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あずさ台高校の2年B組のクラス40人が異世界の王国に召喚された。
なろう界隈で俗にいう、異世界転移という奴である。
クラス全員が揃ってこの場にいるところを鑑みるに、最近はあまり見かけなくなった集団転移と見受けられる。
大聖堂といった風情の天井の高い大広間の中央部、魔法陣らしき奇怪な紋様を踏みしめるようにして、クラスのみんなは突然の変化に戸惑い、立ち竦むばかりであった。
目の前の美しい金髪の女が祈るように手を前に組み合わせ、声を上げる。
「ああ。異世界の勇者様。ようこそおいでくださいました。皆様には魔王を倒すために……」
だがその声は途中で遮られた。
「うるさい、黙れ! いきなり人を呼びつけておいて無礼だぞ貴様! まずは食事を用意しろ! オレは腹が減っているのだ!!」
クラス一の問題児、伊丹 浩二であった。
クラスのみんなが残念な顔になり首を横に振る。浩二は昔からこういうやつなのだ。
周囲を取り囲む貴族だの騎士だのといった異世界の重鎮と思しき人々からざわめきが漏れる。
唖然とした表情になり固まった金髪の女。
「おめーいきなりなんだよ。空気読めよ。まずは話を聞かねーと先に進まねーだろうが。」
クラスメイトの一人、阿久津 大輔がたまらず、といった様子で反論する。
「知ったことか! ともかくオレは腹が減ったのだ! 食事を用意せよ! すぐにだ!」
浩二は我関せずといった様相で阿久津を無視しつつ、重ねて声を張り上げた。
「おめーまだ2時間目だったじゃねーか。なんでもうそんなに腹減ってんだよ……。」
阿久津のぼやき声はクラスみんなの心の声に等しかった。
浩二のがなり声はさらに続く。
「何だ貴様ら! 飯の一つも出せんのか! 貴様ら論外だな! こんなところには一分一秒でもいられん! オレは失礼させてもらう!」
浩二はここまで一気呵成に言葉を紡ぐと、そのままくるっと後ろへ振り返り、そのままずかずかと出口に向かって歩き始めた。
さすがに慌てた騎士団員らしき男達が数名前に出て、浩二の行く手を遮った。
「そこをのけ! オレは腹が減って気が立っているのだ! 邪魔立てするならばこちらも考えがあるぞ!」
浩二はそう叫ぶと、両手を前に構えるようにしてファイティングポーズを取った。
身長183Cmでそれなりにガタイのいい浩二が構えると、不思議と何故か様になっている。周囲の雰囲気に対して場違いである点に目をつぶれば、だが。
騎士団員の若者数名は困った顔になり、浩二をやんわりとけん制しつつもお互いに顔を見合わせた。
「すみません、皆さん!」
ここで割って入った第三者がいる。いいんちょの矢崎 佳奈であった。
「この人、お腹が空くといつもこんな感じなんです。」浩二は腹が減るとだいたいいつもこんな感じなのだ。「どうか何か食べ物を用意してあげてくれませんか?」
いいんちょの佳奈はぺこりと頭を下げた。
「……仕方がありませんな。」裕福な衣装を身に付けた初老の男性が進み出た。「こちらですぐにでも食事を用意いたしましょう。皆様もそれでよろしいか?」
「はい。」佳奈は改めて頭を下げる。
「では姫。話は後にいたしましょう。」
男性が正面に立つ金髪の美しい女(どうやら姫らしい)に声を掛けると、こちらも「はい。」と返事をした。
大広間がにわかに騒がしくなり、伝令の男性達が駆け足で出入りしたり、壁に詰める人々がひそひそと小声で話を始めたりとバラバラに動き始めた。
中央の巨大な魔法陣の上にたたずむクラスの一同は、みんなしてなんだか恥ずかしくなってきた。
しばしの時間が経ってから、ようやっと先ほどの初老の男性が再び口を開いた。
「まずは皆さまを食堂へお連れします。話は食事の後としましょう。こちらへどうぞ。」
男性は優雅な手つきで出口への道を指し示し、先頭に立って歩き始めた。
男性の後について大股で足を動かしたのは浩二一人であった。
数歩歩いて様子がおかしい事に気付いた男性が振り返る。
「おや皆様、いかがいたしましたかな? 食堂はこちらですぞ?」
質問に対し阿久津が非常に申し訳なさそうな顔になりつつ、返事をする。
「いやオレ達、別に腹は減ってないっす。飯が食いたいのはそこの伊丹一人っす。」
いいんちょの佳奈も補足の言葉を付け加える。
「事情は後で私が話すので、伊丹くんのご飯だけ用意してあげてください。私達は先にお話を伺います。」
気まずい沈黙が場を支配した。
「いいからとっとと飯を出せ!」
静かな大広間に浩二のがなり声だけが鳴り響いた。