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アーサーと辺境の領主 5

 パーシヴァルがスカーレットをブラッシングしている。主人や私もそれぞれ荷物を背負って走っているが、一番多く荷を積んでいるスカーレットを労い、パーシヴァルは丁寧に櫛で毛を梳かしていた。

「毎度、俺を乗せてくれてありがとな」

 旅程は順調に進み、あともう少しで領都に着くのだが、パーシヴァルは何故か手前で休憩をとった。

 小春日和で雪も溶けたのだろうか、小川のせせらぎが聞こえてくる。私は心地よさで微睡みへ誘われ、旅の道中を振り返っていた。色々あったものの、それも一興だ。

 うとうと目を瞑りそうになっていたところを、甲高い鳥の鳴き声が響く。パーシヴァルがブラッシングの手を止め見上げる。私も釣られて空を仰いだ。ここ数日、曇り空だったが、今日は雲の切れ間に太陽が顔を覗かせている。

 パーシヴァルは雲間の閃光が眩しかったのか、陽を手で遮り、鳶色の目を細めて遠くを眺めた。そこには猛禽類が天を旋回していた。風を切って飛ぶ姿は雄々しく堂々としている。

 あの鳥は…。鷲ですか…。

 何度か、アルムの山小屋の近くで見かけた個体と同じだ。

 パーシヴァルが腕を伸ばすと、その位置を目掛けて、鷲は飛翔する。優雅に羽ばたきをして速度を落とすと、パーシヴァルの前腕を鉤爪で掴んで鷲がとまる。

「元気だったか?ベス⁉︎こらこらっ、嘴で俺の頭を啄むな。幾ら俺がいい男でも、お前にやられると痛い…」

 言葉が通じたとは思わないが、ベスと呼ばれた鷲はパーシヴァルを甘く突くのを止めて、頬擦りをし始めた。

 …。鷲が人間に頬擦りをするなんて初めて見ましたよ。パーシヴァルは子供や動物に懐かれやすいですね。

 黙っていれば、それなりに見れる男だ。

 残念なのはその軽口である。どうしても、お調子者感が拭えない。

 陽光にパーシヴァルの髪が透ける。血生臭い戦場を駆けていた元傭兵でありながら、日だまりがよく似合う。腕に鷲を乗せて、目尻の皺を刻み微笑んでる姿は女性たちの目を虜にする…かもしれない。

 うぉーーー⁉︎危ない…。危ない…。私としたがことが‼︎危うく、パーシヴァルを男前認定するところでしたよ。

 この男は数日前に蜘蛛の糸でグルグルになっていた鯉男です。情けない姿を見たではないですか⁉︎

 私の視線を感じたパーシヴァル…。いつもなら何か一言、戯言を吐きそうなのだが、今回は珍しく無言のまま私を無視する。

 鷲の脚に付けられた小さな筒から紙を取り出し、そのまま何か書き加えたパーシヴァルは、再び紙を筒へ戻した。

「…。クロ、先方は俺たちを迎える準備が出来そうだ」

 パーシヴァルが私を見下ろして言った。

 はて…。そんな大仰な訪問ではないですが…。

 領主は主人をログレス王国の王弟とは知らない。主人が幼少期、世話になっていたとはいえ、現況を知る由もなく…。

 主人はアルムの山小屋に住んでいるただの居候である。わざわざ、先触れを出して訪ねるような身分でもない。しかも、幾つか本を借りに行くだけだ。

「んっ?どうした?ベスが気になるのか?」

『いえ、違いますよ…。何故、前もって、お出迎えの用意をしてくださるのか、不思議で…』

 私はパーシヴァルがアルムのしたためた書簡を携えて、領主の屋敷へ訪ねるのだと思っていた。

 先に訪問を伝える必要があったのだろうか。

 まぁ、突然、行ったら驚きますか…。

「ベスは、領主の鷲で…。時々、邸宅とアルムの山小屋を行き来して、手紙のやり取りをしているんだ。俺とも仲良しなのさ」

 そうでした…。主人のことは言えませんね…。

 パーシヴァルにはテレパシーは伝わらないのだ。時々、会話になるものだから、うっかり話しかけてしまった。

 …。ところでパーシヴァル、領主の鷲と仲良しという事は、アルムだけでなく貴方も領主と顔馴染みなのですか?アルムは領主に書簡を度々送るほど親しいのでしょうか?

