超が付くほどの泣き虫幼馴染が俺が居ないと泣き止まない件
春━━。
古来より春は、俺達学生にとって味方でもあるし、敵でもある。出会いの季節、あるいは、それを指を咥えて見ていることしか出来ない負け組の季節。
だかしかし、季節の中で最も穏やかな気持ちになれる季節とはこの季節で間違いないだろう。ああ、誰が何と言おうと春だ。
「壮くん!見て桜!私、春休みずっと家に居たから桜見てなかったんだー!」
隣ではしゃいでいる幼馴染もこの通り、凄く穏やかだ。その肩辺りまで伸ばした艶やかな黒髪を輝かせながら、桜を今年初めて見れたことに対して歓喜しているらしい。家の前から今年から通うことになる高校までの道には満開の桜が広がっており、俺の家の前には桜の花びらがパラパラと今も降ってきている。俺を迎えに来た幼馴染、陽香はそれを見て嬉しくて仕方が無いご様子だ。今年から高校1年生だというのにこの騒ぎ様、羨ましくもある。
「おい、陽香!あまり走るなよ。転んだらどうする…
」
そう話し掛けていたら、前の方でベシっという音が聞こえた。いや、何かの間違いだ。そんなはずはねえ。いくらなんでもタイトル回収が早すぎる。
そんな馬鹿なことがあってたまるかと自身を暗示にかけつつ、恐る恐る前に目を向けると
「んぅ、ぅっっ、、うっ、、」
先程までの陽気な音楽が流れてきそうなほどの穏やかな空間は何だったのか、いまにも泣き出しそうな嗚咽を出しているうつ伏せの陽香がそこに居た。
やべぇ、今にも血も付いていない手でダイイングメッセージを残しそうな雰囲気出してる。どうする?今日はどの方法が正解なんだ?この場合、飴では無理だ。コケた痛みを飴ちゃんなんかが解決してくれるはずがない。いや、あいつバカだからいける気もするがとりあえずそれは後だ。えーと、、
「え、、えーいぃでぃー…うっ、うっ、」
なんでコケただけでAEDがいるのか意味が分からない。意識ある状態で電気ショック喰らいたいのかお前は。変なことをし出す前に止める方法は、、もうあれしかねえ!
「陽香!」
「うわぁぁ…………んぇ?」
間一髪。起死回生。四捨五入。焼肉定食。
色々な言葉が思い付くが、陽香が泣くすんでのところで俺は一世一代の大勝負といった顔つきで陽香のあまり育ちきっていないふよんとした感触の胸に飛び込んだ。春の様に、暖かく優しい、そんな良い匂いに目が眩みそうになるのを踏ん張る。陽香を泣き止ませる方法は多々あるが即効性に特化したこの方法が今は1番最適だ。
飛び込まれた、もとい抱きつかれた陽香は出しかけていた声と涙が遠く銀河の果てに消え去り、逆に何かが、フツフツと音を立てるマグマの様な何かが湧き上がってくるのを感じた。
「ちょっ…ちょっと壮くん!?ど、どうしたの!?ちょっ、あの、え!?」
「陽香!お前は強い子だ!ほら見ろ!あそこにてんとう虫が居るぞ!可愛いだろ!?な!?」
何故か、恐ろしい位に熱くなった陽香の身体を抱きしめながら、我ながら無茶苦茶な脅迫紛いな事を言い、道端にいたてんとう虫を指さし、何とか落ち着かせようとする。
「ちょ、あの、壮くん……。ほん……とに…しんじゃう…幸せすぎて…しんじゃ……」
「陽香!耐えてくれ!あ、そうだ!今日入学式だろ!?今日は早く帰れるから陽香が前から行きたいって言ってたカフェ行こう!な!!」
「いや、あの、分かったから……。は、離れて…。も、もう限界……。あぁ…」
