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23.ノエルの現在

本日2話更新しております。

読む順番にご注意ください。




「改めて自己紹介をしよう。私の名はリーシャ。お前たちが女神と呼んでいる存在……なんだ、驚かんな」


 ノエルと同じ顔をした、けれどもまったく別の存在である少女が、胸を張る。


「この顔が気になるか? だが言わせて貰うと私はこの世界のすべてであるので、この顔も私のものだ。だから……この顔も、この顔も、すべて私である」


 ノエルが助けなかったせいで死んだとされる前国王陛下の顔にも、ノエルに出会う切欠となったあの魔獣にも姿を一瞬で替えて見せる。


 更に、女神リーシャはアスクが教会騎士になる前の年に死んだ祖母そっくりの姿になって、笑った。


「死んだ人間の顔にしかなれないのか」


「そうだな。私はすべてのオリジナルである故に。今生きているその者の顔になれば、同じ顔の者が偽物になる」


「つまり、彼女はすでに、死んでいるんだな」


 さらりと零れ落ちた言葉が、途方もなく、痛かった。


 分かっていたのだ、どこかで。


 四十年間鍵を掛けたままであった中で、彼女の生存を祈る自分と諦めている自分がいた。

 その箱を開けるまではどちらが現実なのかはわからないでいられる。


 奇跡の可能性を捨て去る勇気は、アスクにはなかった。


「そう、ノエルはすでに死んでいる。だが、彼女は今ここにいる」


「──?」


「四十年前のあの日、聖女ノエルはこの国の王からの、すでに尽きている寿命を延ばせという許されざる要求に応えようとして自ら持つ魔力以上の力を使い果たし、命までもを燃やし尽くしてしまった。情けなくも私がそれに気が付いたのは、彼女が寿命を大きく残しながら、戦争下でもないのに命を燃やし尽くしてしまった嘆きの叫びであった」


 自分の加護により若い命が奪われたことに、苦いものがあったのだろう。

 リーシャの顔に苦悩が浮かぶ。


「私は、皆が協力し合って生きていける力になるように、と私の力を個々人へと振り分けた。寒さをしのぎ食を豊かにできる火の力、大地を人を潤す水の力、疫病を遠ざけ澱みを退ける風の力、そうして傷ついた同胞を癒す治癒の力。非力な人間がこの魔獣が跋扈する世界で生きていけるようにしただけつもりであった。それにより私が神としての力をほとんど喪うことになろうとも、構わないと思った」


 そうしてずっと人の営みを見つめてきたのだ。


 それを為した日を思い出しているのか、リーシャがくしゃりと顔を顰めた。

 遠い過去、自ら決めて自ら決行したそれを悔やんでいるのがありありと分かる。辛そうな声。


「だがしかし。気が付けば、人は身体を温める火を己の敵と定めた相手と戦う為の兵器とし、恵みを与える自然を風の力で切り開き、同じ人同士にさえ、意に染まぬ意見を持つと分かれば対話を放棄し水で押し流していくようになっていた。魔獣だけでは飽き足らず人同士の戦いにすら使い、知恵をもって世界の覇権を握り、個の力で勝る魔獣を隅へと追いやる活躍をみせた。知恵を出し合い協力することで生まれた力は私の想像以上であった」


「なのに。いつしかその協力の中身は、効率の名の下に、より力の強く弁が立つ者が弱き者や心根の優しい主張の弱い者たちを使役し、力を搾取するものと成り果てた。最初は違っていた。だが、気が付けば強き者、頭の良き者が弱者を守る為という理想は形骸化し、元の大義名分すら見失い、己が血統を重視するようになっていた。同じ人間でしかないというのに」


「命の重さは同じだ。愛するが故という個人の思慮思考による献身ではなく、力強き者が弱き者に献身を強いることは許されない。だから私は、私が与えた力を奪った。愚かな人間が、自分に許されたもの以上を欲しがらないように」


「……治癒魔法の遣い手が、すべて姿を消したのは」


「私だ。聖女ノエル以外の聖者聖女たちも、皆、多かれ少なかれ、同じような目に遭い、疲弊しきっていたからな。保護させて貰った上で、すべての者の意向を確かめそれぞれ求めに応じた」


 アスクの知る限り、あまり高位貴族の中に治癒魔法を授かって生まれてくる者はいなかったと記憶している。下級貴族がほとんどであった。治癒を授かると嫡子とはならず教会の所属となるので、貴族位にあってもまったく別の扱いであったと思う。


 他の治癒魔法の遣い手達も突然の隔離に混乱したとしても、高位貴族の為に命を削るようにして治療を求められていたノエルと大差ない扱いだったのだとすれば、女神リーシャの差し伸べた手を喜んで受け入れた事だろう。

 生まれ変わったのか、魔法の無くなった世界で髪の色を変えて過ごしていたのかもしれない。

 どんな救済を望んだのだろうか。


 どちらにしろ、そこに、ノエルだけが間に合わなかったという事実が、苦い。


「……いいや、ノエルだけではあるまいよ。私が気付くことなく失われた命もあるやもしれん。彼女が最初であったと祈るのも不謹慎であるのでしはしまい」


 どうやら女神ほどの力をもっていても、開きたくない箱はあるらしい。

 ならば、アスクのそれも許されるだろうか。


 アスクを引き上げようとする、天からの光。


 四十年前のあの日、ノエルもまた、やわらかなこの光に誘われて、それまでの痛みも苦しみも薄らいだ心安らかな状態で、しかるべきところへと昇っていったに違いない。

 自分も、ノエルの後をこのまま追っていき、彼女を守ることができなかった不甲斐なさを謝罪できるといい。謝罪したいと願った。


「謝罪したいなら、罪悪感すら薄らいだ状態ではなく、直接伝えればいい」


「会わせてくれるのか」


「無論。その為に、私はお前の前にいる。新天地へ、その意志を確認することなく連れていく事になったただひとり、ノエルの心に最後まで残っていた者が、本当に彼女の無聊を慰める為に相応しいのかどうか、彼女自身に判断して貰う為に」


 さらりとしたその言葉に、アスクの声が喉に絡む。

 つい先ほど、ノエルは死んでしまったのだのだと告げたのは女神リーシャ自身であった筈だ。


「死、んだんじゃ、なかったのか?」






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