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鬼の話

人も鬼も、ゲロを吐くときは不思議と冷静になるものだ。

こみ上げるものを止めることができず、草むらでゲロを吐くはめになった鬼のフィカスは、300年前に魔界から地上に出てきたときに、はじめてゲロを吐いたあの遠い夏の午後を思い出したに違いない。


「魔界というのは時間もないし空間もない。魔界にいたときの我々は、この地上でいう抽象概念のような存在のしかたをしていたのだけど、うまく説明することは難しい。あそこにいた時は、姿かたちも全然ちがうものだった。いや、もっと厳密に言うと、魔界には姿かたちというものすらないのだけれど」とフィカスはのちに魔界のことをいろいろ説明してくれた。

魔界にいた時のフィカスは、「小さな二等辺三角形を無限に連ねた光を放つ気体」のような存在のしかたをしていたというのだけれど、まあ俺にはそれがどんなものなのかさっぱりわからない。

とにかく、魔界の存在体はゲロなんて吐かないということだった。

でも、戦争はあるのだという。

フィカスたちのように地上に住まう鬼の一族は、もともとは魔界の内戦から逃れてきた難民だった。

光でできた梯子を昇って彼らは地上にやってきた。



地上にやってきた彼らには、がっしりとした巨体で角が生えた肉体が与えられた。

「ちょうど地上にはそういった存在形態に空きがあったのだろう」とフィカスが話す。


もともと概念のような存在のしかたをしていた彼らにとって、はじめは肉体というのは不慣れなものであった。

「へえ、移動ってなかなか面白いじゃん」と思って、延々と歩き力尽きて死んでしまった者。

「お、落下すると速く移動できていいじゃん」と思って、崖から飛び降りて死んでしまった者。

「体って切ったら赤い液体が出て綺麗だなあ」とうっとりしながら、出血多量で死んてしまった者。

そんな感じでいろいろ大変だったようだが、トライ&エラーで死者が千人を超えた頃には、彼らは肉体というものを理解するようになった。


肉体が頑丈なので、暑さ寒さには強く、食事も土を食べればなんとかなったという。

漫然と土を食べながら20年近くの歳月を過ごしていたけれど、伝説的な鬼であるバッハホッサとベネチッタがはじめて性交渉を発見し、それから子どもが生まれて、鬼たちは子どもが生まれるということに大変感動し、鬼たちの中で性交渉ブームが起きる。

鬼の人口はたいそう増加し、さすがに土ばかり食べているわけにはいかなくなったところに、人間たちの国であるハロハロ王国の探検隊が迷い込んできたので、試しに食べてみたらそれがたいそう美味だったので、鬼たちは徐々に人間界に進出しては、人間を食べるようになっていった。

そうなると人間と鬼との全面戦争になりそうなところであったが、元来概念であった鬼たちは理知的であるため、状況を把握したらすぐに方向性を切り替え、人間を食べるのをやめ、外交努力によって人間と友好関係を結んで今に至るのだという。

人間との文化交流で、いろいろ学んだ彼らは、今は人間と同じような生活をしている。

彼らが特にハマったのが農業とワイン作りだった。

魔界には植物もないし、微生物もないのだという。

植物が日々大きくなり、実をつけることや、葡萄が微生物の働きによりワインになることが、魔界で生まれた彼らにとっては何よりも新鮮で魅力的だったのだという。

キャベツを作ることで、彼らは植物というものの在り方に思いを巡らし、ワインを作ることで、彼らは微生物というものの在り方について思いを巡らせた。

そもそも魔界では何かに対して「思いを巡らせる」ということはあり得なかったという。

魔界は、何かに思いを巡らせる環境ではない。


俺は、村に落ち着いて数日建ってから、彼らが作ったワインを飲ませてもらった。

スミレや野イチゴを思わせる優しい香りで、「これぞ!」という取っ掛かりのある味ではないが、口の中にゆっくり染み渡る、余韻が深い美味しいワインだった。

ここで「ワインを作って暮らすのも悪くないな」と思ったけれで、俺の魂が穢れていたため、そうするわけにはいかなった。

残念ながら、俺の魂は穢れているのだという。

それはもう、深く深く深く深く深く。

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