2.『始まりは婚約破棄から』
レイチェルは煌びやかなホールの壁際で飲み物を片手に一人、ため息をついていた。今日は今まで通っていた学園の卒業パーティだった。
この学園は15歳の子供なら身分など関係なく必ず3年間通う義務があり、成績によっては宮廷に仕官することができたり、魔法研究所に就職できたりという特典がある。魔法の才能を伸ばすコースや剣術を学ぶコースなど、個々に得意な分野や伸ばしたい分野を選び、将来なりたい職業へ就く可能性を増やすための学び舎となっている。
魔法には地・水・火・風・氷・雷・光・闇の8属性と、初級・中級・上級・特級の4階級がある。レイチェルは炎・氷属性の攻撃魔法と光属性の回復魔法の適性があったため、魔法コースを選択し、特級魔法まで使いこなせるようになった。
真面目に授業を受けた成果である。
流石に授業やクラスは貴族と平民で別れてはいるが、今年度は第一王子であるレナードに仲の良い平民の友達ができたらしく、一緒に祝いたいという王子たっての希望により混合の卒業パーティになったという噂がある。
ただ周りを見る限り、貴族と平民でそれぞれのグループに分かれているようである。
そのレナード王子様、実はレイチェルの婚約者であったりする。
レイチェルは侯爵家の長女である。
父譲りの青い髪と黒い瞳でお淑やかだが暢気な少女である。可愛いというよりは美人よりで、婚約の申し込みも多数あったのだが、身分的にも年齢的にも第一王子レナードとちょうどいいという理由により婚約者候補に選ばれ、あれよあれよというまに14歳の頃婚約者にされてしまった。
(最初は一目ぼれだったな)
学園に行くまでは、領地どころか屋敷の図書室に引きこもってたから婚約者に決まり、初めて顔を合わせた時は物語の王子様が現れたのだとドキドキしたものだ。
(まぁ、本物の王子様なのですけど……。)
長くサラサラの金の髪に明るい青の瞳。整った顔立ちは美しく、隣に立つ父に肩をたたかれるまで暫くボーっと見惚れてしまっていた。
『婚約者になったのだから、お互いをよく知った方がいいからな』
学園に通うまではよくレナード王子に手を引かれ、お忍びで城下町を散策したものだ。
とっても優しく明るく、そして身分に囚われない方だった。
そんな婚約者が居ながらレイチェルが壁の花になっている理由をチラリと流し見る。
ホールの真ん中にはレナード王子と複数の男友達。そして、王子に腰にそっと手を添えられ談笑する少女が一人。
まごうことなき浮気現場である。
王子に寄り添う少女は明るいふわっとした金髪に碧の瞳で愛らしい。
ちなみに身分は平民であるが身分に囚われない我らが王子。たいして気にしていない様子である。
(彼女の名前は……なんだったかしら?)
この浮気現場を3年間見続けてきたレイチェルはすっかり初恋が吹き飛び、やっぱり現実はダメだなぁと暢気に思う。
物語に恋する乙女レイチェルは、恋愛小説が苦手で冒険記や図鑑などを眺めるのは大好きだった。冒険物を読んでいるときのワクワク感は、恋のドキドキより心地よい。
レイチェルは恋に早々に見切りをつけて実践に使えそうな魔法を伸ばすような変わり者の令嬢だった。正直、厳しい王妃教育を経て王妃になるより冒険者の方にあこがれている。
(もし婚約が破棄されたら冒険者になろうかなぁ、私でもギルドに登録できるかしら)
そんなことを思いながらチビチビと飲んでいたグラスを空にすると、すかさずホールスタッフが回収に来る。おかわりをもらおうと口を開きかけた時、レナード王子に大声で呼ばれる。
「レイチェル!こちらへ」
王子の声に驚いた演奏家たちも音楽を止め、静寂に包まれたホールにレイチェルの靴音だけが響く。
半年近くまともに見ていなかったレナード王子を見て、レイチェルはおや?と思う。明るい青い瞳が心なしか暗く濁っている気がした。
「レイチェル!君との婚約を破棄させてもらう!」
ポカーンと口を開けて、みんなの前で宣言することなのかと一瞬思ったが気を取り直す。
「え~と、一応理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?(私は別に構わないけれど)」
「私が平民と仲良くしていることが気に食わなくて、平民クラスの者たちに犯罪まがいの嫌がらせをしたそうだな?複数の生徒たちからそういった報告を受けている」
そんなことしたことになってるのかと、頭を抱えたくなったがとりあえず反論しようと声を出そうとしたが、空気がつっかえているような感覚に眉をしかめ、声が出なくなっていることに驚愕する。
(い、いつの間に……?)
その間にもやれ窓から植木鉢を落としただの、攻撃魔法を練習中にわざと上級魔法を人にぶつけたなどと身に覚えのない悪行を語っている。
「ねぇレナード様、彼女ね、わたしがレナード様と愛し合っているからって、嫉妬して殺そうとしたの。見てください。わたし、腕にこんな火傷を負わされたのよ」
王子の隣に目をやるとニヤニヤと笑う少女がレナードの腕に頬を摺り寄せながら火傷したらしい包帯が巻かれた腕を見せている。そんな彼女にレナードは微笑み髪にキスを落とすと、レイチェルに濁った冷たい瞳を向ける。
「レイチェル、君の犯した罪は重い。兵よ!この者を牢屋へ閉じ込めておけ!」
命令を聞いた兵士たちはゆっくりとレイチェルのもとへ近づいてくる。その目は濁っていた。
(ど、どうして私がこんな目に……っ!誰か助けて!!)
声が出ないんじゃ魔法も使えない。困惑し周りに助けを求めるため見渡すが、よくよく見ると困惑してるのは私だけではなく王子と少女の二人以外全員だった。王子の友人らしき人も何か言っているようだがよく聞こえない。
聞こえないというより、誰も動いてすらいなかった。近づいてきているはずの兵士は手をこちらに伸ばしたまま固まっている。
「……へ?」
何がどうなっているのか分からずにいると突然頭の中に声が響いた。
「ど~もこんにちは!こちら役割代行サービスです!」
その声色はとても場違いな明るい声だった。