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不条理

 「普段は禄に訓練も、勉学もしないくせに、こんな時ばかり張り切りおって。いい御身分だな?お陰で俺達までおかしな目で見られる。いい迷惑だ。」

 ロナウの二番目の兄が、ロナウの姿を見つけると、怒涛の口撃を仕掛けてきた。

 舞踏会の会場に入った途端、その有様だったので、ロナウは今入って来た扉からすぐ戻りたくなった。


 来なければ良かった…


 後悔しても遅い。

 今夜の舞踏会は、建前上ロナウの為に催された。

 全くロナウが望んだことではないのだが。

 有り体に言うと、アデルとの噂の火消しをしたかった。

 アデルの為に何かしたいと思っても、ヴァレリーの言葉が頭に響く。

 側に置こうと金を出そうと、全て裏目に出そうだった。


 ーロナウ王子が卑しい洗濯婦を、夜な夜な部屋に連れ込んでいる。

 ー洗濯婦が身のほど知らずに、誘惑したのではないか。


 勝手な憶測が飛び交っているらしい。

 まともな知識は全く広まらないのに、事実を歪曲し、下卑た話にすり替えて下品な噂話に花を咲かせる。

 矮小な人間は何処までも、下品で、取り付く島もない。

 目の前で侮蔑の視線を向ける兄のように。

 

 「そのくらいにしてやったらどうだ?」

 「兄上…」

 さも物分りの良さそうな笑みを浮かべ、馴れ馴れしくロナウの肩に腕をまわした。

 一番上の兄だ。

 

 「引き篭もりの弟が、こうして舞踏会にやって来たんだ。それだけでも喜ぼうじゃないか。」

 「兄上は、ロナウに甘過ぎます。」

 「ははは。そう言ってやるな。こいつも可哀想な奴なんだ。何一つまともに出来ない。女性の事さえ、なあ?」

 二番目の兄が、水を得た魚のようにロナウを謗る。

 「常識が無いにも程がある。人間らしい慎みも無いのか。選りによって洗濯婦とは。全く、恥知らずが!俺まで笑い者にされるだろう!」

 「そうだろう。そうだろう。だから、わざわざ俺がお膳立てしてやったんだ。くれぐれも、俺の顔に泥を塗るようなことはしないでくれよ。もう、早く結婚してしまえば良い。結婚はいいぞ。張り合いが出る。出来損ないでも一端の人間になれるかもしれんぞ。侯爵家の令嬢は、いいお嬢さんだ。お前には勿体ないくらいだ。」

 たっぷり毒を含んで、言う。

 これで、自分が良い人間で、ロナウに好かれているのだと、何故思えるのか。

 「ええ、本当に…」

 ヴァレリーの様に、上手く口が回る訳でもない。

 ありきたりの事を言って衝突を避けるだけだ。

 「くれぐれも失礼の無いようにな。」

 そう言って、兄に今夜の招待客の方へ背中を押される。


 心の中で大きな溜息を吐く。

 他の女性との付き合いを演出すれば、アデルとの関係について少しは、風当たりが良くなるのではないかと思ったのだが、早まっただろうか。

 何より血族との関わりが憂鬱だ。

 あの兄の、得意そうな顔。

 思い出すだけで、不快だ。

 兄に借りなど作るのでは無かった。

 しかし、箔が付く相手の方が良いだろうと、顔の広い兄に相手を見繕って貰ったのだが、普段人付き合いの少ない自分ではこのように早く、舞踏会を催すことは出来ない。


 「仕方がない。」

 運ばれた酒を、一気に呷る。

 酒でも飲まないと、やっていられない。

 今夜はヴァレリーも居ない。

 有象無象の連中との見栄と虚飾に満ちたパーティを、恙無く終わらせなくてはいけない。



 「お加減が悪いのですか?」

 舞踏会の帰り、ロナウはふらついて壁に手を付いた。

 元々白い肌が血の気が引いて、尚一層白くなったロナウの顔を、近衛兵が覗き込んだ。


 侯爵との会話が酷く煩わしかった。

 こちらから頼んだという引け目もあり、無下にする訳にもいかず、かと言って上手く立ち回る程の器用さも無く、酒を飲まずには場が持たず、勧められるまま飲んでしまった。

 普段は正体を失う程飲むことはないし、酒にそこまで弱いという訳でもないが、流石に飲み過ぎた自覚はある。

 他にやりようは無かったのか。

 不器用な自分を恨めしくも情けなく思う。

 

 「何処かで少し休んだ方が宜しいのでは?」

 おかしい、と思ったのは近衛兵の顔が言葉とは裏腹に、にやついていたからというだけでは無い。

 今のように、ロナウが情けない姿を晒すと、ここぞとばかりにいつもはへりくだっている人間が嘲るというのはよくある事だ。

 おかしいと感じたのは身体の不調だ。

 これは本当に酒を飲み過ぎただけなのか?

