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1.魔獣の棲む山

※Twitterランドでしていた「イケオジ談義」から生まれたお話ですが、完全にロマンスグレーから遠い所に着地しました。すみません(焼き土下座


※戦闘シーン(流血アリ)があります。苦手な方は多分このお話は読めないです。ごめんなさい。






 ──まただ。


 (うなじ)がぴりぴりする。

 後ろ斜め左。茂みの中から受ける、殺意も悪意も感じられない視線に、アスクは眉を顰めた。


 今日で三日目。

 常に感じる訳ではないし、事が終わって探しても後ろ姿すら見つけられた事のない相手から監視に、苛立つ。


 しかも毎回、今のような窮地に陥っている時なのだ。ハッキリ言って邪魔でしかない。


 最も、アスクの眉間に刻まれた皺は別にこの二、三日の間に生まれた訳ではない。もっとずっと、若い頃からのものである。


 頭に浮かんできた不快な記憶に苛立つ。

 未だ止まない(うなじ)へ注がれている視線に、思わず隠れたその相手へ向けて怒鳴りつけてやりたい気持ちになったが、今は対峙している魔獣を倒すことに集中すべきだ。


 黒と灰色の剛毛で覆われた巨体からの圧に押されないように、アスクは下腹に力を込めて剣の柄を握り直した。


 ワイルドベア。

 若い頃の血気盛んな頃のアスクならばいざ知らず、すでに老境へと片足を突っ込んだ身には過ぎた敵だ。

 鋼の盾ですら切り裂く威力を持った鋭い爪は、実際には手の甲から生えている。怒りと共に瞳が黒から赤へと変わり、怪しい輝きをもって相手を威圧してくるのだ。

 アスクを見つめる瞳は今、怪しく赤く輝いている。

 興奮状態真っただ中の証である。


 更に厄介なことに、コイツは俊敏性も高い。アスクが後ろの気配に気を取られ、意識がワイルドベアから逸れた一瞬を突いて、突進が仕掛けられた。


 手にした大剣の刃を緩く円を描くように爪を受けて刃先の上を滑らせ、力を逃がしていなす。

 全てを切り裂ける必殺の爪が獲物を引き裂くことなく横へと躱されたワイルドベアが、その巨大な身体の重心を傾かせたところで、アスクはおもむろに剣の柄から手を離して身体を沈みこませた。


 ワイルドベアの強大な力を、自らの螺旋の動きへと貯め込んだアスクの蹴りが、傾いたワイルドベアの膝を横から蹴った。


 とん。


 それは大きな衝撃音を発するような蹴りではなかった。

 ただ、当てただけ。

 ただ、そこに足を触れただけのような、置いただけの様なそれであった。


「グアぁぁぁアアアアあァァアぁ」


 にも拘らず、断末魔の声を上げて、ワイルドベアがそこで転げまわった。


 周囲に立つ木立が巨体がぶつかる衝撃に軋んで悲鳴を上げ、時には耐えきれずに巻き込まれるように折れたり、根元から倒れていく。

 しかし、アスクのウエストよりも太い幹が折れようが、葉の生い茂った枝が顔に落ちてこようが気にせずに、ワイルドベアは足を抱えて苦しみ転げる。


 見ればアスクが足を当てたその場所が見る間にブクブクボコボコと不気味に膨れ上がっていく。


 それは限界を超えて膨れ上がった挙句の果てに、バシュウッという派手な音を立てて爆ぜた。血飛沫があがる。


「!!!!!!!!!」


 ワイルドベアが、声なき悲鳴を上げたその瞬間、くるくると回転しながら宙を舞っていたアスクの大剣が、宙から降ってきた。


 ざしゅっ。


 声なき悲鳴を上げていた、大きく開いたワイルドベアの口に、剣が生えた。



 ワイルドベアの頭に足を掛け、両手でその口から生えた剣を更に深くへと差し込む。

 そうしてまったく生体反応が消えていることを確認したアスクは、ようやく自分の剣を、そこから引き抜こうとした。


「つっ」


 深く突き刺さった剣を引き抜く為に、足に力を入れた瞬間、そこに不快な痛みを感じて、アスクは顔を顰めた。


 最後に使った蹴り技で、どうやら溜めた力を相手へと完全においてくることに失敗したらしい。道理で爆散するまでの時間が掛かりすぎだと思った。なにより範囲が狭すぎた筈だ。


 このままならば先ほどのワイルドベアと同じように、内部に残った力が渦を巻いてアスクの骨を砕き、血管と筋肉を巻き上げ、砕いていき、ついには爆散することになるだろう。


 まぁいい。元々、この歳迄生きているつもりはアスクにはなかったのだ。


 それにこれはある意味捨て身の技だ。練習用の藁苞相手ならともかく、本番であれほどの強敵相手に置くまでの間、よく内なる螺旋に溜めておくことができたと自分を褒めてやりたい位だ。


 本来ならば、狩猟経験のあるハンターがチームを組んで、罠や待ち伏せを仕掛けて戦うべき相手であり、一人で倒すには厄介すぎてアスクとしては獣避けの薬を撒きながら逃げ出したかった相手である。


 これがアスクの住む小屋より奥の、山側で発見したのならそうしていたが、如何せんワイルドベアを見つけたのは村へ向かう途中でのことだ。

 どちらかといえば山裾にある村に近い場所であり、放置してひとり小屋へ逃げ帰えるという選択肢はなかった。下手に逃げて放置した結果、村を発見されて襲われることにでもなったなら目も当てられない。


 王都から逃げてきたアスクをそれとは知らないままとはいえ、受け入れてくれた優しい人達が住む村だ。

 恩を仇で返すなど、元とはいえ騎士であったアスクの信義にもとる。


 しかし、このままワイルドベアの遺骸を放置しておく訳にはいかない。遺骸が発する強い瘴気に誘われて、仲間を殺した憎き人を襲うべく集まってきてしまう。


 かといって、今のアスクにはこの巨体を地に埋めることもままならないし、村から助けを呼んでくる事は更に難しい。


 どうするべきか。


 悩んでいたアスクは、つい警戒が疎かになっていたらしい。


 遠い記憶にある、あの、黄金色の髪が、さらりとアスクの頬を掠めた。




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