調べつくし、宿主の記憶や人格を完全にコピーする。

それから宿主の脳を麻痺させて、自分が宿主の脳として、宿主の体を奪い、宿主として生きていくのだという。

「また、これも多分なんだけどね、虫自身は自分のことを虫だと思っていないみたいで、100パーセント宿主だと思っているみたいで。というか、そんなことすら意識にのぼっていないでしょうね。ほんとうに完ぺきに宿主をコピーするから」


ハバマリクが害虫なのかどうかは意見が分かれるところだ。

傍目から見ると、宿主にはなんら変化はない。宿主が殺されて、なりかわったわけでもない。

宿主と虫の意識もシームレスに繋がっていて、ただ、ものを記憶したり考えたりする場所が変わっただけなのだとも言える。

何かの拍子で、ハバマリクは売主の体から排出されることがある。

排出されたハバマリクは、すぐに死んでしまう。

ハバマリクには、感覚器官や消化器官はないのだという。

ハバマリクを排出した宿主には、特段変化は起きない。

ハバマリクが蓄えた記憶や感情は、宿主の脳にも共有される。

ときたま宿主に抑うつ症状が出ることがある。

でも、たいて2日もすれば収まる。

彼らがなんのために存在しているのか、考えるのは難しい。


僕の体から出たハバマリクは大体4cmくらいの大きさだったので、だいたい僕の頭にいたのは2年くらいだったと女将はいう。

「テーちゃん、この店に来るようになってどれくらいだっけ?」

「去年の夏くらいからだから1年ちょいっすね。つーと、あー、そっか」

「うちの店通いだしたときはもうハバマリクだね。」

「そっかー、僕自身はちゃんとこの店で飲んだ思い出とか生々しくあるんですけど、これってハバマリクの記憶のコピーなんですね」

「そうだねえ」

女将はしみじみと、ちょっと寂しそうな感じでそう言った。


「ハバマリクに寄生されてなかったとしても、僕は同じようにこの店見つけて、同じような話したんでしょうね?」

「うーん、それはわかんないねー。記憶や人格が100パーセント同じだと言っても、ハバマリクとテーちゃんは別の生き物だからね。別の行動をとってたとしてもおかしくないかな」

「なるほど。女将さん、ちょっと寂しいんじゃないですか?今まで来てた僕は、違う僕だったわけなので

で」

「そういうこと言うのはテーちゃんっぽいけどね…うーん、なんか私もよくわかんないな」


僕自身のことなのだけれど、僕もどんなふうにとらえていいのか分からなかった。

僕から排出された僕とだいたい同じ意識を持つハバマリクは、手足も感覚器官もない状態で、いきなり世界に放り出され、自分と同じようなものにデコピンされて真っ二つになって死んでしまった。

確かにそれはなんだか悲しい感じがする。

女将さんも、そのことを考えて、悲しい気分になってるのかもしれない。そうだとしても、寄生されていた僕に対して、その旨を表明できないのもわかる。


「女将さん、僕が言うのも変な話ですけど、僕はハバマリクが死んじゃって悲しい感じがしますよ。寄生されてたって言うと、まあ、アレですけど、とにかく僕と一緒に生きてたわけだし、彼がいたことでいろいろ出会えたこともあるわけだし。まあ、彼がいたことで出会えなかったこともあるんでしょうけど、今となっては関係ないし」

女将さんのために、というのもあるけど僕自身のためにもハバマリクへの追悼の意思を示しておきたかった。

「そうだねえ。私もちょっと悲しい気持ちになったのはそういことだったんだろうねえ。」

そんなふうに彼女の瞳は真ん丸で美しい。

そういえば、ちょっと前まで、普通に異性として女将さんのこと好きだったな、と思う。

今は、そういう感じで好きなわけではないので、ああ、女将さんのことが好きだったのはハバマリクだったんだな、と思いなんだか切ない気持ちになる。

僕にとってはハバマリクに寄生され、乗っ取られたことに対する嫌悪感は特になかった。


「ところで、テーちゃん、気の塞ぎ軽くなったんじゃない?」

「確かにそうっすね」確かにそうだった。

「もう一杯飲む?私の奢りでいいよ」

「やった、嬉しいな!喜んで!」

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