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アーサーと辺境の領主 1

「どうした?兄弟?」

 いつものようにアルムの山小屋へ遊びに来ていたパーシヴァルが主人に問いかける。

 パーシヴァルは違和感なく山小屋へ溶けこんでいる。まるで、住人かのように振る舞うのが私は不思議でならない。

 パーシヴァルは主人の身内ではないのだが、親しみを込め主人を

「兄弟」

と呼んでいる。

 私は物申したくパーシヴァルを仰ぎ見る。パーシヴァルは私の視線に気づき頭を撫で始めた。

『いえ…。撫でて欲しいわけではないですよ…』

 私は尻尾を振りながら、パーシヴァルへ異論を唱えた。犬扱いしないでいただきたい。私は由緒正しきブラックドッグだ。

 主人は部屋の一角を睨んでいた。

『読み尽くした…』

 棚にはアルムの趣味で集められた本が綺麗に整列されている。

 山奥に住んでいるアルムにしては面白い選別で…。

 楽しい農作物の育て方

 漢のための料理本

 薬草図鑑

等々の実用書に紛れて

 王国の歴史編纂

 領地経営の取組み

 民衆法廷への道

 覇権国家の貿易論

難しい分野の書籍も揃えているのだが、王立図書室でもない簡素な山小屋にある本は限られており…。

「どうしたんじゃ…」

 アルムが本棚の前で仁王立ちしている主人とそれを観察している私たちを認めて足をとめた。どうやら、夕食の準備の途中らしく、腰に巻いたエプロンで濡れた手を拭いている。

「それが、アーサーがここで固まってさ」

 パーシヴァルが訝しげにアルムへ伝えると、アルムは主人の肩へ手を置いた。

 主人はアルムへ尋ねる。

『他に本はないのか?鍛錬ぐらいしかやることないだろ?手伝いはあんまりさせてくれないし…。暇つぶしに読書でもと思って読んでたんだが…。ここに来て、もうすぐ半年ぐらいになるだろう?』

 言葉を発せない主人が何を伝えたいのかをアルムは察した。パーシヴァルと違い、主人の意図をほぼ確実に把握する男、それがアルムだ。

 時に、暴走するけれども…。

「ここの本は読破したんじゃな…」

「すげぇー。何で分かるんだ…。俺も負けられんな…」

 主人の話したいことを読み取るアルムに、対抗心を抱くパーシヴァルは、主人が話せないことを知ってからも、まずは主人の態度から何を話したいのか推測する。

 この男もアルムほどではないが、主人との意思疎通ができる珍しい人間だ。

「買うか…。街の本屋へ行くなら付き合うぞ」

 パーシヴァルの提案に主人は首を横へ振る。

『勿体ないだろう…。それでなくとも居候の身なんだし…。悪いから…』

 アルムは主人の背中が気持ち丸くなったのを横目で見て尋ねた。

「買うのは気が引けるんかい?」

 パーシヴァルは私に伸ばしていた手を戻し、頭の後ろで組んで口を開いた。

「なら、領地の邸宅なら…。イテッ‼︎」

 すぐに、アルムに無言のままで小突かれる。

「…」

 アルムが心なしか主人から目を逸らした。主人はパーシヴァルの言葉やアルムの様子に気を留めることもなく、本を取り出したり仕舞ったりしている。

 さて、領地の邸宅…?

 それは何のことでしょう?

「あぁ…。悪かったよ…」

 パーシヴァルは乱暴に頭を掻くと素直に謝った。謝罪の要素が言葉にあったということだ。

 アルムが視線を外した先に私がいた。きまりが悪そうに私を見下ろしているアルムの様子を窺い、パーシヴァルは言葉を選びながら、ゆっくりと恐る恐る述べた。

「…この地の領主とアルムが知り合いでな。そいつの屋敷には書庫がある。そこで好きな本を借りてくればいいんじゃないのか?」

 思いの外、顔の広いアルムである。山奥でひっそりと籠っているだけの男ではない。

『アルム、いいのか?』

 主人が本棚からアルムへ視線を移す。

 アルムは主人の瞳が輝きを増しているのを確認するとため息を吐きながら言った。

「一筆、書いてやる。少し遠いが…。朝飯前じゃろ?」

 パーシヴァルへ咎めるような視線を投げるアルムではあったが、パーシヴァルは気にもかけずに主人へ笑いかける。

「あぁ、俺も付き合うぜ。確認したいこともあるし…」

 主人と私は馬よりも速く地を駆ける。領主の屋敷がどれだけ遠いのかわからないが、私たちだけならば一日足らずで行けるであろう。パーシヴァルが一緒となると数日はかかるかもしれない。

