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アーサーと辺境の領主 7



 森の奥…。寒さは厳しいが、元気な子供たちのはしゃぎ声が届く。

 主人と私は簡素ではあるが、しっかりとした造りの家屋を見つけた。獣などの侵入を防ぐためであろう石塀、小さいながら畑もある。雪が積もっているが、土の下では芋が埋まっているようだ。今は眠ってはいるが、栄養分を蓄えている時期で、春になればかなりの収穫がみこまれそうだ。

「じゃあ、俺…。帰るな…」

 今日は小春日和とはいえ、もう日は傾いている。気温がかなり低くなっているはずなのだが、パーシヴァルは汗を手で拭いながら、子供たちへ伝えた。

「嫌だ!もっと遊んでよ!おじさんっ!」

 子供は容赦がない。パーシヴァルは間髪入れずに指摘する。

「そこっ!オレはお兄さんな…」

「おじさんっ!まだまだ遊び足りないよーーー!」

「いや…。だから、オレはお兄さん…」

「おじさん、帰っちゃヤダ…」

 幼い少女が上目遣いでパーシヴァルへ懇願する。どうやら、おじさんを否定するのも諦めたようだ。後頭部を乱雑に掻きながら、パーシヴァルは苦笑いをした。

「そう言う台詞はあと十年後ぐらいに言ってくれ」

「ふふ…、人気者ですね。もう少し居られないんですか?私も寂しいですよ」

 妙齢の女性がパーシヴァルへ微笑んだ。質素な身なりで背の低い可愛らしい女性だ。どうやら、ここは孤児院だろう…。彼女はこの家を管理している人間の一人のようだ。

「いやいや、子供たちの相手を全力でする気力が…。もうないのさ。おじさんだから…」

 散々言われ続け訂正してきたはずなのに、ここぞとばかり、パーシヴァルはおじさんを主張した。

「お兄さんっ!兄さんなら、まだ、遊べるって!全力疾走の肩車!あと、もう一回!」

 パーシヴァルの言葉を聞いた子供の一人が叫ぶ。

「おいっ?ゲンキンだな?こういう時だけお兄さんか?もう二回ほど全員に肩車してやっただろう?おじさん…ヘトヘトだよ」

 庭へ群がっている子供たちは16人いる。32回、パーシヴァルは肩車をして庭を駆けずり回ったのだろうか…。一般人にしては中々の体力だ。

「お兄さんなら、まだやれるって…」

「うーーーーん。友達がオレの帰りを待ってるんだよ。今頃、寂しくて泣いてるかも?何なら近くまで迎えに来てたりして…」

 チラリとパーシヴァルがこちらへ一瞥を送る。私たちは孤児院に接している森の茂みから様子を伺っていたのだが、どうやら気配に気づいたようだ。

 主人は困ったように笑っている。

「ええっーー!帰っちゃうの?」

「皆んな、しっかり食って!しっかり育て!」

 パーシヴァルの服の端を掴んでいた小さな女の子が吃逆を始めた。パーシヴァルは目を細めて、頭を優しく撫でる。

「泣くなよ。にいちゃんが後で遊んでやるから…。それにまた来るんだろ?」

 その子の隣で兄だろう人物が慰めていた。

『アーサー様…。あの子…』

 痩せ細っていた頬、全てを諦めたような眼差し…。今の彼は瞳は生き生きとしており、笑顔が溌剌として少年らしい。

 私が主人を振り仰いだとき、主人は眩しそうに光景を眺めていた。

『あぁ…。そうだな…』

 安堵を滲ませた面持ちで主人は頷いた。

「あぁ…。また来るさ…。だから、もっと成長しろよ?俺、一人では子供たちの肩車するにも限度があるからなっ!にいちゃん!」

「ふんっ」

 パーシヴァルに声をかけられ、少年は鼻を鳴らすが、態度とは裏腹に表情は嬉しそうだ。

『ここで保護されたんだな…』

『そのようですね…』

『全く、パーシィーの奴…』



「何だよ…。来てたんなら、手伝ってくれても良かったのに…」

 言葉にした瞬間、失言だったとパーシヴァルは頭を掻いた。主人の威圧感あふれるオーラは孤児たちには耐えられないだろう。

 しかも、ここに辿り着いたとき、すでに子供相手で遊び疲れたパーシヴァル…。主人は子供たちと交流しようと、意気揚々、張り切るに違いない。恐怖で泣きだし、逃げ惑う子供たち…。想像を絶する…。

『オレも子供たちと遊んでやりたいんだが…。何故か、泣かれるんだよな…』

 あっ…。主人…。そこは自覚があったんですね。

 最近、アルムの山小屋で麓の町の幼な子ペーターを一日預かったことがある。その日、ペーターの家人が都合で家を空けていたので、ペーターの父親がアルムに子守を頼んだのだ…。

