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22.降臨



「うわあぁぁぁっ!」


 兵士たちから悲鳴が上がる。


 眩いつよい光が、少女から発せられていた。


「あがががっ」

「目がっ、目があぁぁっ」


 少女を抑え込んでいた兵士たちが目を焼かれて苦しみ悶える悲鳴が響く中、一人少女だけがその場で立っていた。


「ぐあっひっ。せ、せいじょ。やめっやめっやめぇっ」


 脳天を突き刺すような痛みを目の奥に感じて、涙の止まらない目元を手で押さえた兵士のひとりが、震える声で、けれどもどこか居丈高に命令を下す。


 勿論、その命令になど従うつもりのまったくない少女は、アスクのすぐ傍で事切れている王子も、すぐ横に立ったまま女神への忠誠を胸に絶命したトランのことも周囲のすべてを無視したまま、アスクに近寄る。


 血溜まりの中に倒れているアスクの瞳にはすでに光はない。

 もう、心臓から噴き出す血の勢いも、無くなっている。

 その身体から命の炎が消えようとしていることは明白であった。




「やっと真実を知った今。アスク、あなたはどう思った? どうしたい?」

 血の気を失い、真っ赤な血溜まりの中に倒れているアスクに、少女が問い掛けた。


 それは初めてアスクが耳にした、少女の声だった。

 遠い記憶にある、ノエルとそっくりで、でも確実に別の存在の声だ。


「お、ま……は……だ?」

 瞼が震え、アスクがかすかに目を開ける。

 未だに強い光の中、掠んだ瞳でわかるのは、黄金色の髪の輝きだけだ。


 大切な思い出である少女の姿をした、まったく別の存在が、アスクを見下ろしていた。


「……え、ろ。あ、く……、……ぎ、態、やめ……キ、え」


 こわばり震える唇の色は、すでに肌と同じだ。紙より白く、生気がない。


 強気な言葉を口にしながら、しかしアスクは目の前の存在が怖くて堪らなかった。


 すぐ傍にいる少女の姿をしたものは、神々しいまでの禍々しさを持っている。


 多分指先ひとつ動かすだけで、この世のすべてが焼き尽くされ、消されてしまうことだろう。


「すまない。この姿を変えることは難しい。この姿をやめたなら、お前たちには私を見ることが適わなくなる故。単なる光。それも直視した者の魂まで燃やし尽くしてしまうのが私の本質故に」


 さきほど一瞬で兵士達から視力を奪ったあの光が、この少女の本体だった。


「…………め、がみ」 


「ふむ。このままでは意思の疎通が成り立たぬようであるな。あなたは、思い浮かぶままに言葉を連ねようとするばかりで私の質問に答えようとしなさそうだ。答えを聞く前に、命は尽きるであろう。……あなたを生き返らせる奇跡をおこなった後にもう一度殺すのも面倒。……ならば、そうね。あなたは死ぬといいわ。どちらにしろもう死ぬところであったのだもの。いいわよね?」


 アスクが返事をする前に、少女の無慈悲な手が、アスクに向かって伸ばされた。


 ずるり。


 少女の小さな手がアスクの頭を掴み、中から引き摺り出される不快な感覚に身震いした。


 ぼやける視界。なにより先ほどまでアスクを貫き苦しめた焼けつくような痛みがない。


 重さをまったく感じることがなくなった自分の手を見つめ、アスクは理解した。


「……そうか、私は、死んだのか」


 噂できくような半透明な自分でもない。ただ、軽いだけだ。

 そして何も掴めなくなっていた。


 ふわふわと何処までも軽く、頭の先から引っ張り上げられているようだった。まるで浮力があるように、身体が空へと浮き上がろうとする。


 この浮力に逆らわずに昇って行けばすべてを忘れられるのだと、アスクは理解した。


 身体中の力を抜く。


 憎しみも。苦しみも。哀しみも。

 彼女を守れなかった後悔も。執着にも似た、初恋も。


 全てを脱ぎ捨てて、あの光に溶け込めるなら、それも悪くないと、アスクはそっと目を閉じた。



「そこに行くのは、まだ無理。あなたの身体、吃驚するほど丈夫なのね。いいえ、彼女の意志かしら。私を以てしても、全てを抜けなかったわ」


 言われてアスクは自分の腹を見下ろすと、軽くなった身体の丁度臍がある部分だけが、力なく地へと倒れ込んでいる肉体に、しっかりと根付いたままであった。


 不思議と、未練も後悔も感じさせない、呆けたような間抜けな自分の死に顔に、眉を顰めた。


 見れば足先もふわりと浮いている。多分、臍のあたりがくっついたままで、そこから遠い箇所である頭と足がふわふわと身体から浮き上がっているのだ。


 自分がしている間抜けな姿に目を見張った。



 つまり、自分はまた死に損なったのかもしれないとアスクは苦笑した。


 



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