 まぁ…。主人と私だけよりも、アルムとの会話から、領主とも顔見知りそうなパーシヴァルが来てくれた方が対応も良いでしょうしね…。

 主人は口がきけないため、人と対話ができないのだが、それ以外にも…。

 夜空へ星々が瞬くように煌めいて揺れる黒髪、深い闇色の黒曜石のような神秘的な光を宿す瞳、彫像のような綺麗な曲線の顔立ちに真珠のように艶めく肌を持つ、惚れ惚れするほどの絶世の美男子である主人は…。

 何故か人々に恐怖心を植え付ける。

 ブラックドッグの私と契約しちゃったからですかね…。闇の精霊女王ニムエ様の加護を授かったからでしょうか…。それとも、戦争捕虜になったときのトラウマからですかね…。

 うーーーーーんっ。主人ほど美しい人間はいないのに…。

 アルムやパーシヴァルは主人に物怖じしない希少な人種なのである。

『楽しみですね。アーサー様…。たくさん本があると良いですね』

 私は念話で主人へ語りかけた。精霊であるブラックドッグの私とその私と契約を結んだ主人はテレパシーで会話ができる。主人は弾むような口調で答える。

『城では本を読むなんて趣味はなかったんだがな。改めて色々な種類を読んでみると面白いものだな』

 長い白髭を節の硬い指で撫で下ろし、アルムが主人と私の顔を交互に見て告げた。

「解決したなら、晩御飯しようかのぉ…」

「おっ!メシだメシ!」

 パーシヴァルが嬉しそうに声をあげてはしゃぐ。アルムはパーシヴァルを一瞥して伝えた。

「お前さんの分はないが…」

「そりゃぁ、ないぜぇ。爺さん…」

 大袈裟に肩を落とすパーシヴァル。その態度を呆れて見るアルム。

「お袋さんやサナが待っとるじゃろぅ?」

 サナはパーシヴァルの妹である。ガタイがしっかりしている元傭兵のパーシヴァルは、見た目とは裏腹に妹を可愛がるタイプらしく、何度もサナはパーシヴァルの話に登場する。

「帰ったら帰ったで食うし…。育ち盛りだからさぁ…。爺さんのメシは旨いから食べたいんだよぉ…」

 育ち盛りって…。立派な体躯をもった大人が吐く台詞でしょうか…。なるほど、貴方のその体はその食欲によって作られているのですね。

 パーシヴァルは主人に見劣りするものの、一般的に男前の部類だ。

 主人はしなやかな流線美を描く筋肉がついており、服を着ていると優男にも見えてしまうことがあるが、パーシヴァルは強靭で逞しい筋肉がてんこ盛りで、服がいつもはち切れそうなのだ。