 結果は予想通り…。元来子供好きな主人はペーターに構いたくて仕方なかったのだが、始終拒否られていた。

「いや…。あれだ…。俺の訓練かたぐるまを取られたら、困るから…。これからも見守っていてくれ」

 沈んだ表情の主人を認めて、苦しい言い訳をするパーシヴァル。

「それにしても、寂しかったのか?オレが留守にして、こんなところまで迎えに来てくれるなんて」

 主人と私は首を当然のように横に振り、否定した。

「それにしても、よくここに居るって分かったな?」

『あぁ…。それはマーリンが、洋梨の…』

 主人は話しかけようとしたが、パーシヴァルに声が届かないことに思い至って、徐に私の鼻を指差した。

「なるほど…。クロが匂いを辿ってきたのか…。クロはオレの匂いが分かるほど慕ってくれているってことだよな?」

『違いますけど…』

 パーシヴァルの匂いは識別している。だが、断じて慕ってはいない。それにこの度はル•レクチェの匂いを辿った。

『それより…。あの子は…』

 主人がパーシヴァルの瞳を覗きこむ。

 パーシヴァル…。満更でもないように、照れないでください。何をニヤけているのですか…。

「何…。兄弟もオレのこと…」

「ワッワンッ!ワンッ!ウゥッ!」

 私はパーシヴァルの外套の裾に噛み付く。

 あっ!このコート…。

 外套はパーシヴァルの持ち物ではない。

「貴方は北国を舐めているですか?そんな薄手のヨレヨレでゴワゴワのコートで…」

 自前のヨレヨレでゴワゴワの外套をケイに指摘され、致し方なく、領主宅にあった領主の毛皮であつらえた外套をパーシヴァルは拝借していた。

 孤児院で子供たちとはしゃいぎ回っていたときは脱いでいたので、必要なかったのではと思ったが、ケイがパーシヴァルの体調を心配してのことだろう。領主の外套を我が物顔で見繕っていても、ケイが指摘することはなかった。

 いやっ、そこは敏腕執事…。流石に諌めるべきじゃないですか…。

 私は歯形のついた外套を情けなく眺めた。

「冗談だろ?クロ…。怒んなよ…。まぁ、ちょいと願望があったけど…」

 主人はポツリとこぼす。

『…尊敬はしているさ。お前ほどの男はそうそういない…』

 まさかの最上級の褒め言葉ではないですか…。

 パーシヴァル、お前ってヤツは羨ましいぞ!こらっ!

「分かってるって…。あのときのスリがどうして、ここにいるのか疑問に思ってんだろ?」

 もちろん、主人の言葉はパーシヴァルへ聞こえていない。

 西の魔女の買い物を終えて、近くの街へ寄ったとき、盗みを図っていた孤児が、何故この場所にいるのか…。

 主人の心中を察してパーシヴァルは話し始めた。

「ここの領主に話して、あの街の孤児院を改善してもらうように頼んだんだ」

 一介の傭兵でしかないパーシヴァルの意見に耳を傾ける。この地の領主アルベルトは豪胆な男のようだ。

 パーシヴァルの態度から、アルベルトとパーシヴァルの関係はそれだけではないようだが…。

「まぁ、直接交渉に行ったのは、ケイだけど…。あそこの孤児院の院長は先の戦争で息子を亡くしてな。敵国の子供を恨んでたんだとよ。態度を改めようとしなかったから、ケイが敵国から逃げてきた子供たちをこっちの孤児院へ連れてきたのさ」

 なるほど…。そのような経緯があったのですか…。

 孤児は国家間の戦争の被害者だ。子供へ国同士の争いの責任を押しつけるようなことはあってはならない。少なくとも、主人はそう思っている。

「領主は隠居していると言っても過言でなくてさ。けど、今回は俺たちがこっちに滞在していることもあって…」

 私は疑念に思い、思わずパーシヴァルを見上げた。

「その間、直接話をつけて…」

 パーシヴァルは話を続けようとして、私の視線に気づく。

 主人は領主に会えるのを楽しみにしていた。

 何故、私たちが領主宅へお邪魔している間に、話をつける必要があるのでしょう…。

「いやぁ…。何でもないぞ…。何でもない!」

 突然、狼狽えるパーシヴァルは体の前で何度も大きく手を交差させた。その行為が怪しすぎる。

「それよりも兄弟…。あの図書館には俺のお勧め…。エロい本があるの知ってるか?」

『いや…。知らない…』

 話の矛先を変えたい意志があまりあるパーシヴァルへ白けた面持ちで真面目に答える主人。何故、そこへ話題を振るのだろう…。

「お袋に見つかって、情操教育には良くないって、怒られてさぁ…。家には置いとけない俺の秘蔵なのよ。ほらっ?俺んち、妹がいるだろ?まぁ、確かにそこは保護者として気をつけなくちゃいけんし…。でっ、あそこの本棚を勝手に借りてるのさ。兄弟なら貸してやってもいいぜぇ…」

 何っ⁉︎言っちゃてるんですか…。パーシヴァル!そのような下世話なこと…。

『必要ない…。断る』

 主人は邪険な視線をパーシヴァルへ投げつけたが、パーシヴァルは臆することなく続ける。

 パーシヴァルよ…。空気を読めっ!

