表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/10

アーサーと辺境の領主 2

「兄弟…。俺…。こんなところで風呂に浸かれるとは思わんかったわぁ…」

 主人が即席で穴を掘り、岩を砕き、石を満遍なく積んで、それでも出来た隙間には私が丁寧に小石を埋めていった。

 何しろ、主人の仕事は荒い…。

 そして、川から引いた水を私は魔法で湯に変えた。

 その周囲を、大木から丈夫な枝を選び剪定して組み立て天幕を張っている。もちろん、魔法で天幕内は快適な温度だ。

 こうした作業は騎士団で日時用茶飯事だったのか、主人はテキパキとした手順で颯爽と天幕までも組み立てた。

 このお方、一番の上官でいらしたのに…。何故、こんなに下っ端作業に慣れてるんでしょうね。

 主人が一人で天幕の準備をしているので、パーシヴァルはしばし困惑していたが、人には得手不得手がある。

 当然、主人は料理等、全般の家事は全くできない。

 主人はジェスチャーでフライパンを返す仕草を見せた後、パーシィバルを指差した。それで理解したパーシヴァルは夕飯に徹した。

 干し肉の入った野草のスープはそこそこの出来栄えで美味しかった。最終的にスープの残りへ米を投入して雑炊を作り、私たちは平らげた。

「でっ?何でお前は服を着たまま、湯に入ってんだ⁉︎邪道だろ?」

 主人には喉仏より下辺りに酷い傷跡がある。私の治癒魔法やニムエ様の加護でも治らなかった。

 敵軍に捕まり、拷問で虐げられ、刃によって抉られた身体のあらゆる部位が欠損していた。死ぬ間際に私と契約を交わして、声は発せないが、ここまで回復できたのだ。人間は奇跡と呼ぶだろうが…。

 気分の悪くなるような醜い痕をわざわざパーシヴァルに晒すことはないとの主人の配慮で服を着たままの入浴なのだ。服は私が後でパパッと乾かすので、全く問題はない。

 私はスカーレットと隣り合わせで湯に浸かり、主人とパーシヴァルの動向を見守った。

 スカーレットの波打つ豊かな立髪から滑り落ちた雫が、私の黒い毛へ垂れる。つぶらな瞳で私に擦り寄るスカーレットはパーシヴァルの愛馬である。

 馬も疲れを癒した方がいいと主人が彼女にも風呂を進めたのだ。

 そう…。スカーレットは雌馬である。

 スカーレットのために、この即席風呂は天然温泉さながらの広さだ。おかげで天幕が足りず、隣接して確保した寝所は簡素なものになった。

 あれから、私たちは何回か休憩を挟み、ケリドンの森の手前で野宿することを決めたのだった。

 ちゃんと、私も仕事してますよ。湯を沸かしたり、室温調整の他、苦手な結界も周りへ施しましたから…。

 口に棒を咥えて、魔法陣を描くのは大変なんですからね。

「兄弟…。本当に女じゃないよな?…触らせろ」

 パーシヴァルの言葉に主人は間髪いれず、パーシヴァルの顔面を片手で押さえた。パーシヴァルは進行を妨げられ悔しそうだ。

『馬鹿なのか?』

 主人の隆々とした筋肉の流線が、濡れた黒服へ浮いており、どうみても女性ではないことが判別できる。

 怯えてしまうのかもしれないとの配慮からスカーレットと距離を置いて入浴している主人は、かのじょの横で待機している私とも離れている。パーシヴァルの両指のクネクネとした動きに不快を感じて我慢できなくなった私は主人へ申し出た。

『噛み砕きましょうか?』

『最近…。いや、いつもか?パーシィーに厳しいな』

 うっ…。また、パーシヴァルを愛称で呼んで…。私のことはマーちゃんって呼んでくれないのに…。

『この男の態度は不敬に値します』

 私はパーシヴァルに抱いた嫉妬を悟られまいと冷静を装う。

『こいつはオレが王族だって知らないんだ…。今はただのアーサーだよ』

 そんなにパーシヴァルを庇わなくても…。

「兄弟のケチケチ‼︎触っても減らないだろ‼︎」

 パーシヴァルは喚いている。

 主人の腕は長いので、手を伸ばしても触れることが出来ない。それでも、接しそうになれば、パーシヴァルの顔面を軽く弾いて押し戻す。

 随分と力を入れる程度を主人も覚えたものだ。

「ちょとでいいんだ!納得できれば!なぁーーー?良いだろう?」

 こんな男ですよ‼︎

 何度、主人の拳に昇天しかけても、戯れてくる学習能力のないパーシヴァル。

 主人も自身の身体能力が強化されている重々承知しており手加減しているのだが、パーシヴァルの思いもよらない行動で咄嗟に反撃しまうのだ。

 毎回、私の治癒魔法の世話になっているパーシヴァルである。治るとはいえ、攻撃された痛みは身体へ染みついている。命がけであろうが、パーシヴァルは怯まない。

『では、スカーレットさん…。アーサー様とパーシヴァルの間で壁になってくれませんか?ついでにパーシヴァルに甘えてください』

 スカーレットは瞬きを何度か繰り返すと、主人には背中を向けて、ゆっくり移動し始めた。

 主人がパーシヴァルを解放すると同時に、スカーレットは口をモグモグさせながら、パーシヴァルへ顔を近づける。

「わぁーー⁉︎何か積極的と思ったら、スカーレット?」

『マーリン…。馬とも話せるのか?』

『言語が存在しないので話すのとは違いますが、私の意図を伝えることは可能ですよ』

 スカーレットは目を細めてパーシヴァルの顔に鼻を擦りつけている。耳を舐めたり、髪をワシワシと甘噛みしたり、パーシヴァルは困惑しながらも、スカーレットの首元を優しく撫でた。

「何だ?アーサーと仲良くしていたから、寂しくなったか?お前のことも愛してるよ…」

 むっ…。お前のことも…。

 主人は気に留めていないようだが、その後の言葉を邪推してしまう私。

 主人が空いた私の隣へ場所を移す。

『いいなぁ…。あんなにスカーレットに懐かれて…』

 僭越ながら、私も主人に甘えても宜しいですか?

 言葉をグッと飲みこむ。私は犬ではない。主人の侍従という誇りがある。

 羨ましそうにパーシヴァルとスカーレットを見ていた主人だが、私に気づき視線が交差した。

『何だ?マーリンも甘えたいのか?』

 主人の手が私の頭へ伸びた。濡れた黒毛を指で解きほぐしながら笑う。

 主人の前髪から落ちる雫が、陶磁器のような艶やかな頬を伝い色気が半端ない。

 何だろう…。あぁ、幸せ…。

「おいっ⁉︎そこっ⁉︎俺を仲間外れにして‼︎」

 いえいえ、貴方にはスカーレットさんがいらっしゃるではないですか?

 私は予期しなかった主人とのひと時を満喫したのであった。

「おいっ!クロ!…スカーレット⁉︎いやいや、蔑ろにしてないって‼︎」

 外野…。五月蝿いですよ!邪魔しないでください!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