俺は陽香の華奢すぎる身体を限界まで抱きしめて最高な慰め方を思い出し、陽香が前から行きたがっていたお洒落なカフェに一緒に行こうと誘ってみた。陽香の大好きなてんとう虫とカフェのダブルパンチだ。泣き止まないはずが無い。
だが、陽香からの返答は虚しく、何も聞こえてこない。ボソボソと言ってるのは聞こえるが、声が小さすぎて何を言ってるのか聞き取れないのでとりあえず笑顔になるまで離さない。これが俺、笑顔製造人間のやり方だ。
「は、陽香…?」
「きゅう〜〜」
ボソボソとお経にしか聞こえない言葉を数十分にも及ぶ時間発していたのでとりあえず名前を呼んで顔を覗き込んでみるとそこには、顔を熟れたリンゴのように真っ赤にし、気を失ってぐったりしている陽香が居た。
「は、陽香!?どうした!?具合でも悪いのか!?これマジでAEDいるやつだった!?で、でもなんか幸せそうな顔してるし、とりあえず学校の保健室に連れて行くか!」
うおおおおおという叫び声とともにガシッと陽香をおんぶで担ぎあげ、高校に向かって走っていく。
今思ったんだけどこれ完璧に遅刻じゃね?
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「さて、香坂壮吾くん、日野陽香さん。何故君達が、朝のHRはおろか、入学式にまで参加しなかったのか説明してもらおうか」
今日初めて呼ばれたフルネームで自分達に言葉の矛先が向いていることを再認識し、今日初めて顔を合わした教師らしき人物が出席簿を持って俺達に鋭い眼光を向けていた。
「すみません先生。僕の知り合いで重傷者が出まして、その人物を然るべき施設で治療して頂きたくこの高校に搬送していたらほんの些細な時間、遅れてしまいました。くっ…!俺としたことが…!」
「持病のメタボリックシンドロームがあのタイミングで発動していなければ私だって遅刻しなかったのかもしれないのに…!!」
「悔しがってる顔してるけど2時間遅刻だからな!?!?何があったらそんなに遅刻すんの!?あとメタボに何の関係も無いよね!?しかも重傷者運んでいるって言ってんのに口に付いているそのクリーム何なの!?」
俺達は心底悔しがり、地団駄を踏んだが目の前にいる見知らぬ男はそれを許してくれなかった。
「な、ちょっ!陽香!お前あれだけナプキンで口を拭いとけって言ったのになにクリーム付けてんだ!!」
「いやお前だよ!!!むしろお前にしか付いてねえよ!!!」
あの後、陽香を緊急搬送中に学校の手前辺りで美味しそうなクレープのお店を見つけた。甘いものに目がない俺は一瞬でそこに駆けつけ、同じく甘いものに目がない陽香も目を覚まし、背中から下りるなり鬼の形相でクレープを購入した。甘くて想像以上に美味しかった。放課後も行こう。それからカフェに行こうと今日の予定を計画していたら学校の事なんか頭から消え去り、それから今日学校だったのを思い出したのはそれから1時間後の事だった。
「ふふ、初対面の人がこんなに私達の為に叱ってくれるのなんて初めてだね壮くん」
「俺も初めてだよ!!!」
陽香が俺の顔を覗き込み、んひっと白い歯を見せながら笑いかけてきてそれはそれは魅力的な笑顔を見せてきた。
しかし、、
「ひっ……!」
それがダメだった。
先生に叱られたという事実は陽香のボロボロの建設途中のダムを崩壊させるには十分すぎる事だった。
「んぐっ…!ん……!」
「やべぇ!!先生謝って!!早く!!!」
「え…?え…?ご、ごめんなさい…?」
まだ事態を飲み込めてない先生に俺はとりあえず謝らせることで事態の収束を図った。
「ほら、陽香。先生も謝ってくれてるから…な?