 念話で語りかけたわけではないが、無意識に私はパーシヴァルへ目で疑問を訴えていたのだろう。ベスの喉元を摩りながら、パーシヴァルは笑顔で私へ問いかける。

「何だ?クロも撫でられたいのか?」

 勘違いも甚だしい。

 ベスはうっとりしながら、パーシヴァルへ身を委ねている。

『だから、私は犬ではありません』

 もちろん、私の言葉は伝わらない。

「今はベスが妬いちゃうから、後で思う存分撫でてやるからな」

「フンッ!」

 私は鼻を鳴らして拒絶をしたつもりだったのだが、パーシヴァルの答えはあらぬ方向へ解釈していた。

「怒るなよ…。クロも嫉妬するなんて…。俺、モテモテじゃん!」

 気の毒そうな眼差しでスカーレットが私の様子を見守っている。尻尾を左右に振りながら、私の頭上へ首を垂れて、鼻先を撫でつける。

『いえいえ…。スカーレットさん、慰めは全くいらないですよ。私、ベスヘジェラシーなんて感じてないです!』

 カランカランカラン…。

 音の方向へ視線を向けると、主人が腕に抱えていた木の枝を落としていた。

『…なっ!』

『どうしました!アーサー様!』

 主人は昼食の用意のために薪を集めていたのだ。私は同行したかったのだが、スカーレットを労っているパーシヴァルの様子を見た主人から、しっかり休息をとるように強く言いつけられた。

 主人が何処へ行こうとも、近くであれば探知できるので、私は大人しく従ったのだ。

 私…。従僕失格ではないですか…。

 帰ってきた主人の目が煌めいている。

『可愛いなぁ…。鷲…。モフモフしてる…』

 私から見れば少年のような純粋な眼差しなのだが、主人の視線がベスには鋭く映るらしい、猛禽類最強のはずなのに、狩人に狙われているかの如く、怯え慄いている。

 主人が近寄るより前に、パーシヴァルの腕からベスは飛び立った。

『あぁ…。鷲…』

 パーシヴァルは主人の肩を軽く叩いた。

「兄弟、鷲にも怖がられるんだな…」

『あっ…。それ禁句…』

 主人が落ちこむではないですか…。

 ベスが離れたので、両手を自由に使えるようになったパーシヴァルは移動して、散乱した薪を拾う。

 主人…。ベスに触れなくて残念でしたが、ほらっ、ここにもモフッとした一匹がおりますよ。

 私は主人を見つめて主張したが、主人はその場に立ち尽くし、しばらくベスの姿を目で追っていたのだった。

 

 アルベルト・パトリキ…。

 この辺境の地の領主だ。

 主人の母君がこの国へ嫁がれてくる際、従者として付き従った騎士である。主人の母君が亡くなった際、前の王、ウーサー王の謀略で母君の祖国は滅ぼされた。

 アルベルトは護るべき姫君と故国を同時に失ったのである。姫君の忘れ形見、つまりは主人のため、恥を忍んで当時は生きながらえたらしい。

 道すがら、パーシヴァルが話した内容だ。

 パーシヴァルはその小国の縁者で、母親と共に領主を頼ってこの地へ逃れてきている。この領地には故国の同胞が多くいるそうだ。現国王はそれを寛大な心でそれを黙認している。領主は王からの人望が厚く、パトリキという姓も現国王から授かったものだという。

 主人の母君の故国…。知らないことであれば、パーシヴァルへ幾つもの問いを投げかけていたであろうが、主人は黙って聞いていた。

「領都には庶民にも貸出できるように図書館あるんだが、兄弟は街中よりも街外れの屋敷の方が伸び伸び過ごせそうだろうから、これから領主宅の図書室を訪ねる。まぁ、そっちの方が兄弟好みのマニアックな本が多いしな」

 主人は人を萎縮させてしまうから、パーシヴァルは街の周囲の人々へ配慮したのかもしれない。

『そうか…。街の様子も見てみたかったなぁ』

「そうだろ?ゆっくりできる方が良いよな?」

 意思疎通が出来ないことを不快に感じることもなく、主人は可笑しそうに笑う。

『まぁ、そうだな』

 だから、主人…。無防備に笑顔を振りまかないでください。

「オレ…。騎乗してなかったら、思わず兄弟を抱きしめて、多分また昇天しかけてたわ…」

 笑えない冗談ですよ…。パーシヴァル…。


 領主の屋敷は領都の北外れにあった。

「生憎…。当主は不在でして…。お話は承っております。こちらの屋敷へはごゆるりとご滞在いただければ…」

 小ぢんまりとしたその邸宅は領主が住んでいるとは思えない。使用人も数人しかいないようだ。

 何でも、領都の中央に庁舎があり、そこで執政が行われているので、こちらへ来訪するものも少なく、領主は代行官へ政治を任せて必要最小限の仕事しかしていない。ほぼ、邸宅も留守にしている。