『そうなんだよなぁ…。アルムが作る料理は中々味わい深いんだ。今日は何だろな?楽しみだよ』

 主人が私へ笑顔で語りかけているのをパーシヴァルは何を勘違いしたのか…。

「ほら、アーサーも俺とご飯食べたそうだしよぉ」

とほざいた。

「そんなわけがない。あの顔は今日の献立を推測してる顔じゃ…」

 流石はアルムである。私はパーシヴァルを軽蔑の眼差しで見つめた。

「そんなわけがない…って、酷くないか?なぁ、アーサー?」

『一概に間違いではございませんよね?』

 私はパーシヴァルから主人へ首を被り振る。

『はははは…。オレは早く食べたい…。急に、お腹が空いた…』

 から笑いで主人はお腹をさする。アルムは主人の仕草で気持ちを察したらしい。

「仕方ない…。小童こわっぱよそうのを手伝ってくれ…」

 小童こわっぱとは、いかついパーシヴァルにこれほど不釣り合いな呼称で呼びかけるのはアルムしか後先ないだろう。

 アルムはこうなることを見越していたのは言うまでもなく、パーシヴァルの食事も準備していたことは明白だった。

「やっぱり、俺の分もあるんじゃん?爺さん、愛してるぞ」

 目尻に皺を寄せてるとパーシヴァルはかなりの垂れ目になり、愛嬌がある面立ちが強調される。

「何が愛じゃ?気持ち悪い…」

 パーシヴァルに対して、アルムは鬱陶しそうな表情を浮かべた。

「全く口が悪いな…。嬉しいくせに…」

 アルムの弾力ある脇腹を肘で突っつくパーシヴァルへ、アルムは力を込めて背中を叩き返す。

「ゲホッ…。何すんだよ?殺す気か?爺さん⁉︎」

 主人の拳に耐えられるパーシヴァルがアルムに殺されるわけがない。

『アルム?オレは何か手伝えないか?』

 主人がつかさず、手を挙げてアルムへ主張した。アルムは主人の意を汲み取ったが、手を雑に振った。

「アーサーは座って待っとれ…」

 主人は何をするにも、物を壊すことが多い。

 私との契約のせいで、身体が強化されて匙加減が分からなかったからであるが、それでも最近は程度を覚えたのだろう、物品の破損は少なくなった。

 ただ、元来、この国の王弟である主人は周りのことを人任せにしていたため、手伝うにも慣れていない。意欲は人一倍あるのだが、結果いつもアルムを困らせる。

『えぇーーー⁉︎オレも手伝いたいっ!」

 主人の反論にアルムが気づかないはずもないが、返答はなかった。

 パーシヴァルは苦笑しながらアルムの背後を付き従う。私はその歩調より速度を早めて、アルムを抜きでた。

『アルム、及ばずながら、何か手助けできませんか?』

 私はアルムの周りをうろつく。アルムは歩きにくそうだが、私が何を尋ねたのか配慮してくれたようだ。

「マーリンはアーサーを見張っててくれ」

 私の首元の毛を優しく梳きながらアルムは指示を出す。

『何だよ?それ?』

 主人がアルムへ問うたが、アルムには聞こえない。だが、アルムは主人が軽く傷ついた顔を認め、失言したことに勘づいたようだった。面目なさそうにそそくさと台所へ急いだ。

『私には適任のお役目ですね。心得ましたよ。行きましょう。アーサー様、テーブルはすぐそこです』

 私は明るく努めて主人を食卓へいざなったのだが、主人は沈んだままの様子で答えた。

『いいな、マーリンは役目をもらえて…』

 アルム…。

 どうしてくれるんですか?この空気…。



「兄弟…。相変わらず、走るんだな…」

 馬の背に跨ってるパーシヴァルは主人の頭上から声をかけた。

『まぁ、オレを乗せてくる馬がいないからな…』

 主人の威厳は馬も慄くほどで、主人に懐いている馬がいない。故に騎乗させてもらえない。

 パーシヴァルの馬でさえ、主人に触られるのを嫌がる。並行して駆けてくれるだけ、他の馬よりも気概がある。

 本来、主人は馬が好きだ。私と契約を交わす前は、馬の世話を自らしていたらしい。

 パーシヴァルは主人の目線を独自に勘ぐり、頷きながら次の言葉を模索した。

「確かに…。お前ほど速く走れるやつには馬は必要ないだろうけどな」

 噛み合っていないことに主人は苦笑するが、嫌そうではない。むしろ、何も言葉を返さない主人へ色々と話しかけてくるパーシヴァルには好感を持って接している。

『あぁ、そうだな…』

 主人も頷き返した。

 天候は快晴。青く澄み渡る空は冬山には珍しく雲一つない。旅の初日は上々だ。

 今、主人と私はパーシヴァルに伴われて、領主のいる領都を目指している。

 陸路で五日ほど馬を走らせるそうだ。世間は雪も深く凍えるほどの肌を刺すような痛みのある冷たい季節であるが、野宿をしながら森や山を突っ切るコースに決定した。

 整備されている街道を選択すると迂回することになるので、更に日にちがかかるらしい。

 遭難のリスクがあることをパーシヴァルは憂いたが、私が主人へ

『今年はいつもより雪が少ないですし…。魔法で天幕でも暖かく過ごせるはずです。方向を見誤るなんてありえません。ブラックドッグをなめないでいただきたい』

と説いたので、主人は筆談で

『犬だから方向感覚はバッチリで、魔法で快適に過ごせるから大丈夫だって…』

と伝えると、渋々ながらパーシヴァルは了承したのだ。

「まぁ、クロの実力は半端ないしな…」

『だから…。マーリンですって…。アルムが何度も私の名前を呼んでいるのに、貴方の固定観念は揺るぎませんね』

 山小屋で体を鍛えることでしか時間を過ごせない主人の暇つぶしのために、私とパーシヴァルは尽力を注ぐことにしたのだった。

 因みに、昨晩、機嫌の悪かった主人だったが、アルムの腕によりをかけた手料理を目の前にして、モヤっとしていた主人のわだかまりはあっという間に消えた。

 そこもまた愛らしくてらっしゃるのですが、そこそこ威厳も保った方が宜しいのでは?

