13.これからに続く約束となる筈だった
チラチラと、少女が訝し気に視線を送ってくるのが、アスクには面白くて仕方がなかった。
髪を切って髭を落としたアスクの顔を見て、シチューの入った器を取り落とすほど驚いた少女の顔を忘れることはないだろう。
溢したシチューを拭き終わり、朝食が始まった今も怪訝な顔をしたままの少女に素知らぬ振りをして、アスクは少女が用意してくれた朝食を残さず綺麗に食べ終えた。
多分もうすぐ少女はアスクの傍を離れていく。何処に行くのかは知らない。
だが、彼女がいるべきところはここではないと本当は最初から知っていた気がした。
だがその前に、もう少しだけ、少女との思い出が欲しかった。
そうしたら、親の下へ帰るように促そう。
なんなら送って行ってやるのもいい。
どこまで送って行けばいいのかはわからないが、元々アスクはこの地の人間ではない。
どこへだろうと一緒に旅をして、そうして別れを告げるのだ。
「今日は、冬を迎える準備をしようと思っている。山に入って保存できる木の実や葉を採りに行こうと思うのだが、一緒に来るか?」
それは、初めてアスクが少女に掛けた誘いの言葉だった。
基本的にアスクは少女に留守番しかさせてこなかった。
村へ行く時もそうだし、狩りに行く時もそうだ。村に黄金色の髪をした少女を連れて行って騒ぎになるのが嫌だったからだし、狩りでは足手まといになることを嫌ったからだ。
雨上がりの朝、女神のしずくを集めに行く時ですら連れて行こうなど思いもしなかった。
その言葉を聞いた少女の瞳が輝く。そうして勢い込んで何度も頷いた。
水で溶いた小麦粉を薄く焼いた皮に肉のペーストを塗った朝食は、最近の少女のお気に入りだ。
少しずつ濃度を変え、皮の厚さを調節し研究を続けていたようだが、ようやく気に入りの厚みがわかったようでもう三日もこればかり作っている。
ペーストも、スイッパだけでなくベイツリーやコハコベなど、小屋の周りで手に入るハーブを幾つか組み合わせて最初の頃よりもずっと臭みも減って柔らかく塗ることができるようにもなっていた。
普段は味わうようにゆっくりと噛みしめて食べるそれを、大急ぎで口に詰め込む。
まるでアスクの気が変わらない内にとでも思っているようで、思わず声を上げて笑ってしまった。
口に詰め込み過ぎて飲み込めなくなっている様子の少女へお茶を飲むように勧めた。
慌ててコップを口へ運ぶその姿に呆れる訳でもなく、まるで眩しいものを見るように、アスクは目を眇めた。
朝食の後片付けをふたりで済ませ、仕度をさせる。
買ってやった上衣を着ているところをちゃんと見たのは初めてだった。
朝食の時に着ていたワンピースではなく、アスクが買ってやった刺繍入りのワンピースに上衣と手袋をした姿は到底これから山に入ろうという服装ではない。
それでも喜んでいる少女に着替えてこいという気にはならなかった。
「あぁ、よく似合っている。マフラーを忘れていたな。それと次はスカートではなくズボンがいいな。今度買ってきてやろう」
まるで冬仕度の為の採集ではなく、これからピクニックにでも行くようだ。
そう思った時、去年も同じ時期に山に入った時いつもより少しだけ西側へ降りたところに花畑があったことを思い出す。
まるで春を思わせるように色とりどりの小さな花が咲き誇っていた場所。
あそこに連れて行ってやったら、少女は喜んでくれるだろうか。
そう思った時には、アスクはそれを口にしていた。
「山の西側に、この時期花がたくさん咲いている場所がある。そこにも行ってみよう」
それまでも喜びにはち切れそうだった少女の顔が、今は驚かんばかりになってた。
そうして、思いついた様子でアスクの額に手を当てた。
熱でもあるのかと心配されたのだと気が付いて、アスクは苦笑するしかなかった。
「もうすぐ冬だ。お前は、いつ親の下へ帰る? 近場なら冬になる前に送って行こう。本格的に雪が降る季節になってからでは、帰りたいと言われても叶わないかもしれない。もし遠いなら春になってからでもいい。一度は親元へ戻りなさい」
そう告げたところで、少女の動きがとまった。
しっ、と口元を指で押さえられて気が付いた。
「小屋が、囲まれている?」
こくりと頷いた少女が机の下へと潜り込むのを確かめたアスクは、身を潜めて窓から周辺を伺った。
木陰に兵士が潜んでこちらを伺っていた。
よく見れば同じ国章が入っている揃いの鎧を身に着けているようだ。
どうやら今朝から浮かれ切っていたせいで、警戒が弛んでしまったらしい。
「王国軍だと?」
朝から浮かれ切っていた。油断していたと悔やむが、今更だ。
なにしろ、死んだと判断が下されて、墓場へ捨てられたアスクが王都を抜け出して、四十年だ。
ここでの生活も落ち着いて、マークなどされる訳がないと思っていた。




