嵐の予感
渡がいっていた通りの人数と男女比率で、三年生が前に並んでいた。
その中に、美羽が混じっていることに気付いて怜が凝視していると美羽もまた、怜の姿を見つけて大きな瞳がこぼれ落ちそうなほどに見開いていた。
お互い連絡先は交換したが、ろくに名前さえも覚えていない。故に、学部や学年まで把握しているはずもなかった。それが、まさか同じゼミに所属しているとは。
相変わらず美羽の視線の先は怜に向いていたが、何度か瞬きをすると張り付いていた視線の先を剥がすことに成功したようだ。ゆっくりと他の面々に目を移し始めていた。
「では、自己紹介」
教授に促され、一人ずつ名乗り始めた。
--一人目は、ショートカットでボーイッシュな三原といった。
「私は、機械をいじるのが大好きで、毎日が楽しくて仕方がありません。人工知能という可能性を無限に広げていきたいです」
純粋な理工学部生というイメージど真ん中の女子。
--二人目は、三年生唯一の痩せ型三年生唯一の男子。
銀縁眼鏡をきらりと輝かせ、きれいな白い肌をしていた。
「川口といいます。人工知能を商業により役立てるために改善すべき点を僕はずっと考えてきました。僕は日本を起点にこの先……」
理数系にありがちな空回りな情熱を語り続けていた。
--三人目は、ふっくら丸顔をしていて、見るからに親しみやすそうな女子。
「吉田文乃です。食べることが大好きでスイーツ巡りが趣味です。食と機械っていいと思いません?」
元気にそういう文乃は、まるで渡の女性版というところだろう。
--最後の四人目。
「伊藤美羽と申します。趣味は、人間観察です。すみません、ほかの皆さんよりあまり得意といえることがなくて」
美羽優しげな二重目を下げてはにかむと、わかりやすく怜以外の男子たちはどよめいていた。
容姿だけじゃなくて声まで美しい……。と怜の後ろに座る渡がうっとりと呟いていた。
その声は室内の淀んだ空気が、澄んでいくような透明感があった。そう感じたのは座っている四年男子だけでなく、教授も同感だったようで「君は、綺麗な声をしているね」と、滅多に誉めることをしない教授に珍しい言葉を吐かせていた。
そんな中、渡が怜に後ろから耳打ちしていた。
「あの様子だと、綾はこれから荒れるぞ」
怜は綾の方を見ると、口の端を下げ、美羽に鋭い視線を送り腕組みをして貧乏ゆすりを始めている姿があった。
「面倒だな」
怜がボソリと呟くと、渡それに同意していた。
綾はわかりやすく、顔と態度、言動に出してくる。心と体全体は直結しているような人間だ。思ったことは内側にとどめることができない質だと自ら豪語するほどだ。
だが、ここまであからさまに不機嫌が表に出てくるのは珍しかった。
「今まで、この教室は綾が女帝だったからなぁ。ちやほやされ続けてきたその座を奪われるとなったら、気が気じゃないだろう」
そこまでいって、渡はまた美羽に意識を戻す。
「それにしても、美羽ちゃんって別格だよなぁ。あの可憐で、清純な雰囲気。俺は絶対に美羽ちゃん派だ」
嬉しそうにそういう渡の声を怜は相変わらずの無表情で、聞き流していた。
自己紹介が終わり、教授が今後の流れの説明を終えると、いつもの「終了」という掛け声がかかる。ほぼ同時に、怜を除いた四年男子は一斉に席を立ち叫んでいた。
「これから歓迎会を敢行する!」