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21.女神の試練



 その時。


「うわぁぁぁぁ!! 私を無視するなぁ!!!!!」


 トランを倒した敵が、荒い息を整えられぬまま膝をついている今を好機と見定めたアーベル王子が、腰の大剣をアスクの背中めがけて突き刺した。



「かはっ」


 背中から。死闘を尽くして膝をついている勝者に襲い掛かる卑怯な真似も、実際の戦闘においては批難されることはない。


 だが、事実を見ている者たちから勝利を賛美されることも、尊敬を受けることもないし、軽蔑を受けて当然の行為だ。


 しかし、そんな周囲の冷ややかな視線に気付かない王子は、憎っくきアスクの頭を掴んで勝利の雄たけびを上げた。


「王国随一の騎士トラン・ドイルを打ち破りし王国の敵アスク。悪逆騎士アスクを討取ったのは、私だあぁぁぁぁ!!!!!」


 剣を引き抜き、血塗れのそれを天に掲げる。


 無残に背中から剣で心臓を刺し抜かれたアスクの胸や背中から、赤い血がどぼどぼと噴き出し、辺りは血で一面だ。


 広がっていく地だまりの真ん中で、狂気の雄たけびを上げる自国の王子に、兵士たちは震えあがった。


「最後まで立っていたのは、私だ! 勝利を手にしたのは、第三王子たる、このアーベルよ!」


 たとえ魔女ノエルを隠匿した罪があろうとも、正当なる一騎打ちによる死闘を越え精も根も尽き果てた状態の、その後ろから襲い掛かるという王子が取るにはあまりにも非道で外道な行為に、見守っていた兵士たちは素直に称賛できかねた。むしろ眉を顰めている者ばかりだ。


 そんな周囲に気づくことなく高笑いを続けているアーベルに向かって、光が奔った


 銀色の一閃。煌めく光が王子と交差し、王子の言葉が高笑いが突然止まった。





 高笑いをし続けているつもりのアーベルは、突然声が出なくなった自分に、驚いた。


 突然の灼けつくような痛みに震える。

 口が。顔が。後頭部が。脳髄が。


 喉の奥から熱い何かがこみ上げてきて、咽喉を塞ぐ。


 それ以前に、何かが邪魔で口を閉じることが出来なくなっていることに、すでに視界を失い、身体を自由にすることもできなくなっていたアーベルが気が付けたかどうか。


「女神の試練を穢す、痴れ者め。その身を以て罪を購い給え」


 銀色をしたその影が、手首を返して握った剣を捩ってから、引き抜くと、目を開けた兵士たちの前で、大きく開かれたままの王子の口から、大量の血が、噴き出した。


 ……プゴフゴボゴボボボ


 止まった言葉の代わりに、真っ赤な血が溢れだした。

 いや、口だけではない。突き抜けた先、首の後ろ側からも、同じようにとめどなく血が溢れていく。


 椎骨動脈。首を支える頸椎の真ん中を通っている動脈である。

 アーベルは、その動脈を鋭い刃によって頸椎ごと完全に切断されていた。


 骨と骨、骨と筋肉を繋いでいる靭帯や腱がすべて捩じ切られ、重い頭蓋骨は完全に支えを失って、ごりごりんっと鈍い音を立て、痙攣しながらあらぬ方向へと揺れ折れ曲がる。


 そうしてついに王子であった物言わぬ物体が、自らが作り出したまだ生暖かく泡立つ血だまりへと崩れ落ちた。

 

 代わりに、そこには左半身を血塗れにしたトランが、鬼の形相で立っていた。


「下衆が。女神の試練に、なんと無粋で下衆な介入を」

 怒りの収まらぬ様相で睨みつける。


 その右手に握られていた、王子の血で汚れた剣が、ずるりと滑り落ちた。

 白の房飾りが、土と混ざった血に塗れ赤黒く染まっていく。


「あぁ。わたしは、また……あなた様の試練を、のりこえられなかっ……」


 トランはそう呟いて天を仰ぐと両の目から涙を流した。


 それを最後に、王国最強と謳われた銀狼将軍は二度と動くことはなかった。



 魔獣のものではない。人の血の臭い。

 たちこめる血腥いその臭気に、守るべき主も指揮をとる者をも失った兵士達は、嘔吐した。





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― 新着の感想 ―
[一言] もう、あえて言葉汚く書きますが…。 おいクソ王子!もうお前の名前も覚えてないけど!覚える気もないけど! それよりもアスクーーー!うわああああん! ああああん!
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