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今だけは

 

 映画館は学校からそう遠くない場所を選び美羽がずっと観たかったというアクション映画を一緒に観た後は、一緒に夕飯食べていこうという話になった。美羽はすぐに母親に連絡を入れ、近くのイタリアンに入る。

 美羽がクリームパスタを頬張るのを正面に見ながら怜はトマトパスタをフォークに巻き付けていると、未だ興奮冷めやらぬ様子で美羽は上機嫌でいった。


「映画館なんて久しぶりだった! 臨場感たっぷりで興奮しちゃったよ。やっぱり、テレビとは違うね! 今日は付き合ってくれて、ありがとね」

「いや、俺の方こそ今日は気分転換したい気分だったんだ。だから、一緒にいられて嬉しかったよ」


 自分でも驚くほど、素直な言葉が出てきて苦笑してしまう怜に美羽は、髪を跳ねさせ「おいしいね」といいながら笑ってまた一口頬張りながら怜に問う。


「気分転換したい気分の原因は何だったの?」


 美羽の質問が胸の中心を狙って飛んでくる。今心を読まれたら、一番読まれたくないものを読まれてしまう。怜は本能的に身構えてしまいそうなのを理性で動作が不自然にならないように手を動かしたまま、パスタに視線を落とし口を開く。


「教授から共同研究のメンバーに加わらないかと打診されたんだ」

「どんな研究?」

「大学と企業を交えたの共同研究。医療と人工知能の融合って今流行りのやつだよ」


 嘘はつきたくなかった。だが、すらすら出た言葉にはイギリスという言葉は削がれていた。

 その話までしたら、おそらく美羽は自分のせいで、この話を断っていると思うだろう。たとえ美羽がいなかったとしても、自分は首を縦に振ったかと自問すれば答えは否だ。だが、それを正直に話してもきっと美羽の性格上は、真っすぐには受け取らないということは瞭然だ。

 怜の答えを聞いた美羽は、パスタを巻き付けていたフォークの手を止めて色素の薄い茶色い瞳を丸々とさせていた。


「それ、うちの大学が一番に力を入れている案件でしょ? 凄いじゃない!」


 美羽は本当に嬉しそうに目を輝かせているのに、怜の心に鈍く痛みが走る。

 

「でも、俺は受ける気はない」

「……どうして?」


 抑揚のない怜のはっきりとした答えに、キラキラしてきた瞳は一気に力を失い、元々の茶色い瞳が少しだけ濃くさせていた。

 

「医療に関わりたくないんだ」


 決して嘘は言っていない。怜は止めていたフォークのパスタを口入れる。それが一番大きな理由で、小さな理由はその中に丁寧に包み隠す。決して嘘は言っていない。そう自分に言い聞かせながら、それでも湧き上がる罪悪感を打ち消そうと必死だったのかもしれない。自然と食べるペースが速まり、味わう余裕もなくなっていた。それに比べて、美羽の思案の渦に飲まれた手はピタリと止めて呟く。


「ご両親と似たような道には行きたくないってこと……?」

「なんだかんだ言って、俺もまだまだ子供なんだ。そんなことにずっと引っかかってるんだから」


 食べ終えた皿をそっと横によけて、水を飲み美羽を見れば、その顔は思い悩むような色が浮かび視線を落としていた。

「ほら、手が止まってるぞ」と指摘すれば、美羽は「ああ、そっか」とまた手を動かし始める。だけど、先ほどよりもおいしそうな顔はしていなかった。小さな罪悪感が胸に降り積もる。

 食べ終え「ちょっとお手洗いに」といって白いポーチを出した拍子に飛び散った薬が入っていたシートが床に落ちた。慌てて拾い上げる美羽をみて、怜はすかさず声をかけた。

「それ、何?」

 美羽はわかりやすくまずいという顔をして目を泳がせていた。怜の真っ直ぐ向けられた視線に拘束されたように美羽の身体は貼り付けられ停止する。しばらく固まったままだったが、逃れられないと諦めたのか浮き上がっていた腰をまた椅子に落ち着けて大きくため息を吐いていた。


「……薬。怜は鋭いから、困る」

「美羽がわかりやすいだけだろ」

「本当、嘘が下手すぎる自分が嫌になるわ」

「そんなことで、嘘をつく必要もないし、いちいち隠れて飲むことないだろう」


 正論をぶつけられて言い淀む美羽はそれでも言い訳するように「……そうかもしれないけど」と呟く美羽を見ながら、問う。


「前は飲んでなかったよな?」


 追い詰められ逃げ場を失った美羽は観念したようにガクリと肩を落とし「警察の尋問みたい」と口をとがらせていた。

だが、もう何も隠す気がなくなったのか、白いポーチの中身を机に並べた。数種類ある薬手慣れた手つきで、飲み干す。


「この前定期健診があって、前は家で飲めばよかったんだけど薬が増えて持ち出さなきゃいけなくなったの。でも勘違いしないでね。これまでも、薬は増えたり減ったりしていて、いつものことなんだから」


