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11.満たされていく




 それからというもの、マメに洗濯や掃除をする少女のお陰で、寝に帰るだけの冷たく薄汚れていた小屋の中が明るく清潔になっていく。


 住みだした翌朝から晴れた朝には毎日洗われるようになったシーツや布巾。

 魔法で集められ、そのまま外へと追い出されていく部屋の隅の埃。


 綺麗な雑巾で拭き清められた壁や床には、今や染みひとつない。


 腹が膨れればいいのだと、干し肉を齧って終わりにすることもなくなった。

 アスクが仕留めた獣の肉を、少女が脂で煮てペーストを作り、パンにつけたり蒸かした芋に絡めて食べる。

 食は一気に豊かになった。

 テーブルの上にはどこで摘んできたのか花が飾られるようになった。

 時折、そのまま食事作りの際に香辛料として使われてシチューに浮いている事があるのもご愛敬というものだろう。 

 初めてそれに気が付いた時のアスクの顔がよほど微妙だったのだろう。

 シチューを口にしていた少女が堪え切れなかったとばかりに噴き出し、壁を汚したこともあった。

 それすらも苛立ちではなく、やすらぎを覚える。



 アスクのベッドで少女が一緒に寝るのも当たり前になりつつあった。

 追い出しても追い出しても気が付けば戻ってくるので諦めただけだが。


 ゆさゆさと身体を揺さぶられて目を覚ました。

「どうした?」

 寝坊した訳ではない。アスクの体内時計からすればまだ深夜もいいところだ。

 クイクイと腕を持たれて外へと促してくる少女に連れられて、小屋の外へ出る。


 外はまた夜だった。


 だがそれは、アスクの知る夜とは違っていた。


 静かな山の静かな夜。いつもならどこからか虫の鳴く声やなわばりを主張する動物たちの吠える声が聞こえる筈だが、それらがどんなに遠くからですら一切聞こえなかった。


 天空の一番上。頂点から、夜空一杯に、無数の黄金色の筋が流れていく。


 幾筋もの黄金色の光に彩られた空は、夜とは思えないほど明るい。


 太陽が誇らしげに照らす真昼の明るさとも、朝のゆっくりと空に滲んでいくような明るさとも違っていた。


 一瞬一瞬、瞬間のきらめきが無数に連なって、生まれては消えていく儚き明るさだ。


 夜の空が、不思議で、神秘的な輝きに満ちていた。


「流星雨か」


 王都で教会騎士となってすぐ、アスクは先輩達に「いい処へ連れて行ってやろう」と酒場へ連れていかれた。

 飯も美味かったし、酒もエールだけじゃなくてワインや蒸留酒などいろいろあって楽しかったが、なによりアスクが心惹かれたのは、吟遊詩人の歌だった。

 故郷の村には祭の時にしか流れてこない歌と踊りが王都の酒場では毎日一晩中溢れていた。

 その夜に聴いた沢山の歌の中で、アスクが一番気に入ったのが、流星雨の歌だった。


『それは天に煌めく星が生まれ出る場所 百年に一度の特別な夜に それは始まる  金色の糸 煌めく星が空から降り注ぎ 幾千幾万降りしきる そのきらめきは すべての始まり 消えゆく先は あらたな始まり』


 英雄の冒険譚でもなく、恋にやぶれる歌でも、願いが叶う歌でもない。

 聖女様の起こした奇跡を讃える歌でもない。

 ただ、かつて目撃された天を埋め尽くす黄金の糸のような星の雨について語るだけの歌だ。


 アスク以外の誰もリクエストをすることのないそれを、何度リクエストしたかわからない。

 故郷へ仕送りをしていたので、日々の暮らしがギリギリ送っていける程度しか残していない中で、月に一度酒場に行き、その歌をリクエストすること。それが、たったひとつ、アスクが自身へ許した贅沢となった。


 金色の糸の様なノエルの豪奢な黄金の髪。

 それを、歌の中の流星雨に重ねていなかったと言えば嘘だ。


 空を見上げる、黄金色の髪をした少女の瞳に、金色の雨が映り込む。


 ちいさな白い指を広げて、空へと手を伸ばしている。

 いつも幸せそうに笑っている口は今、感嘆の形に開かれたっきりになっている。

 頬は紅潮していて、今にも弾けそうだ。


 一緒に見上げたいと夢見た相手は違うけれど、アスクは今日のこの景色を見れたことに感謝した。


「ありがとう。一度でいいから、これを観てみたかったんだ」


 少女にそのアスクの感謝の言葉が聞こえなくても構わなかった。

 ただ言いたかった。それだけだ。

 だが、ちゃんとその言葉は少女に届いていたのだろう。アスクを振り仰いで、にっこりと綺麗な笑顔のまま、大きく頷いた。


 満足そうな笑顔だった。


 その笑顔は、いつまでもアスクの中に長く残った。




 アスクの荒み切っていた心が和んでいく。

 魘されることもすっかり減っていた。


 その日に作ったシチューが旨いと笑顔になり、不味くて笑い合った。


 空腹を満たす為だけにひとりで齧る干し肉では、決して満たされないものが少女と共に日を越す度に満たされていく。


 言葉を発しようとしない少女の表情は日に日に豊かになり、ちょっとした仕草で、何を思っているのかが、アスクにわかるようになっていた。



 少女との生活は穏やかで、アスクの心はゆっくりと、だが確実に、満たされていった。




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