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セクシーな宿命

作者: 有明未明

お題:セクシーな宿命 制限時間:2時間

 孔雀の羽根は色鮮やかだ。

 ただ一個体の生存のみを考えるならば、その様な特徴は外敵から発見される可能性をいたずらに増すだけであるが、しかし時という選択圧は進化の過程でその様な特徴を持つ種を――孔雀だけではない。警戒色などの理由のない鮮やかさは、地球上の諸生物にとって普遍的なものだ――地上という生者の領域から排除することなく、今日まで生きながらえさせている。

 その理由は何か。

 それはひとえに、生殖に都合がよいからだ。

 生殖。それはここでは有性生殖を意味する。異なった遺伝子配列を持った二個体が双方のDNAを組み合わせることによって、両親とは異なった、全く新しい塩基配列を持った個体が誕生する。種全体の中で個体ごとに異なった特徴を有することは、行動の多様化をもたらし、種々の環境の変化に際して全滅の危機を免れる可能性を増し、また赤の女王仮設によれば、絶えず遺伝子を変化させることは、ウイルスのパンデミックを防ぐことにもつながるという。

 鳥類における色鮮やかな羽根、或いは角などの器官の立派さ、また或いはダンスなどの求愛行動の巧みさ。それらは生物が己がパートナーを決定する際に重要な意味を持つ。

 ある意味では、生物は配偶者となる個体を引き付けるように、ある特定の行動を遺伝子に刻まれた本能によって誘導されているともいえる。

 恐らくそれは、人間にとっても変わりがないのだろう。


 夕刻、人の少なくなり始めた動物園、その一角である孔雀のケージを前に、私はシニカルに、そんな思考を巡らせる。

 数日後に控えた、恋人とのデート。その下調べを行っている時だった。

 美容院の予約、チェックしたファッション誌に基づいた衣服の購入。飲食店のチェックにデートスポットの下見。時間的にも金銭的にもそれなりのコストがかかっていたが、失敗はしたくない。するわけにはいかない。

 自らを飾り、魅力的に見せること。恋人との――またそれになろうと志すものとの――間における関係をより円滑に使用として行われる活動は、その内実において社会的な要因が大きな影響力を発していることは言うまでもないことだろうが、その圧力自体は酷く普遍的なものだ。

 如何な社会においても、望ましい在り方、やり方という物があり、それに従わなければパートナーから好意を勝ち得ることは難しい。私はその文化的コンテクストに従って自らの行為を組み上げる。

 ふと、鏡を見やる。その向こうで凡庸な――自らに対する贔屓目の入った、多分に好意的評価だ――容姿の男が眉をしかめる。ファッションは、まあ良いだろう。そもそも下調べだ。力を入れた服装などもとよりしていない。問題は、その様なオプショナルな、己の意思で幾らでも変更可能な領域ではなく、自らの顔立ち、容貌についてだ。

 動物において、異性に対してディスプレイされる、求愛行為に有意な要素のうち幾らかは生得的に決定されたものだ。体格の大きさ、角や鬣の立派さ、模様の美しさ、そして、顔かたち。

 それが動物の問題であれば、遺伝子を例に出すことや、他の要素――例えば、健康――の健全さを示すメルクマールとなっている等、種々の説明原理によって、まあそんなものかと納得することが出来る。

 だが、それが人間であれば――それも健康などに関わりの薄そうな、純粋な顔立ちの問題であれば――それは難しい。美男美女の判定基準は時間的、空間的隔たりを越えての普遍性を獲得し得ない。相対化された観念は、その抑圧にまつわる人の不平を抑えるのに十分な力を発揮し得ない。

 一体何の意味がある?そう問いかけて、ルッキズムを排せられればどんなにか楽な事か。

 ――どうしようもないことだ。

 暗澹たる気持ちを振り払う。思い煩いのもととなる現象を自らのコントロールの枠外と定義し、手を触れられない位置に置くことで、悩みから――畢竟、それは選択の問題だ――自らを解き放つ。

 私は孔雀の檻を離れ、動物園からも退場し、次なる想定へ向けて――帰路における飲食店の選定、ルートの確認等――歩を進める。

 ――己の容姿を嘆いていて何になるというのだ?嗚呼、確かにそれは悲しむべきことだ。だが、私達が集団の中に暮らし、誰かに恋をすることがやめられぬ以上は、そしてその誰かと関係性を結びたいと欲求を抱き、その成就に向けて行動する以上は、己の魅力によって他者を捉える、この宿命に殉じなければならない。例えそこに瑕疵があったとしても、少しでもよりよく見せようとすることから、逃れることは出来ない。

 

 デートの日。

 私は待ち合わせ場所に指定した駅の時計の下で、今日一日のプランを反芻していた。

 ――服装は整えた。髪型も不格好なものではない。……果たして気に入ってもらえるだろうか。

 時計を見れば、約束の時刻の十分前。早くに来過ぎたか。いつまでこの宙吊りは続く?だが、相手を待たせるよりははるかに良いだろう……

 周囲の群衆を眺め渡して――心臓が跳ねる。

 こちらへと近づいてくるその姿に、視界はくぎ付けになる。

 私はゆっくりと足を進め、それを迎える。

 ――すいません、待たせてしまいましたか。

 ――いいえ、こちらも今来たばかりです。では、行きましょうか。

 手を差し出せば、()は僅かにはにかんで、それにこたえる。


 自らの魅力を増したい、それによって相手を引き付けたいという欲望、その宿命。

 それは動物において語られるような生物学的必然性の枠組みから外れていたとしても、なおも人間の心を縛り、その行動を規定する。

 愛するパートナーを勝ち得るために。

 

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