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アーサーと辺境の領主 4

『行くぞ、マーリン…。パーシィー…』

 踵を返す主人。アラクヘ背を向けると歩き始めた。

「えぇーと…。行っちゃうの…」

「当たり前だ…。お前が変なこと言うから、アーサーが怒っただろう…」

 パーシヴァルがぼやくが、主人は腹を立ててはいない。ただ、アラクの誘いを断る意思を示したのだ。

「ちぇっ、抱いてもらおうと思ったのに…」

『えっ?そっちですか…。てっきり、アーサー様の方が…あっ⁉︎』

 あっ、主人が振り返った。何?その恐ろしい形相…。怒っていても、麗しいですけど…。

『何て言うつもりだった…。今…』

 私は主人の地雷を踏んでしまったようです。そんなに本気で怒こらなくても…。

 厳しい寒さで指先がかじかむこの森で何故だろう、更に吹雪が荒れ狂いそうなそんな気配が主人の背後から伝わってくる。

「ほらっ…。すげぇー怒ってる…」

 パーシヴァルよ…。原因は私だ。

「じゃあ、パーシィーに人質になってもらおう」

 突然、スカーレットが前脚を高くあげて嘶く。

「何っ⁉︎うぉーっ?あーーーれぇーーー‼︎」

 瞬く間に身体を蜘蛛の糸で巻かれて大木の一番高い枝にパーシヴァルは吊るされた。

 アラクは枝枝に糸を飛ばして、体を宙に浮かせた。下から見上げれば自由自在に飛んでいるようだ。

 そのまま、拘束されたパーシヴァルへ近づいていく。

 アラクは人差し指だけ伸びた爪で自身の皮膚を傷つけると赤とも紫ともいえぬ血液が腕から垂れる。それを長く伸びた爪でスプーンひと匙分掬い、パーシヴァルの唇へ近づけた。

「飲んだら、多分…。死ぬよ…。血を直接、人へ飲ませたことはないんだけど、即死かもね?」

「おいおい…。友達だって信じてたのによぉ…」

 身動きできないパーシヴァルは、それでも上体を左右に揺さぶるが、この動き…。

『みの虫みたいだな…』

 主人がポツリと漏らした。

『そうそう、それですって…。良いんですか?この状況?』

 私は別にパーシヴァルがどうなっても構わないが…。

『本気ではないだろ?』

『殺気は感じないですけど…』

『アイツ…。アラクは痛覚はあるのか?』

『主人と同じです』

『なら、斬られたら痛いだろうな…』

『そうですね』

『けど、本気を出せる相手がいなかったんだ…』

 パーシヴァルから時々頼まれて、手合わせをすることがあるが、パーシヴァルが攻撃を繰り返すだけで、それを全て主人は躱す。

 そして、パーシヴァルの尋常でない体力が消耗され、剣を握っていた手が地につけば、そこで終了だ。主人が反撃をすれば、パーシヴァルを殺しかねない。

『彼の実力なら死ぬことはないでしょう』

『分かった…』

 主人が振り仰ぎ、アラクと視線が交差した。

「おやっ?良かったね…。パーシィー、助けてくれるらしいよ」

「きょーーうーーだーーいーーっ」

 パーシヴァルは主人が戻ってきたことに歓喜の声をあげる。

『アラクネの糸を噛み切ることは可能か?』

『ふむ…。筋肉馬鹿を助けるのは些か気が引けますが…』

 私は勢いよく助走をつけ、パーシヴァルが吊られている隣の木へ駆け登った。スピードがあるので、そのまま走れば天辺まで行ける。

 普通の犬ではない。私はブラックドッグである。お茶の子さいさいだ。

 アラクは私の動向を一切無視している。

 パーシヴァルよりも少し高い位置の枝から飛び降りた私はそのまま糸を爪で切り裂いた。

「あーーーーれぇーーーー!」

 そのまま落ちれば頭から地面へ直行なので、骨折どころでは済まない。積もった雪で多少の衝撃は緩和されそうだが、何分高さがあるので頭は潰れる。

 そこへ主人が地を蹴って飛びあがった。落ちてくるパーシヴァルを主人は腕を広げて、空中で受け止めた。

 お姫様抱っこですかぁ⁉︎何してもらっちゃってるんです!ぱぁぁしぃぃゔぁぁぁるぅぅぅっ!