泣くのはやめよう?」
とりあえず落ち着くまで背中をさすり、陽香の嗚咽の声が止むまで手を握られていた。
5分が経ち、ようやく落ち着いてきたのか俺の手を離して落ち着いたことを告げる。
「うんん。違うよ壮くん。悪いことしたのは私なんだから先生が謝ることないんだよ…。先生ごめんなさい」
まあ!なんて良い子に育ったんでしょうかこの子は!!半泣きになりながらも自分の悪い所を認める。当たり前のことなんだけど泣いていたばっかのあの陽香がここまで成長したなんて!
俺は娘の成長を目のまえで見た父のような気持ちになりながらも2人でスキップで教室に向かった。
その場に残された教師が1人今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「え?俺の話終わったの?」
その教師にしか分からない疑問を口にしながら。
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俺達1年生の教室は1階のフロアであり、俺達2人が1年間通うことになる1-Dはそのフロアの奥から2番目ということは生徒用玄関の所にある案内板で知った。
どうせ遅刻なんだし、という大義名分を掲げ陽香と談笑しながらノロノロと進んでいると直ぐに着いた。
「今はこれからの高校生活について説明している時間ってさっきの先生言ってたけど流石に入るの緊張するな」
「遅刻が原因でこれから1年間いじめられるとかになったら私…」
超ネガティブな陽香はある意味、通常運転だった。
まあでもどうせ入らなければいけないならここで止まってても仕方ないし行くか。
そう意気込んで、教室のドアの持ち手をスライドさせようとした瞬間、中から男のおおおおお!!という野太く、力強い歓声が聞こえてきた。
「な、なんだ!?」
「ひっ!!」
俺と陽香は仲良く一緒に中からの歓声に驚く。
だが、俺はこの時、身体に電流が走った。
この歓声の中に飛び込むことが緊張と初日から遅れたことによる説教を逃れる唯一の手段だと考えたのだ。
これは…行ける…!!!
「行くぞ陽香!」
陽香に声を掛け、いざ行かんと敵将の首をとる勢いでドアを開けた。
「え…?」
自分の策士っぷりにニヤニヤ気色悪い笑みを浮かべながら教室に入ったら、あろうことか全員が俺達の方向ーー教卓とは反対側の後ろのドアーーに視線が集まっていた。
ドアに最も近い席の人が立ち上がっており、よく見ると美少女。その美少女が急に空いたドアで驚いたのかこちらを凝視している。
そして、黒板には「自己紹介」と書かれた文字。
なるほど。状況が飲み込めてきた。つまりは、今は自己紹介の時間で、この美少女に自己紹介の順番が回ってきたからクラスの男子たちが歓声を上げていたということか。で、たまたまその美少女の席が俺達が入ってきたドアの横の席だったと。
そして、なんだろうあの先生の顔。見たことあるなー。
「やあ、さっきぶりだね香坂くん、日野さん」
先程置いてきた教師が俺達より早くに教室に入っており、自己紹介までおっ始めていたのか。こいつ…できる…!
「お、おはようございますー」
「お、おはようございますー」
俺達2人は見事シンクロしながらクラスの人達の不思議なものを見るような視線を感じながら、教室の中を闊歩し、自分の席に着席した。
「ふぅ〜」
「ふぅ〜じゃないよねぇ香坂くんー?ちょっと来ようか」
やっと座ることが出来たと額の汗を拭いながら息を吹き出していると担任の先生らしき、先程の教師が俺の肩に手を置いてきた。
おいちょっと待て。このままいけるとは思ってなかったがなんで俺と同じ顔をしながら息を吹き出している陽香は行かなくていいんだ!横暴だ!男女平等参画社会だ!!
