ベイビーベイビーちゃんはこんなふうに殺された
ベイビーベイビーちゃんも、「東北の隠れた名店を紹介!!」とか言って、彼氏自慢の一眼レフで撮った料理(とバッチリ決めた表情を決めた自分の顔)の写真を定期的にインスタにアップして、地方グルメインスタグラマーとしてそこそこの地位を築いたというのに、あの日、仙台からわざわざ「取材」で行った山形の寿司屋で、店主に出刃包丁で滅多刺しにされて殺されるとは思わなかっただろう。
殺されたベイビーベイビーちゃんは、まだ大学生で、インスタの活動が評価されてなのか、仙台のローカル広告代理店に就職も決まり同級生の彼氏との結婚の約束もしていたという。そんな彼女の明るい未来を、俺の親父は、いつも使っている出刃包丁であっさりバラバラにしてしまった。
俺は寿司屋の息子に生まれたけれど、あんまり寿司が好きじゃない。
生魚を食べるという行為が、なんだかグロテスクに思える。
口の中に寿司を入れた瞬間、魚が蘇って俺の口の中で暴れだすんじゃないかとヒヤヒヤしてしまう。
親父は一人息子が寿司を食えなくて、寂しかったんじゃないかな。
それでも父は俺に自分が作った寿司を食べてほしかったみたいで、お稲荷さんをよく作ってくれた。
油揚げの厚さ、出汁のバランス、シャリの炊き具合にこだわりにこだわり抜いて最高のお稲荷さんを作ってくれた。俺のためにいろいろがんばってくれたのだろう。
最高のお稲荷さんは、店でも出したら、近所で評判になって、すぐに市内でも評判になって、タウン誌で取り上げられ、ネット記事になって、それからベイビーベイビーちゃんを呼び込んでしまった。
五月の土曜日の夕方で、ほんのり暖かい空気が肺を満たすたびに俺は最高の気分になっていた。隣にはマッチングアプリで出会った綺麗な鼻をしたかわいい女の子と丸の内でブラブラしながら「今日はこのままいけるか!?」などとワクワクした気分で、今夜はこれから熱い戦いがはじまるぞというまさにその時、久しぶりに叔父から着信があり、「なんだこの野郎。こんなタイミングで電話かけてきやがって」と思ったものの、一応電話に出てしまった俺は、相変わらず東北人とは思えない端正なイントネーションで、落ち着いた声で叔父が話すその内容が、なんともはや信じがたいことではあったというのに、逆に信じるほかなく、信じた瞬間に頭が真っ白になって、隣にいた女の子に何の事情も説明せず「というわけで、俺、帰りますんで。今日はありがとう」とだけ言って、それからすぐに東京駅から山形行の新幹線に乗り込む。
まあ言うまでもなく、その女の子には二度と会うことはなかった。
後から思い返すと、あっちの世界で最後にアプローチした女の子で、最初にこっちに来た頃は、たまに思い出して懐かしい気分になったりしたけれど、その彼女とどんなことを話したのかなんてことはもちろん覚えてないし、さらには、名前も顔も全然覚えていない。
彼女については、なんとなく鼻が綺麗だという印象だけは残ってはいるものの、どんな形の鼻なのかもよく分からない。