「兄弟…。俺、恥ずかしいけど…。ドキドキしている…」

 満更でもないパーシヴァルのはにかみ顔が気持ち悪い…。

『離すぞ…』

 無事に着地した主人はパーシヴァルへ伝えたが、それは聞こえないので、パーシヴァルは落とされるタイミングを測れなかった。

「うげぇっ…」

 アラクネの糸で守られているため、それほど痛みを受けてはいないだろう。

 雪上で二、三度跳ねて主人は駆け出した。

 アラクは子供のように瞳を輝かせ、主人の追跡から逃げるように、次々と適当な枝を選び跳躍した。

 灰色へ染まっていた空、雲の隙間からから陽光が差し込む。

 キラキラと日に照らしだられた蜘蛛の糸は美しい。アラクは巣を張っていた。

 主人は蜘蛛の糸に注意をして追撃していたのだが、行く先々の足場で糸に捕らわれ、上手く走れない。アラクの糸に翻弄されている主人…。

「絡まっちゃったね?踠くほど食い込んじゃうよ」

「アーサー⁉︎いいかげんにしろよ!アラク!」

 パーシヴァルの罵声はアラクヘ響かなかったようだ。

 主人はアラクを追いかけている間に拾っていたのだろう、礫を幹へ投げた。枝に蓄積された雪が一斉に滑り落ちる。

『蜘蛛の糸って頑丈だな。雪の重みに切れると思ったのに…』

 私は近くへ駆け寄り、主人の足へ絡まった糸を噛み千切った。

『アーサー様…。アラクネの糸は最高級…』

『そうだった。オレの服もアラクネの糸で作られていたんだったな…』

 西の魔女より購入した主人の服はパーシヴァルが採取してきたアラクネの糸で作ったのではなかったか…。

『でもさ…。マーリンはアラクネの糸を切れるよな…』

 主人の服を爪で引き裂く私…。もちろん、主人の玉の肌は傷一つつけませんよって…。はっ…。怪しい妄想をしてしまいそうになったではありませんか…。

『この蜘蛛の糸、何とかならないか?』

 空を仰いで主人は私へ問う。きらめく糸は螺旋状に紡がれている。

 その上をアラクが我が物顔で闊歩していた。

『燃やします?』

『燃えるのか?アラクネの糸?』

 そこいらの魔導士や魔獣の魔法なら無理だろうが、私はちょいとばかり、有能な精霊だ。

『まぁ、私の炎ならば…』

 ただ、アラクネの糸を燃やすならば、温度調整がなぁ…。

 人間でいう…。地獄の業火並みに高温にせねば、いわゆる、骨さえも跡形なく消せる。そこに残るは灰のみ…。

 何せ、魂まで焼き尽くすんですからね。

 スカーレットは自由に逃げれるが、パーシヴァルは現在、糸でグルグル巻きだ。

 焼死ですね…。

 そのまま伝えると、また、パーシヴァルに厳しいと主人に再度指摘されそうだ。私は言い方を変えた。

『でも、それだと森林火災は免れません』

 主人は間髪いれず否定する。

『却下っ』

「ふふっ…。来ないの?それとも、負けを認めて恋人になってくれるのかな?」

 アラクは主人を見下して、不敵な笑いを浮かべ挑発していた。

 キィーー!ムカつくぅぅっ!

『オレをこの無数の糸から解放することだけ何とかしろ。オレの優秀な侍従ならば何とか出来るだろう?』

 つまり、アラクとの戦闘には手を出すなということだろう。

『承知いたしました』

 一つ一つ、爪先で枝枝に巣くった蜘蛛の糸を排除するのは面倒くさい。私は鋭く研ぎ澄まされた氷の針を魔法で浮かびあがらせた。その針を強化して、一瞬で糸を切る。

「なっ!」

 私の魔法に目を奪われたアラクの足の動きが刹那鈍くなる。主人は舌打ちをした。

 あっ…。結果、助太刀しちゃいましたね。

 主人は素早く身を屈めて、顎へと拳を伸ばす。アラクは主人の動きに気づいて、咄嗟に身を躱すものの、主人の腕の動きがほんの少し早くアラクの顎を掠めた。それでも、アラクは遠くまで吹っ飛ぶ。

 大木に体を打ちつける前に、アラクは糸を近くの枝へ巻きつけて回避し、打つかるはずだった大木の幹に両足から踏み込んで、体勢を整え、長い爪で主人の喉元を狙った。

 主人は肘鉄でアラクへの攻撃を準備していたが、アラクの反撃に宙で上体を逸らす。

 空中で身体を翻すなんて、流石は主人!