「……そうか」


 頷きながら、現実を突きつけられているような気がした。




 外に出ると、星が綺麗に瞬きその横に針のように細く頼りない三日月が浮かんでいた。

 今日は、梅雨の束の間休息なのか。昼から雲一つない青空が広がり、よく晴れていた。熱いくらいの日差しで汗が噴き出すような陽気だったのに、それが嘘のようにひんやりした空気がどこからともなく漂っていた。

 身を寄せ合うように、怜と美羽はその中を歩く。肩に時折触れる体温に引き寄せられるように怜は美羽の手を握る。それに応えるように美羽も握り返した。柔らかく握ってくる細い指先にほんの少し力が籠る。「あのさ」と、静かな澄んだ空気が穏やかに震えて怜はそれに耳を傾けた。


「怜がなるべく親と違う道へ。交わらないように行きたいっていう気持ちもわかる」


 あぁ、その話か。と怜は思う。と同時に聞きたくないような、気がした。だけど、美羽は穏やかに言葉を紡ぐ。


「……でも、切りたくても絶対切れない親から受け継いだ血ってやっぱりあって。いくら逃げても、ずっとついて回ってくると思うの。

私の場合は……嘘が下手ってところ? 母もめちゃくちゃ嘘が下手なの。すぐに顔に出る」

 「私の場合は、そんなどうしようもない血だけど」と付け足して、美羽は困ったようにふふっと笑う。


「病気になって、変わっていくものの方が断然多かったけれど、そこだけは悲しいくらい絶対に変わらないのよ。怜の場合は医療の血を引き引き継いでいる。

 私、運命っ言葉好きじゃないんだ。波に逆らおうと物凄く頑張ってるのに「運命」っていうこんな短い言葉で片付けられてしまうのは、やっぱり癪だもの。だけど、いくら努力したって、逃げたって、逃れることができない運命ってあるんだよ。私のこの病気みたいにね」

 そういいながら、空を仰ぐ。きらりと光る星の中に何かを見つけたように、美羽の瞳に光が宿る。そして、今度はまっすぐに遠く前を見据えながら続けた。


「でもさ、運命っていう勝手に降って湧いてきた魔物に、逃げるだけって悔しくない? もうこうなったら、思いっきり何もかもぶち壊してやるっていう勢いでその憎たらしい魔物に突っ込んでいったら、すっきりするかもよ?

 その先にいい結果もあれば、結局やっぱり報われない結果もあるかもしれない。だけど、逃げるよりもずっといい。何もやらない後悔よりもやり切った後の後悔の方がきっと残らない。どんな結果が待ち構えていようと、そこから見えるものは確かにあって、掴めるものもあるかもしれない」


 美羽の熱の籠った視線が、横にいる怜の横顔に移される。その熱を感じて怜も横にある美羽の方を見れば、茶色い瞳の中心の柔らかい光とぶつかった。

「私は、そう怜に教わったよ?」 

 怜の瞳にもその光を灯すように、そういう美羽の瞳はより一層強く輝いていた。あまりにその瞳が自分には眩しくて、それ以上に失いたくないと思う。

 未来を見据える美羽と今を失いたくないと願う怜。互いの見る景色は少しだけすれ違っていて、それを誤魔化すように怜は美羽を胸の中に閉じ込めていた。

 だけど、美羽は「わかってくれた?」という。そんなことで誤魔化すのはダメだとでもいうように。

 怜は頷きながら、艶やかな髪を撫でながら「考えてみる」とだけ言った。歯切れの悪い返答に、不満気だと背中は言っていたような気がしたが背中に回してきた美羽の手のぬくもりでそれには気付かぬふりをして、目を閉じた。


「私は、ずっとここにいる」

 瞳も顔も見ていないのに怜の恐れを見透かすように、美羽が囁いた声に胸が震える。

 それから二人は、互いの純粋な思いを分け合った。

 迫り上がる熱におぼれるように身を埋めれば、余分な不純物は燃え上がって大切な思いだけが残るような気がした。

 

 大それた未来なんていらない。ただ、ささやかな今が続けばいい。

 このぬくもりを失いたくない。ただそれだけだ。

 腕の中にある静かな息遣いと温かさにもう片方の手でそっと手を伸ばし、確かめるように柔らかい頬をなぞる様に滑らせる。触れた先から思いが溢れて美羽の穏やかな眠りを妨げそうな気がして、静かに手を引いて、ぴたりと寄り添い目を閉じた。

 窓の外に浮かんでいた三日月は、いつの間に現れた雲の下に隠れて消えていた。

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