 それにしては、視界の歪み、目眩、手足の痺れ、耳鳴りもする。

 体調のせいだけではない、ロナウのこめかみから冷や汗が流れる。

 毒を盛られたのか?

 油断していた。

 何ということだ。

 アデルのことで、気を取られ注意が散漫になっていた。

 アデルのことを言い訳になどしたくないが、自分が不甲斐ない。

 ロナウは奥歯をギリと噛み締める。

 毒には気を付けていたはず。

 子供の頃毒殺されそうになったこともあり、毒は気を付けるようにしていたのだが俺の知らない毒だったのか、やはり迂闊だったのか。

 それよりも今は。

 目の前でにやつく近衛兵の顔を見る。

 敵は誰なのか。

 五感が妨げられているので、判別が難しい。

 目的は何なのか。

 俺を殺す事が目的なら、そろそろ仕掛けて来るはず。

 ならば、何処かに隠れるか。

 

 「お顔の色が優れませんね。部屋を用意させましょうか?」


 もし部屋で待ち伏せされていたら、逃げられない。

 本当に休ませようとしているだけなのか、敵意があるのか、判断出来ない。

 周囲に他の気配がないか探るが、立ちくらみがしてそれ所では無かった。

 返答の無いロナウに、近衛兵が苛立ちを見せ始めた頃、こちらに近づいて来る者があった。

 

 「ロナウ様!」

 「カトリーヌ様…」

 先程まで話していた、侯爵令嬢だ。

 こんな時に厄介な。

 「このような時間に女性が出歩いては危険です。どうかお戻りを。」

 「いいえ!私、ロナウ様が心配で居ても立っても居られず…」

 言いながらロナウの腕に取り縋る。

 護衛の表情が険しくなるのを、ロナウは横目で見ていた。

 「酷い顔色ですわ。近くに部屋がありますの。そちらで少しお休みになって?」

 侯爵令嬢の腕が絡まり、豊かな胸が押し付けられる。

 護衛の表情が、益々険しくなる。

 「殿下。どうぞこちらへ…」

 舌打ちでもしそうな顔で、護衛が手を差し伸べてくる。

 その態度は酷く強引だ。

 

 毒を盛ったのは侯爵令嬢なのだろうか?

 侯爵は知っているのだろうか。

 しかしこの態度、無関係ではあるまい。

 酷くおどおどしている者と、苛立っている者とがいる。

 おどおどしている者は、酒の席で近くに居た。

 ではやはり毒を盛ったのは、侯爵家の者だと仮定すると、目的は何だ。

 俺を殺すことで、さして得があるとも思えない。

 「どうか、殿下。」

 ロナウが動こうとしないので、護衛は苛立ちを顕にした。

 まさか侯爵令嬢との既成事実を、作ろうというのだろうか。

 馬鹿な。

 しかし、侯爵令嬢が出て来て、部屋に連れて行き、殺すのが目的とは考えにくい。

 ロナウは苦虫を噛み潰す。

 厄介な。 

 これでは、剣を抜くことが出来ない。

 ロナウは手を出しあぐねていた。

 敵と確定したなら切ってしまえばいいのだが、今の体調では手加減が出来ず、殺してしまうかもしれない。

 この体調で、全員無傷でこの場を切り抜けるのは無理そうだ。

 かと言って毒が盛られた証拠がある訳でもない。

 憶測だけで、侯爵令嬢を危険に晒す訳にはいかない。

 

 「ええい、面倒だ!」

 背後から殺気が放たれる。

 ロナウが頑なに動こうとしないので、思い余って焦れた者が剣を抜いた。

 ロナウは助かったと思った。

 これで、剣を抜く口実が出来た。

 キィンという音と共に、振り下ろされる剣を、ロナウが剣で受ける。

 その時散った火花と重なり、ロナウへ向けて矢が放たれた。


 「危ない!ロナウ様!」

 放たれた矢は、ロナウ迄届くことなく、人魚を貫いた。



 「フリーシア!!」



 




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