 攻撃は免れたが、寸前で爪先で切れたひらりと主人の前髪の毛が舞う。

 身体は逸らしたものの伸びた足から蹴りがアラクの横腹へと入る。今度は命中したのか、投げ出されたアラクが大木へ激突した。枝がしなり、積雪が、また音を立てて崩れる。

 それでも、アラクはすぐ様立ち上がり、主人へ蹴りを次々と繰り出す。

 主人が重ねた腕で衝撃を受け、次の瞬間には自身の足を突き出し仕掛ける。

 それを避けたアラクは、主人を捕獲しようと手を伸ばすも、そこには主人の残像しか残っておらず、捕まえれない。

 私は主人がアラクと戦っている間、アラクの蜘蛛の糸を地味に氷の針で排除していた。

「俺…。二人の動きを目では追えるけど途中から何しているのか全く分からない」

 パーシヴァルが小さく呟く。パーシヴァルには主人とアラクの組手は見えていないようだ。

 どこへ移動しているかは確認できている分、たいしたものなのだが…。

 主人との特訓の賜物だろう。成果が出ている。

 パーシヴァルへ視線を移した矢先、大きな振動を感じた。慌てて、二人の戦闘へ目を向け直す。

 アラクの腕がだらんと下に落ちている。辛うじて皮で繋がっている状態だ。

 拳で腕を潰しましたか…。

 あれだけ相手に痛手を負わせたのだ。主人の手も只ではすまない。

 主人の隅々を観察すると、服から覗く手が傷だらけだった。服の上からは見分けがつかないが、肋は一本折れている。綺麗な顔も血で汚れている。返り血かとも思ったが、浅い切口を確認した。

 何ですと⁉︎あぁーーーたぁーーー!うちの主人の顔に何してくれはりますのぉ⁉︎

 傷口から毒が回ってないと良いですけど…。まぁ、大丈夫でしょうね。私の魔力で勝手に回復するでしょうし…。

 本来、アラクネの毒は神経毒で身体を麻痺させるようなものであって、しかも、雄は毒性が弱い。

 アラクの愛した人は濃厚に何度も接触したために死亡に至ったのだろう。パーシヴァルを殺すつもりは最初からなかったはずである。

「いてぇ…」

『すまん…』

「いやいや、そんな顔するなって…。こっちがけしかけたんだし…。分かった…。降参」

 血管や骨が繋がり、赤白い筋肉がぷっくり盛りあがると皮膚を再生させ、アラクは腕を修復した。手を開いては握り動きを確認する。

『久々に本気で身体を動かせた…』

「なかなか、やるなぁ…。決闘で魔法を使われてたら、こっちがすぐ負けただろうけど…」

 主人は地面へ倒れていたアラクヘ手を差し伸べて、アラクも応じて手を握る。そのまま、一気にアラクの上体を起こした。

 青春ってこんな感じ…。喧嘩で友情を深める的な…。

 遠い目で二人を眺めてしまう私であった。

「また、遊びに来てよ。そしたら、少しは寂しくないからさ。秋は絶対、この森に近づかないでね。アーサーの方が強いから喰われはしないだろうけど…。アラクネの好みだろうから、確実に襲われるだろうな。アーサーは無闇に殺したりはしないだろうけど…。ここは、アラクネの聖域なんだ。入ってこない限りは、わざわざ外へ出て襲ったりしていない。彼女らは生きるために必死だけど、人間にも配慮はしているんだよ」

 アラクは笑顔でそう言い残すと、あっさり引き下がり、森の奥へと消えていった。

「友達のオレには挨拶なしかよっ⁉︎」

 糸を身体に巻きつけたまま、パーシヴァルが叫ぶと遠くから声が届いた。

「またなっ!友人!」

 普通の人間であるパーシヴァルが聞こえたかは謎だ。

 ただ、パーシヴァルの姿…。また何かを彷彿させる。

『まな板の上の鯉…』

 あっそれな!ゴホンッ、それです。主人…。

『食べたくはありませんね…』

 私の言葉に主人は小さく頷いた。

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