モグモグ族とフェニキアス
寒く、凍てついた雪が優斗の頬や手を殴る。ただ意識ははっきりとしていた。炎の鳥の火が暖となり、彼は心の底から“あたたかい”と想った。
その時、遠くからなにやらピュルーというキラキラした音が聴こえてきた。
「わぁ、火だモグー!」
厚い雪をかぶった、鈴カステラに大きなリスの目をくっつけたような、ちんちくりんの小動物らしきものが浮遊して炎の鳥のもとへとやってきた。その数は九つ。豚のようにくるんとしたハート型の尻尾をぐるんぐるん回転させて、喜びを表しているようにも見える。
「お前たちは……オレが怖くないのか」
炎の鳥が、辺りを飛び回る小動物たちに言った。そのうちの一匹が答える。「あったかいから好きモグー♪」と。好きと言われてしばらくすると、宝石化していたはずの炎の鳥の頭が再び炎となってよみがえった。
「オレはフェニキアス。お前たちの真の名は何だ」
「真の名?」
優斗が不思議そうに頭をひねると、ポケットの中でふるふる震えているエルフィンがそのまま解説してくれた。
真の名。
それは、女神フォルトゥナからもらった名前のことである。あっちの世界で言う、姓名のことだ。それはとても大切で、心のフォルスを貯める器でもある。言ってしまえば生命そのものだ。
フェニキアスが小動物たちと話をしている。幾分か自信がついたようだった。
「ねぇ、フェニキアス。君はどうして行く宛もない空を飛び続けていたんだい」
しばらく俯いてから炎の鳥は、暗雲が立ち込めるような空を見上げてこう言った。
「オレの誇りは、誰をも照らす炎……だった。だが、灰色の空が現れて以降、初めて地上を想い、降りてみた。そこの住民に言われた。怖いと。その時、俺の居場所は空にも大地にもないと思った。とても悲しかった」
「そうか。君は天を照らす、アマテラスみたいな存在なんだね」
「そう……だといいのだが」
話の途中で、フェニキアスの周りをふよふよ浮いている小動物たちが、「聞いてモグー!」と、優斗の上着の裾を引っ張ってくる。その姿の愛らしいこと。まるで鈴カステラのように色分けされた腹のような部分を撫でようとした時、そこがぱっくり大きく開いて、彼の利き手は丸々甘噛みされた。
痛くはないが、驚いた。
「猫の口みたいなのは模様なんだね。てっきり口はもっと上かと思ったよ……」
「そんなことより大変なんだモグー!」
もう一匹の小動物が優斗の体に体当たりして、涙をぽろぽろと流している。これはただ事ではないと感じた彼は、彼らの事情を聴くことにした。
「我たちは全部で十匹で生活しているモグモグ族だモグー。それがある日を境に一匹消えちゃったモグー!」
「その子の名前は?」
その間もフェニキアスの炎はメラメラと燃えている。群がるモグモグ族たち。あたりにはひゅるるると、星の流れるような音がしている。
「オルターナモグ―」
この種族には少々不釣り合いではないかと思った優斗だったが、聞いてしまったからには仕方がない。彼はオルターナを探すことを決めた。
同時に、ポケットの中からわざとらしいため息が聴こえる。
「……お節介な救世主様だこと」
「僕想うんだ。きっとこの世界の住民の傷をいやしてあげることが、聖なる泉への近道になるって。何となくだけど、そう想うんだ」
「お好きにどーぞー」
エルフィンの拗ねた声。
「ははは。じゃあ、好きにするよ」
フェニキアスはこの極寒の地に残ると言った。モグモグ族に必要とされている自分が好きになれたという。どういうわけか宝石化も止まった。優斗は少しずつこの世界に慣れ始めていた。そして、本当にこの世界を救えるのではないかという希望も抱いた。
想い、念じる。
(僕の声に応えて、迷子のオルターナ)
目を開く。
そこには、宝石化したモグモグ族を今にも食いかかりそうな、口だけの醜い姿の魔物がいた。