14.王国の手
「ドンドンドン」
扉が叩かれる。
「誰かいませんか。道に迷ってしまいまして、少々お尋ねしたいことがあるのです」
言葉遣いは平民を装っているつもりなのだろうが、そこに籠められた殺気が全てを裏切っていた。
「お前のその髪を見られたら、王都へ連れていかれてしまうだろう。俺があいつ等を引き付けている内に、ひとりで逃げろ」
間違いなく、小屋の裏手も包囲されているだろう。
それでも、アスクが表で大騒ぎを起こして引き付ければ、少しは手薄になる筈だ。
少女の魔法がそれほど複雑なことができないことは知っているが、それでもアスクと同じ方向に逃げるよりずっと勝ち目が高そうだと算段を付けた。
しかしアスクの提案に、少女は少し困ったように笑って首を振るばかりだ。
どんどんどん!
「誰かいませんか! もし!」
どんどんどんどん! どんどんどんどん!
だんだん玄関の扉を叩く音が一層激しくなってきていた。
こうして少女を説得しようとしている間にも、焦れた男たちによって扉が破壊され乱入されてしまうだろう。
アスクは少女を逃がすことを諦めて、地下の食料庫へ入っているように促した。
「魔法で姿を隠したりは……できないか。いいか、絶対に掴まらないでくれ。俺を置いて逃げろ。俺にかまうな。絶対に、だ」
そう、早口で言い聞かせると、アスクはまだ納得していない様子の少女を暗い地下室に押し込めると、できるだけ音を立てないようにその扉の上にラグを敷き、椅子を置いて隠す。
そうして、髪や髭を落としてしまった事を「失敗したな」と軽く笑って、表情を取り繕うと玄関扉を開けた。
「どうなさいました? ここは魔獣の出る森です。早く下山された方がよろしいですよ」
善良な山の民には見えないだろうと思いつつ、さりげなく言葉を掛ける。
案の定、扉の前にいたのは、王国軍の鎧にマントを羽織った騎士だった。階級もかなり高いに違いない。
「この小屋に住む老人に、治癒魔法を使える少女が囚われていると訴えがあった。調べさせて貰おう」
その言葉に、アスクは少女を地下に匿った失策を痛恨する。
せめて自由の身として部屋に座っていたならば、親を失って引き取った遠縁の娘だと言い張ることもできただろう。
ここは少女に機転を利かせて貰い、自力で地下から抜け出してくれるように祈るしかない。むしろ、彼女の魔法レベルなら、この小屋から誰にも知られないまま逃げ去ることすらできるのではなかろうか。
それ位の芸当なら、あの少女には易々とできるのではないかという楽観的希望に掛ける。
そのまま地下にいては事態が悪化すると伝える為にも、アスクはひと際大きな声で、哀れを誘うように嘆き訴えた。
「囚われているですって?! そんな物騒な。ここに住んでいるのは私ひとりですよ!」
そう。少女が勝手に住み着いているだけだ。
「我等もこれが仕事でな。訴えがあったからには調べなくてはいけないのだ。邪魔をする。大人しく外に出ていろ」
最初の言葉遣いからはほど遠いその物言いの雑さに、アスクは苦笑した。
だが、大人しくそれに従う訳にもいかない。
「こんな山奥では、生活用品ひとつ、ほんの少しの食料でさえ貴重です。どうか、丁寧に慎重にお探しください」
両手を揉み合わせてできるだけ情けなさそうな声を張り挙げながら、退路の算段をつけるよう、辺りを見回す。
小屋に来ているのは指揮官の男と、その副官が一名、下っ端である兵士が五名。全員が、階級は違えど王国軍の鎧を身に着けている。
そうして小屋の周りの茂みの中にも目の届く範囲だけで八名、その他小屋の裏手側にもいそうだ。かなりの人数が潜んでいるようだった。
アスクの希望は無論叶えられることはなく、早々に小屋から追いされてしまった。挙句、見張りまで付けられてしまった。
この状態で、隙をついて少女を抱えて逃げるのは難しそうだとアスクは嘆息した。
だが諦める訳にはいかない。
「さて。少女が魔法を使ってひとりで逃げてくれるよう、本気で祈るか」
それとも、本当に悪魔の様な魔獣というのもアリだろうか。
いつか夢想したように、アスクが心を赦した所で魂ごと喰らおうと、たぶらかしに来た魔獣であったのなら。素直にこの身を差し出すのも、悪くない。
「それも悪くは無いな。悪くないどころか、王国軍に捕まるよりずっとマシな未来だ。上等ですら、ある」
アスクは笑って嘯いた。




