そして暗闇へ……
人形のように抱いていたオルターナの額に自身の額をあてて、優斗は瞳を閉じながら言った。
「出でよ、聖剣オルターナ!」
(女神フォルトゥナの心のフォルスの恩恵をこの剣にもたらせて!)
想い、念じる。
彼の唱えたお呪いは、すぐに形となって現れた。聖剣オルターナ。優斗の腕ほどの長さの細身な刀身はルビー色に輝き、柄にはモグモグ族の紋が刻まれている。艶やかでいかにもな出来だった。
それは、あらゆる悪しきものをも寄せ付けない、女神フォルトゥナのアウラの力も付与されているようであった。
「この剣を、君たちの一番大切な場所に刺してあげるよ。そうすれば魔物も暗闇も寄ってこない。僕たちが聖なる泉のフォルスを何とかするまで、そこで暮らすんだ。決して離れちゃいけないよ」
優斗が聖剣オルターナを掲げて言った。その顔は少し自慢げだ。救世主として役に立っている自分。誰かのための力になれるということが、彼にとってはこの上なく嬉しいのだ。
「モグモグ族にとって一番大事な場所は、ユグドラの木。活力の実がなる木じゃ」
そう言って、その場まで案内するモグモグ族の一番偉い者。ユグドラの木は、あっちの世界で言うところのご神木に近い迫力があった。天を仰ぐかのような枝に、満開の葉っぱ。そこには、色の丸くて甘い匂いのする、沢山の実がなっていた。
ユグドラの木の横に優斗が、聖剣オルターナを突き刺す。ユグドラの実は、エルフィン同様に、虹色に輝いた。壮大なイルミネーションのようである。
「みんな。喧嘩せずに、分け合って平等に食べるんだよ。こんなにも沢山の実があるんだからね……ってあれ、オルターナは?」
「モ、モグッ!」
早速つまみ食いをしていたオルターナ。
「まぁまぁ、罪深き食い意地だこと」
エルフィンがその小さな手で、オルターナのおでこを打った。バチンと鋭い音がする。しかしこれは自業自得。そう思った優斗は、ニコニコしながら彼らのやり取りを見ていた。
ユグドラの木が光に満ちているその先の道は真っ暗闇だ。彼は進むのが少し怖いと感じた。そこで自身を鼓舞するために優斗は想った。
(想い、念じれば、どこへだって行ける!)
モグモグ族たちがユグドラの実を食べている姿を見ながら、全ての種族がこのように平和で仲良く暮らせていたらいいのにと願いつつ、旅立ちの一歩を踏み出した。
道なき世界ファンタジアに道ができた。しかしその先は真っ暗闇。フェニキアスが照らしているのは、ユグドラの木の周辺だけ。フェニキアスは、居心地のいい場所を求めて炎を灯している。
「おそらく、悩める者たちの心を助けていけば、フェニキアスの炎はもっともっと強くなって、ファンタジア全体を照らし出してくれるはずであろう。もし道に迷ったらユグドラの木に戻ってくるモグー」
モグモグ族たちが、優斗に励ましの言葉を送る。エルフィンは気に入ったのか、彼の上着のポケットの中にスポンと入ってしまった。
「そこ、好きだね」
「モフモフなのです」
「そう」
暗闇を照らすのは、呑気にもぐもぐと口元を動かしている鈴カステラのようなルビー色のオルターナ。視線が集中していることに気づくと、急いで残りを飲み込んでいた。
「みんなと離れるなんて寂しいモグー」
「うるさい早く行けモグー!」
「モググッ!?」
ヤジを飛ばすモグモグ族たち。彼らの言葉はからかいだったようだ。オルターナの反応に対する、みんなの笑顔で優斗はそう感じた。
「罪は罪。汚れた者は、たとえ仲間であっても、一緒に居ることはできない。汚い心は、ファンタジアにはいらんモグー。その少年に悪しき心を浄化してもらうのじゃ」
「……わかったモグー……」
俯くオルターナ。いささか星のような飛行音も落ち込んでいるように聞こえる。エルフィンのため息。そして、優斗の心臓の音。
これから、見たことのない闇の世界へと足を踏み入れる。どんなモノたちが悩み、汚れているのか。そんな不安を抱きながら、優斗は、目の前に広がる暗闇に一歩足を踏み入れた。