「保管しといてくれると有難いんだよな。ケイにでもバレたら、捨てられちゃうし…。やっぱり、近くにある方がより安心するってかさ…」

 主人は手を振りかぶって大木を叩き、素早く身を翻す。私も横へ飛び跳ねた。

「おわっ!」

 幹をなぎ倒さないように手加減はしたようだが、パーシヴァルは枝へ積もった雪の塊の被害を被った。

『冷えたか?頭?』

「何するんだ⁉︎落雪は危ないだぞ!命を落とすご老人だっているんだからっ!」

『お前はそんなに柔ではないだろう?』

「もしかして、怒ってる?俺がエロい本をお前の部屋に避難させようとしたから?」

 貴方が好き勝手しようとしているのは、アルムの山小屋ですけどね…。私たちも居候の身ですし…。

 パーシヴァルの言葉を無視して、主人はしばらく逡巡していた。徐ろに恥ずかしそうな面差しをパーシヴァルへ向ける。

『ありがとう…。オレが言うことではないかもしれないが…。あの子を救ってくれて…』

 主人の真摯な眼差しに何を勘違いしたのか、学習能力のないパーシヴァルは主人へ覆い被さる。

 身を捻ってパーシヴァルを躱す主人。

「えっ?」

 パーシヴァルはバランスを失い、前に突っ伏した。幸い、先ほどの主人が落とした雪の上に転んだので怪我はないようだ。

 昼は暖かく雪解けも進んでいた。夜の急激な寒さに雪面が凍っている。

『…お前の行動パターンは把握している』

 雪の上に胡座をかいて、パーシヴァルが残念そうに主人を見上げる。

 不意にパーシヴァルは主人の腕を引き寄せた。

 今度は主人が体勢を崩して、パーシヴァルの胸になだれこむ。思いの外、勢いよく、引っ張ったようだ。主人がパーシヴァルに身体を重ねた途端、パーシヴァルは大木へしたたか頭を打った。

 打ちどころが悪かったら死んでしまいますよ。ってか⁉︎離れてください‼︎

『マーリン、噛むのはなしなっ!』

 私の次の行動を察した主人。私が了承の伺いを立てる前に制した。主人はパーシヴァルの胸の上で人しくしており反抗していない。珍しいことだ。

 パーシヴァルを押さえつけようとした前脚は行き場をなくす。私はパーシヴァルの傍らへそのまま伏せた。

「何だよ…。マーリン拗ねるなよ…。ほらほら、お前も来いって!暖かいぞ…」

 パーシヴァルはこ招きする。

『ゴツゴツしていて感触は悪いが…。そこは、毛皮で軽減されているし…。確かに暖かいな…。マーリンもどうだ?』

 主人にも促されて、私はパーシヴァルへ密着すると、パーシヴァルは嬉しそうに一人と一匹を抱きしめた。

「こうしていると…。俺たち親子のようだな…」

 私にはわかる…。パーシヴァルの脳内変換…。

 主人→妻、私→ペット、パーシヴァル→むぅ…。…。夫…。

 主人が嫌そうに眉根を顰める。

 そうですよね…。パーシヴァル如きが主人の旦那様なんて!妄想でも許せません!

『それって、オレが子供で…。お前たちが夫妻ってことだろっ?オレはそんなに頼りないか?』

 主人?…。いやいや…。そこっ?私、見た目が犬ですが、パーシヴァルと夫婦になるんですか…。無理ありません?

 すでに日の沈んだ空は群青へ変わり、澄み渡る冷たい空気が夜空の星々を際立たせていた。枝枝の隙間から天上の星が輝く。今にも落ちてきそうな数えきれない瞬き、一つ一つが儚く光り揺らめいていた。暫し、時間も忘れて目を奪われる。

「ハアッ!…クッシュン!」

 パーシヴァルは汗を掻いていた。人と犬で暖をとっていたとはいえ限界がある。ケイではないが、ここは北に広がる辺境、酷寒の土地だ。舐めてはいない…。

『帰るか?』

 主人は立ちあがる。パーシヴァルは名残惜しそうに主人を見仰いだが、主人から差し伸べられた手を取る。

『そうですよ。風邪ひきますからね…。あっ…。バカは風邪ひかないんですけっ?』

 諌めるように主人は私を見つめた。私は黙って二人の後を追う。

 でも、主人の先ほどの発言…。どちらが夫で?どちらが妻?今夜は私は眠れそうにない…。

 一条の流れ星が夜空を走った。

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