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5.白いシーツと洗濯物と



 この小屋には、アスクの眠る為のベッドしかない。

 ベッドといっても木枠に布を掛けただけだ。アスクの汗染みがあるベッドを少女に使わせるのも気が引ける。


 仕方なしに、奥の収納庫として使っている部屋の片隅へ厚手の毛布畳んだ上に、綺麗そうなシーツを掛けてやり、臨時の寝床を作る。

 そうして少女に「そこで寝ろ」と伝えた。


 ニコニコ笑う少女が何を考えているのかまったく分からなかったが、いろいろあって疲れたアスクは早めに寝ることにして自分のベッドに潜った。

 寝返りを打つたびに、粗末な作りの木枠が軋む。

 同じ空間に他の人間がいるという久しく忘れていた感覚に、眼が冴え眠れないかと思っていたが、疲れもあったのだろう。アスクは早々に眠りへと引き込まれた。

 

「待って、僕は君がっ……」

 自分が叫んだ寝言で目を醒ました。

 どくどくと軋む程早鐘を打つ心臓が落ち着くのを待って目を閉じる。


「くそ。……嫌な夢だ」

 額に感じるじっとりとした汗と、いい歳をして夢で泣いた涙が頬を濡らす不快さにゴシゴシと両手でそれを拭う。


 その時、自分のすぐ横に、ふにゃりとした温かい何かが丸まっていることに気が付いた。

「…………」

 少女が、いつの間にかアスクのベッドへと潜り込んでいたらしい。

 幼い少女には、知らない土地で、ひとり眠るのが寂しかったのかもしれない。だがあまりに無防備な寝顔に、アスクの眉間に皺が寄る。

 憮然としてベッドを抜け出し、用意してやった寝床に戻れと起こそうとは思うものの、幼い少女が安心しきった様子で幸せそうに眠る姿に、眉が寄る。


 すぐに追い出すのだ、今日のことだけだと、結局少女をそのままベッドに残し、アスクは朝のルーティンに出た。


 少女は魔法で水を出していたが、アスクは毎朝近所の小川から水を汲んでいた。

 そこへ空にした水甕を運び出し洗う。少女が使う魔法の便利さに、慣れてしまうのが嫌だった。


 ついでに顔も洗う。冷たい水が心地よかった。

 まずは水甕の半分ほどまで水を入れて小屋まで運ぶ。

 最初の頃は満水にして運ぼうとしたが、持ち手の角度が良くないのか、運んでいる間に水が零れてアスク自身も濡れてしまった。なので今はまず半分だけ水を入れて運び入れることにしてる。

 その後は、桶を持っていって二往復。水甕がいっぱいになったら、鍛錬に移る。


 呼吸を整え、身体の中心部。臍に力を入れて立つ。

 そのまま足の裏全体を地につけたまま地面を押すようにして、腕や肩を振らないように、身体をブレさせないことに意識を集中しつつ移動する。これを前後左右斜めへと繰り返していく。

 地面には、アスクの足が描いた跡が重なり合い、直線的であった跡が、やわらかな螺旋となっていく。


 碌でもない目覚め方をした割に、身体が軽い。

 


 だいぶ身体が温まってきたところで、小屋からこちらを見つめる気配がした。


 アスクが視線に気が付いたことで少女がちょこちょこと小走りでやってきた。手にしたロープを掲げて小首をかしげる。


「使いたいのか? 好きにしろ」

 許可を出せば、嬉しそうに頷いて小屋の裏へとそれを運んでいく。

 何をしたいのだろうと跡をつけていくと、少女はぐるりと小屋を廻って反対側まで移動した。


 果たして少女は日当たりのよい場所にある木の枝の前でロープを持ち、ぴょんぴょん飛び跳ねていた。


 しばらくして諦めると、何かを念じる。

 すると、スルスルとロープがひとりでに木の幹の高さまで持ち上がっていった。


 だが、それだけだった。

 どうやらどうすれば強くそこに結べるのかがわからないらしい。


 くるりと幹に巻きつけるまではできても、固く結ぶ方法がわからないので下にいる少女が軽く引っ張っただけで解けてしまう。


 そういえば、魔法という者は正しくイメージが持てないと扱えないものであったな、と遠い日の事を思い出した。


 後ろ姿からも分かるオロオロとしたその様子に、アスクは仕方ないなと歩み寄った。

 少女の手からロープを取り上げて、少女の求めるままに指差す位置の木の幹にそれを結び付けてやる。更に指示を受けて、少し離れた場所に立つ木にロープの反対側も結びつけてやると、少女は満足げに頭を下げた。

 そうして小屋から桶に入れた大きな一抱えの塊を持ってきた。


「……なるほど」


 どうやら昨夜アスクが少女の寝床に使った毛布やシーツを全て引き剥がして洗ったらしい。ずっと仕舞いっぱなしにしていたもので、埃っぽかったのかもしれない。


 下の小川に向かった気配はなかったし、小屋に水甕を運び入れた時にはまだ眠っていた筈だ。おおかた昨夜のように魔法でも使ったのだろう。複数属性を扱えるということは、便利なものだと妙に感心した。


 綺麗に洗ったシーツをロープに掛けたい様子だが、またしても手が届かないようだ。洗濯物を抱えたままぴょんぴょんと飛び跳ねているがまったく届いていない。

 今度こそ魔法を使えばいいのにと思わなくもないが、先ほどの事があるからだろうか、自力でやりたいようだ。


 だが、少女の手が届く高さにロープを合わせてしまっては、せっかく洗ったものが地に引き摺って汚れてしまうだろう。


「貸せ」


 アスクは少女からシーツを取り上げてさっさと干して、鍛錬に戻ろうとした。

 その服の裾を、捕まれた。

 クイクイと指差す箇所を確認してみると、丁度半分に折ってロープに引っ掛けたすぐ下辺りに、いつの間に縫い付けたのかそれともアスクが気が付いていなかっただけで最初から取り付けられていたのか、紐が二本ずつ伸びていた。


「……あぁ」


 地元では、洗濯ものが風で飛んでいかないように洗濯ロープに結ぶ紐がつけられていたな、と思い出す。

 指し示されるまま紐をロープに絡げて結んでいく。


 風にあおられ膨らむシーツと青い空のコントラストに、遠くなった故郷を思い出す。


 そこには笑顔で家の手伝いをする幼馴染みの姿も重なって、アスクは首を振って追憶を振り捨て、今度こそ鍛錬に戻ろうとしたが、少女がまた服の裾をクイクイと引っ張る。


 その手には、仕舞っていた分の、アスクの着替えが山になっていた。

 どうやら部屋に置いていた着替えも全部洗ったらしい。やられたとは思ったが、着替えがないのは困るので諦めて、次から次へと少女が手渡してくる衣類を干す役を引き受けた。





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