と思ってしまった私…。

 アルムは半年も経たずして、主人を術中にはめているような気がする…。

 恐るべし‼︎アルム‼︎

 いや…。主人が単純なだけでしょうか…。

 そんな考えを脳内で巡らせていると、主人が私に目配せしてくる。

 まさか…。単純というワードが念話で発せられていたのだろうか…。

『どっどうかされました?アーサー様?』

 馬の速度に合わせ駆けていても、体力に余裕のある私は精神感応で主人へ問いかけた。

『オレさぁ…。この地の領主にはあったことがないんだよな…』

 私は安堵した。主人が私へ伝えたいことは、これから向かう領都に住んでいる領主の話らしい。

 王弟である主人が国の領土を国王から授かった領主と面識がないとは、些か、不思議なことだ。

『オレの母親専属の護衛騎士だったらしいんだ』

『そうなのですか?』

『うん…。兄上が言うには、とても世話になった人物で頭があがらないそうなんだ。近くに置いて、国の中枢で臣下として見守ってほしかったそうなんだけど…』

『けど?』

『本人は引退したがったんだって』

『ふむふむ…』

『そこで、中央政治には関わらなくても構わないからって頼み倒して、辺境のこの領地を任せたらしい…。だから、一度も対面したことがないんだ』

『どんな方なんでしょうね…』

『信頼に値する大人だったって、兄上は言っていたな。オレが幼い頃、ちょとの間だけ一緒に暮らしたことがあるそうなんだ』

 幼い頃の主人、さぞかし可愛らしかったでしょうね…。

 ほっぺが美味しそうに膨らんでいて、触れるとぷくぷくだったに違いない。そんな主人を育てられるなんて…。

 領主!羨ましいぞ!こらっ!

 とは言え、育児は大変だ。世の母親たちの苦労は計り知れない。幼き主人は活発で見張ってないと小さな冒険へ頻繁に出ていきそうで、想像上で私はハラハラしてしまう。

 私の心の葛藤を知る由もない主人は寂しそうに続ける。

『彼のことは全く覚えてないんだ。向こうも、オレは昔と外見も変わっているし、小さい頃しか会ったことがないから、きっとオレだと分からないだろうけど…』

 主人は闇の精霊女王の加護を得て、太陽のように眩しい黄金の髪は烏の濡れ羽色へ、艶やかな深緑の翡翠色の瞳は漆黒の闇色へと外見が変化した。

 以前と容姿はそのままなのだが、人は髪、瞳の色が変わっただけでも印象が全く違うらしい。精霊にはその感覚が分からない。

 パーシヴァルが主人へ尋ねる。

「兄弟?どうした?深刻な顔して?」

 そう言えば…。この男も私と契約前の主人と会ったことがあるにも関わらず、同じ人物だと主人を認識していない。

『いや…。何でもないんだ…。ちょっと、考え事をしていて…』

「休憩するか?」

『いや、大丈夫だ…』

 主人も私も余力がある。休息の必要はないのだが、それでもパーシヴァルは食い下がった。

「まだ、行けると思ってんだろ?馬に水を飲ませたいんだ。この先に小川がある。凍っていないといいが…。そこでひとまず休ませてやってくれ…」

 安心してください。私、簡単に火は吐けますし…。雪や氷は溶かします。前みたいに火事を起こさないよう気をつけますからね。

 過失ではあるが、私にはアルムの山小屋を放火した前科がある。

 あの時は、初めて主人の役に立てると張り切ってしまったんですよね…。

『そうだな…。積雪が少ないとはいえ、慣れない道で負担もかかっているだろう。馬を休ませないとな。自分のことばかりですまない…』

 パーシヴァルの馬は雪を蹴散らし、始終、嬉しそうに駆けている。パーシヴァルを慕っており、主人の心配を他所に、長旅を共にできることを心から喜んでいるようだ。

「悪いな…。こちらの都合で…」

 詫びた主人へパーシヴァルも重ねて詫びる。パーシヴァルは主人の言葉を知らないのだから致し方ない。

 主人はパーシヴァルを見上げて笑った。パーシヴァルも主人が同意したことを感じとり、口元を緩ませる。

 相変わらず微妙にズレがあるのだが、主人とパーシヴァルはそれでも互いを慮れる良い関係なのだと私は納得せざるを得なかった。

 主人の隣は私が確保しております!パーシヴァルごときにお渡しするつもりは全くないですからっ‼︎

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