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20.決着



 瞬間、トランの踏み込んだその足が、地面へめり込んでいく。


「っ?!」


「お前の……お前たちの勝手な都合や想いで、あの子がどんな目にあったのか」


 アスクは、自身が知らなかった聖女としての幼馴染みの生活は、華やかなものだと思ってばかりいた。

 木っ端騎士として教会の施設を守る騎士のひとりになれただけで満足し、煌びやかな衣装を纏い王宮へと出仕する聖女となった初恋の少女を遠くから思うばかりで、幼い頃に誓った彼女を守る盾となることを、ただいつか叶えたい夢として目標にしていただけ。努力はしていたが、果たせないままであった軽い存在。


 実際のノエルは、そんな風にアスクが安穏とできる範囲の努力をしていた間も、その前からずっと、八年もの長きに渡りまるで奴隷のような扱いを受けていた。


 それを聞かされた今、アスクは本気で気が狂いそうだった。


『あかちゃんを助けられたの。おとうさんとかおかあさん、産婆さんにもありがとうっていって貰えたの!』

 近所であったお産の手伝いで夜中に呼び出され、翌朝早くに帰ってきた幼馴染みが浮かべていた晴れやかな笑顔。疲れ切っている筈なのに、同じ歳の少女はキラキラしていた。


『治癒魔法を使えてよかった。アスクが怪我をしても、ぜぇんぶ私が治してあげられるもの』

 転んですりむいた膝も、木から落ちて折った骨も、全部幼馴染みの少女に治して貰った。


 陽の光をあびて輝く幼馴染みの黄金色の髪が、少女のはつらつとした動きに合わせて靡く。

 忘れたつもりであった、初恋の少女の笑顔は、こんなにもアスクの中に今も在る。


『沢山の人の役に立ってくるね』

 故郷を離れて王都へ向かった時の、幼馴染みの涙を浮かべながらの笑顔も。

 アスクもノエルもまだ十歳だった。親元を離れて知らない土地に連れていかれるのはそれだけで恐ろしい事だったに違いない。


 それなのに。貴族共に奴隷の如き扱いをされていたなど。赦せる訳がなかった。

 それに気づくことなく、傍に行きたいと夢見るばかりであった教会騎士であった自分の事も。


 赦せなかった。


 遠いあの日にアスクが受けた傷の痛みや苦しみは、呑気にもまったくそのことを知らずに過ごしていた自分が、受けて当然の罰であったのだと悔やんだ。


「あの子の騎士は、僕だ。彼女が今どこにいようと。生きていようがいなかろうが、彼女の尊厳は僕が守る」


 目の前にいない、初恋の幼馴染みへ新たな誓いを立てる。

 ──兵士に捕まえられている少女を、なんとしても逃すのだと。


 たとえ、命に代えようとも。


 アスクが小枝を踏んだのは、わざとであった。

 隙をみせることで、トランが大きく踏み込んでくるとアタリをつけたその場所こそが、狙いだった。


 地面へ張り巡らされている木の根の下へ入り込んだ雨水により、浸食されて作り出された隙間。

 上から見ただけでは平らに見えるその上に足を乗せると、ほんの少しのことではあるが、身体が沈みこむ箇所がある。

 日々の鍛錬で気が付いたその箇所へ、アスクはトランを誘い込んだのだ。


 

 トランの鍛え上げられたバランス感覚が、無意識に後ろへと重心をずらして転倒を避ける。結果として全体重を攻撃へ乗せるように指令を出していた脳が、後ろ足へ重心を残す結果となってしまったことを理解する前に、アスクはその身を深く沈みこませると共に、大きく前へと踏み込んだ。


 トランの脳が経験則が、予測していた位置と大きく違う場所に一瞬で移動したアスクを完全に見失ったトランは次の動きをどうするべきか躊躇した。

 ほんの一瞬のことだ。瞬きするまでもないほどの一瞬。

 だがその一瞬は、突進の勢いが削がれ、持てるすべてを剣へと乗せるつもりであったトランの全力の突きのその勢いが、トラン自身に残った一瞬でもあった。


 そうしてその一瞬こそを、アスクは狙っていた。


「!?」


「あの子の未来は、あの子のものだ。王国の勝手には、させん」


 バランスを崩した振りをして下げた重心から、やわらかな軌道を描いて、トランの間合いの内側へと廻り込む。


「さらばだ、銀狼将軍」


 するりとトランの体の内側へ足を踏み込み、剣を持つ手首を掴むとトランの身体を巻き込むと、トランの力もアスクの螺旋の動きに乗せて、右手に握ったナイフをトランの剣を持つ肩へと当てた。


 とん。


 不安定な角度で、緩やかに辛うじて当たっただけに見えたそのナイフは、トランの肩へ、つぷりとその根元まで完全に突き刺さっていた。


 そうして、短いナイフで刺されただけの筈のトランが、肩から大量の血を噴き上げてその場からふっ飛び、大木の幹へと激突した。


 トランがそれ以上動くことなく、力なく頽れた事を確認すると、アスクはピッと指で弾いて、頬に飛んだトランの血を振り払った。


 死闘を乗り越え、アスクの精も根も尽き果てたのだろう。

 アスクもまた、その場に膝をついた。



 ナイフで突き刺しただけには見えないその異様なトランの状態に、周りでふたりの戦いを見守っていた者は皆、息を飲んだ。


「そ、そんな……」

「トラン様が、負けた?」

「あれは……魔法か?」


 一度はしんとなったその場に、不思議な興奮が騒めきを生む。




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