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25.この胸に抱く君への想いは

本日最終日の為、エピローグを含む3話更新しております。

読む順番にご注意ください。



 先ほどまで会話していた声と同じ声の筈なのに、何故だかアスクの胸に、その声は切羽詰まって聞こえた。


 どこか厳かに響いていた少女の声。


 それが今、ごくごく普通の、アスクが何度も夢で見た、幼馴染みのそれに聞こえた。


「…………ノ、エル?」


「やっと、呼んでくれた。お陰で、思い出せたわ。全部」


 わっと大きな声で泣きながら、アスクの幼馴染みが、胸に飛び込んできた。


「ごめんなさい、アスク。わた、わたし死んじゃって。アスクやおとうさんやおかあさん……村のみんなが、あんなことになっているって、知らなくて……ごめ……」


 わあわあと子供のように声をあげてノエルがアスクの腕の中で泣いていた。

 黄金色の髪がふわふわとアスクの頬を擽る。

 その感触は、確かに、間違いなく記憶にあるノエルのものだ。


「ノエル? ノエルなのか。本当に……女神リーシャではなく」


 驚き慄いた様子のアスクの問い掛けに、ノエルがぐずぐずと涙に濡れた声で答えた。


「今の私は、女神リーシャでもあり、ノエルでもあるの。リーシャ様の身体をちょこっと間借りさせて頂いているだけ」


 懸命に、アスクにもわかるように言葉を選ぶ、

 その時の首を傾げた様子や、視線の動かし方、ひとつひとつが、アスクの記憶の底に消え思い出せずにいた、ノエルそのものだった。


「本当の身体は、今もあちらにあるの。でもなんて言ったらいいか。私ね、ここで、おじいさんになってしまったあなたと暮らしている夢を夜毎見ていると思ってたの。知らない髭モジャのおじいさんのはずなのに、視界に入るとものすごく懐かしくて嬉しいって思うの。全然知らない世界なのに、何でも知ってて、草を摘んで料理したり、罠を作って魚を捕って、一緒にごはんを食べるの。それだけで、嬉しくて、いっつも笑ってる。そんな夢」


 そう泣きながら笑う。

 笑っているのに、ノエルの瞳から流れ続ける涙を、アスクが親指で、掌で拭い続ける。


「は、なんだそれ。でもそうか、髭モジャ……おじいさん、か。ふはっ……それは、正に神の御業だな」

「ふふっ、そうね。女神だけどね」


 ふたりとも涙でべしょべしょになりながら笑い合う。

 そうして笑い合ったお互いの、頬をゆっくりと、指先で辿った。


「あぁ、本当に。ノエルだ」

「アスク。名前を呼んでくれて、ありがとう。やっと思い出せた。全部忘れてたのに、私、ずっとずっと、アスクに、あいたかった。名前も顔もわからなくなってしまったのに、わたし、ずっとあなたを探してた」


 そういって笑うノエルの顔は、涙でぐしょぐしょに汚れていたし、目も鼻も真っ赤になっていたけれど、とても、とても綺麗で、アスクの胸はきゅうっと苦しくなった。



 これが夢で、目が覚めたらまたあの冷たく硬いベッドにひとりで寝ていたということにでもなったなら、きっと、今度こそアスクは自死を選ぶ。


 永遠の闇の牢獄に入れられて、二度と外に出して貰えなくなったとしても、その中でずっと夢を見ていられるならその方がずっとマシだ。


 そうならないように、消えてしまわないように、アスクは目の前のノエルを、ぎゅうっと抱き締めた。


 温かい身体が、そこにあった。


 背中に廻る、細い腕が抱き締め返してくれることに、全身が歓喜で震えた。



 抱き締められているノエルの瞳にはまた大粒の涙が溜りはじめ、それがついに目の縁を超えて流れ落ちた時、堰をきったようにノエルが謝罪した。唇を震わせ叫ぶ。


「ごめんね、アスク。人質として、は、磔にされたなんて。私が死んだあと、アスクがそんな目に遭わされていたなんて、わたし、全然、しらなくて」

「いいんだ。死んでいたと知らなくて、俺こそゴメン。ノエルを守るんだって誓って、王都に出て。教会騎士にもなったのに。傍にいることも、なにも、できなかった」


 ごめん、ごめんと、お互いに謝り続ける。


 こころゆくまで謝罪の言葉を伝え合う。

 満たされた気持ちで、アスクは礼を伝えた。


「最後に会えて、嬉しかった。ありがとうございます、リーシャ様。ありがとう、ノエル。憶えていてくれて嬉しかった」 


「え?」


 アスクは、妙にさっぱりとした気持ちだった。

 こんなにも晴れやかな気持ちであそこに行けるなんて、思いもしなかったと笑う。


「そんな顔をする必要はない。私は老いた。先ほどの戦いで心臓を剣で貫かれてしまい、死んだも同然だ。いや、もう死んでるのか? 今の自分の状態がどうなっているのかわからないが……でも死んで天に逝くまでに残された時間はもうほんの束の間だろう。だから、さよならだ」


「うそ……いやだよ……いや…………」


 ふるふると首を何度も横に振って、ノエルはアスクの胸に縋りついた。


「ごめんな、ノエル。お前と一緒に異世界って所に行ってみたかったけど無理なんだ。俺はこの世の理を覆すようなことはしたくない。幼いお前と、一緒に暮らせて、楽しかった。ありがとう」


 アスクの目に、再会した時の笑顔が浮かぶ。態度の悪い自分になぜあんなに笑顔だったのか。思い至るだけで胸が温かくなった。


 一緒に食べたスイッパのスープ。その前の生臭い干し肉のスープを食べた厭そうな顔すら愛しくなる。


 魚を捕る罠を見せてくれた時の自慢げな顔。


 ふたりで寝る夜は、寒くないのだと思い出した朝。


 一緒に見上げた、天から星が降る美しい夜。


「あいしてる」


 いとしい愛しい初恋の少女に。

 何があってもこの胸から消えなかった想いを告げて。


 あたたかな光が満ちる場所へ召され、全てを終わらせ眠るべきなのだと。全てを受け入れたアスクは思った。




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