意味の分からない単語を並べながら大人しく先生に着いて行った。
「あの、日野さんはなんなの?さっき必死に止めてたけど泣いたらヤバイ系?」
先程入ったドアとは反対側のドアを出て、担任の先生に問いかけられた。この人、さっきから思ってたけど口調もそうだけど見た目も20代前半って感じで話しかけそうな先生なんだよな。
「あ、それで俺だけ呼ばれたんですか。
いや、それが、あいつちょっとした事で直ぐ泣く超泣き虫でしかも泣き始めたら止まらなくて。去年の夏休みの日野家頂上決戦では三日三晩泣き続けたって僕の家も含め、もっぱらの噂なんですよ」
「いや、何の頂上決めようとしてんの?てか、普通に凄いなそれ、三日三晩って」
「その時、丁度俺が親戚の家に1週間居なくちゃいけなくて。それで止めれなかったんですよね」
何を隠そう。日野陽香という女は泣き始めたらずっと泣き続け、ある特定の条件が無いと絶対に泣き止まない。去年の夏休みはほんと大変だった。田舎の従姉妹の家に試験勉強しに行ってたら俺の両親、妹。陽香の両親、妹。近所の人達。計20人くらいが一斉に電話を掛けてくるもんだから何事か!?と思ってめっちゃ焦った思い出がある。
結局、電話が来たその日に親戚の家を出て、家に帰ったら何故か俺の家で泣いていて、両家の両親・妹sが俺を救世主が帰って来たという目で見てたのは覚えている。
「ん?香坂と日野の泣きやみには何か関係があるのか?」
「いやなんか、俺が近くに居れば泣き止むらしいんですよね」
この質問が来ることを想定していたが、俺もよく分かっていないので答えづらいのだ。そう、ある特定の条件とは自分で言うのは恥ずかしいが、俺の存在ということらしい。本人曰く、太陽が東から昇り、西に落ちる。花が咲いては枯れる様にごく自然の事と言っていた。
「ほほぉ、それはそれは…」
目の前の担任教師が面白いものを見つけたような顔でこちらを見つめてきた。野郎の視線なんか嬉しくも何ともないが、何か言いたげな顔でニヤニヤしてくるので無性に腹が立つ。
「そういうのじゃないですよ。俺とあいつはただの幼馴染でそれ以上でもそれ以下でもなくてですね?」
必死に弁明しようとしたが、目の前の担任教師は目もくれず、おもむろにズボンのポケットからスマホを取りだし緑のアプリを起動させながら
「お前絶対面白い。LIME交換しよう」
獲物を捉えたような目で言ってきた。
まさか、教師からLIMEを聞かれる日が来るとは。
「なんか教師って感じしないわ」
俺は笑いながら同様のアプリを開き、携帯を振って友達リストに入れた。
まさか、LIMEで教師の名前を知るとは。
「これ、たちばな とおるって読むんですか?」
「ああ。橘 徹と書いてたちばな とおるだ。さ、聞きたいことは聞けたし、教室戻んぞー」
終始、ニヤニヤしながらスマホをポケットにしまい教室のドアを開ける橘先生。まあ色々不思議な先生だがこの人が担任なら1年間楽しくなりそうだな。
橘先生の後に続き教室に入ると、自己紹介は終わったのかみんな各々が自由にしていた。その中でも一際目立った人集りがあるのが先程の後ろの美少女と陽香の席の方だった。あいつも美少女だからみんなに話しかけられてるのか。
「あんなに皆から話しかけられてるとアワアワして泣いちゃってるんじゃないのかぁ〜?」
横に居る教師とも取れない教師が陽香の方に指を指しながら俺を見てくる。こいつ…。なんか顔が腹立つから今日の夜中にスタ爆してやろうかな。いや絶対してやる。
そんな思いを抱きながら、俺はまた今日も陽香の元へと歩き出す。ー慰めるという大いなる目的の為に。
「てか俺、自己紹介してなくね?」
ーー前途多難な高校生活の始まりだーー
エタ作家としてこのなろう界に住まわせてもらってましたが短編なら!と意気込み、投稿させてもらいました。この作品がモチベーション向上の火種となる様に頑張りたいと思います!