 パーシヴァルから前もって説明を受けていた知識である。

『それは…。残念だな。会いたかったのに…』

 主人が小さくこぼす。

「あぁ…。あまり畏まらなくていいぞ。そんなに長くは滞在しない」

 ざっくばらんにパーシヴァルは執事であろう男へ伝えた。

「アル…………ムから、直々に頼まれたお客様ですよ。そう言うわけには…」

 眉間へ皺を寄せた眼鏡の男は、言葉を詰まらせながら、パーシヴァルへ小声で囁いた。

 面立ちは神経質そうだが、長身で立ち姿が美しい。無駄な肉がついておらず、何よりも姿勢が良いのだ。年の頃はパーシヴァルと同年代あたりではなかろうか。ならば、主人より幾分年上であろう。

 腰まで伸ばした黒髪を一つに束ねており、暗い灰色の目から繊細さをうかがわせる。つまり、苦労が滲み出ている。

 パーシヴァルに後から補足を受けたのだが、この執事は領主代行官も担っているのだそうだ。

「仕事忙しいんだろ?わざわざ、邸宅にまで足を運ばせて悪かったな」

「大切なお客様です。主代行の私がお出迎えしないわけにはまいりません」

 主人の身なりは怪しい人そのものだ。邸宅内へ迎えいれられても、深々とフードを被り、顔を隠している。それを見て、大切なお客様と断言するあたり、領主の教育が行き届いているのがわかる。

『アーサー様…』

『何だ?マーリン…』

 私は辺りをキョロキョロと見渡し、主人へ尋ねた。

『領主様の肖像画が見当たりませんね…』

 私の勝手な先入観で、中央階段の踊り場へは館の主人の肖像画が飾っているものだと思っていた。もしくは家族の肖像画…。

 たが、エントランスホールには風景画はあるものの、人物画はない。

 変わりに、温室で育てものだろうか、主人のためだろう華々しく可憐な花々が活けてあった。

『そうだな…。まぁ、そういう事もあるだろう…』

 主人は寂しそうに肩を落としている。幼い頃の記憶で定かではなかったが、主人は領主に再会することを楽しみにしていた。私の問いかけに心あらずだ。

 パーシヴァルと執事の内緒話が私に届いた。

「…間に合ったようだな」

「はぁ…。使用人へ指示するのが遅くなったんだ。もう少し早く教えてくれても良かっただろう」

「俺も思い立ったのが数刻前でな。あれがあったら、完璧にバレるだろう?じいさんは隠したがってたし…。どうしようかと思って時間を潰していたんだが…。ベスが来てくれて助かったよ。ケイが邸宅に戻っていたことが分かったし…」

「はぁ…。アルベルト様の意向なら仕方ないが…。もう少し、私へも配慮がほしいよ」

 何の話ですか?パーシヴァル?

 私は蚊帳の外に置かれた気分になり抗議した。

「ワンッ!」

「あっはい…。お待たせいたしまして申し訳ありません。まずは旅の疲れを癒していただきたく、お茶でもいかがでしょうか?この地では紅茶の栽培が盛んでして…。ル・レクチェのお菓子も添えております。それとも、湯浴みいたしますか?そちらもすぐご用意できますが…」

 違うっ!私は別にお菓子をねだったわけではありません…。

 けれど、隣の主人は嬉しそうだ。私が察するにル・レクチェへ心惹かれているのだろう。

『マーリン…。ル・レクチェだって…。凄く稀少価値のある洋梨だぞ…。美味しいんだ!とろけるように柔らかいんだ。そのまま食べても美味しいのに、どんなお菓子にしてるんだろう…』

 うーん、やっぱり…。

 頬を紅潮させて興奮する主人。パーシヴァルが主人の表情から悟ったようだ。

「ケイ…。どうやら、アーサーはお菓子に興味津々だ…。あんなに甘いものなのに、お前はよく食べれるな?香りにさえ酔いそうなのにな…」

 パーシヴァル…。その解釈正解です。

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