私自身がメイドになることです
※3月16日誤字修正しました。ご報告ありがとうございました!
早いもので夏は過ぎ、元々そんなに青々としてなかった木々の葉っぱが黄色くなってきた。
ここ、王都の秋は寒い。南方の冬なみに気温が低いのだ。
私でも寒いと感じるのだから皆は相当なのだろう。
「む」
朝、目を覚ました私は、全身を拘束され身動きが取れない自らの体を認識して、即座に状況理解に至った。
エステレアがしがみついているのだ。
彼女はもはや私のベッドでしか寝なくなった。
フェリスがいようがエクレアがいようがおかまい無しである。
寒いのだろう。
空調はあるものの、建物は前世ほど密閉されているわけではないのだ。
私はいつも通りエステレアを起こすべく声をかけることにした。
「エステ」
「起きております」
「!?」
声をかけた瞬間にエステレアの目がバッチリ開いた。
「お嬢様があんまり可愛らしいのでつい」
「……し」
「支度は全て整っております」
エステレアは素早く起き上がり傍にあるスムージーを差し出した。
本当に全部整ってる。
これを持ってきたは良いが、私がまだ寝ていたので添い寝していたのか。
では私もさっさと起きよう。
早く学園に行って準備しなければならない。
なぜなら今日は学園祭なのである。
学園祭で私のクラスはケーキ屋さんをやることに決まっていたわけだが、検討してみた結果その実態はケーキメインの喫茶店のような形に落ち着いた。
この王都は紅茶が自慢ということもあり、皆ティータイムのお供にスコーンやらスイーツを食べるのだ。
そんなわけで朝から準備してやっとこさ開店したわけなのだが……。
「暇だね〜……」
「うん」
喫茶店は閑古鳥が鳴いていた。
いや原因は分かっているのだ。
そこで仁王立ちしている男子達のせいである。
「あ、ここ可愛いー」
「入ってみようか?」
「ここって魔法戦クラスじゃなかった? 例の」
「おう、客か?」
「あっ……」
また2人お客さんが逃げた。
いくらファンシーな見た目にしてもラーメン屋みたいに腕組んでニコリともしないチンピラがいてはぶち壊しだ。
彼らは接客に向いてない。
「いや、何か言いたそうな顔してっけどよ。お嬢が役割決めたんだぜ?」
「トモシビ様のせいじゃないですよ」
彼らのマイナスの集客力がまさかこれほどとは私の目を持ってしても見抜けなかったのだ。
「衣装はどうしたのさ? 可愛い衣装作るって言ってたじゃんテレンス」
ジューンの指摘に改めて彼らの服装を見直す。
シャツ一枚。
制服を脱いだだけだ。
何を考えているのか。
「男に衣装作る趣味はありませんよ」
「女の子に作る趣味はあるの?」
「俺らも着たくねえよ」
「使えない……お嬢様の配下失格です」
「そこまで言うならお嬢がやってくれよ」
私が? 接客を?
というか例によって私は何も言っていない。
「なんたる不遜、自分の無能を棚に上げてお嬢様を働かせようなどと」
「しかし老若男女に大人気のお嬢様がなぜ引っ込んでいるのです? もっと見せに行くべきでしょう」
「勿体ないよな。大人気アイドルのお嬢が表に出ないなんて」
「大人気やからなーお嬢様は。あーあ、お嬢様がおったらなー」
しかし、私は卵割り係だ。
私が厨房からいなくなると……あれ? 誰も困らない気がする。
「たしかに……大人気の私が、やるべきかも……」
「なんでそんなにチョロいのトモシビちゃん」
いや、彼らの言うことにも一理ある。
私ほど客寄せパンダ向きの人材はいない。
服はうちにあるメイド服で……メイド喫茶的な感じにしてみようか。前世のテレビで見たことがある。
接客なんてやった事ないけど……勇気を出して。
「しょうがないから、やってあげる」
「さすがお嬢、話がわかる!」
皆とケーキ作れないのは心残りだが仕方ない。
ここは一つ私が接客の手本を示してやろうではないか。
「こんにちは」
「お……おお? メイド?」
「おかえりなさいませ、ご主人さま」
「おお……」
店の前で迷ってる男子に声をかけると、彼は吸い込まれるように店内に入って行った。
「ご注文取ってあげる、ご主人さま」
「れ、レモンティーで……」
「ケーキは?」
「え?」
「ケーキもたべてたべて」
「あ……じゃあ、このモンブラン」
私が接客を始めると状況は一気に好転した。
ひっきりになしにお客さんが来るのだ。
有名人である私自ら接客しているという噂がまた人を呼ぶ。
一生懸命作ったケーキではなく私目当てのお客さんというのはどうなのかと思うが、とにかくまずは来てもらわなきゃ話にならないのだ。
そんな調子で繁盛し続けてお昼になった。
飲食店の競争が激化する頃だ。
私達の喫茶店は軽食なのでお昼ご飯としてはちょっと不利である。
これはもう少しサービスが必要かと考えていた頃、彼が来た。
「やあ、トモシビさん」
「アスラーム」
一人だ。
今日は執事や取り巻きは一緒じゃないのか。
今はその方がありがたい。
知り合いに接客するのは恥ずかしいものだ。
一対一ならまだましである。
「おかえりなさいませ、ご主人さま」
「本当にメイドになり切ってるんだね」
アスラームは戸惑っている。
当然だ。
メイド喫茶なんてこの世界にはない。
メイドとは侍従であり、私やアスラームは彼女らにかしずかれる身分なのだ。
彼は私のメイド服姿をマジマジと見ている。
特に後ろで揺れる尻尾を。
私は足をもじもじさせた。
「はやく注文して、どうぞ」
「君のおすすめは?」
「ティラミス。あと私の特製ミルクティー」
「君の……ミルクだって?」
「うん」
「それを頼むよ」
特製ミルクティーはたった今思い付きで作った新メニューである。
材料はただのミルクティーと同じだが製作過程が違う。
具体的には混ぜる前にあることをやるだけだ。
これをするのは恥ずかしいのだが……尻尾の事を忘れさせるには丁度良い。
私は手でハートを作った。
「もえもえ……きゅん」
「なっ、なにを……?」
「一緒にやって、ご主人さま」
「僕も!?」
「やって、メイドのおねがい」
「うっ」
私が迫ると彼はすぐに陥落した。
スッと手でハートを作る。
やってくれるらしい。
「はい、もえもえ」
「も、もえもえ……」
「きこえなーい。もう一回、もえもえ」
「くっ、もえもえ……きゅん!」
「ありがと。おいしいミルクティー……になっちゃった」
あまりの羞恥に肩を震わせるアスラーム。
効果はバツグンだ。
こんなに余裕のない彼は初めて見た。
周りのお客さんもクスクス笑ってる。
これはいける。
私が楽しめる上に話題にもなる。
ケーキを取りに行こうとする私にグレンの舎弟1ことランドが笑いながら声をかける。
「ぶはっ……お嬢やっぱ神だわ」
「あがめて」
「貧民街じゃまじで崇めてるやついるらしいぜ。噂ではな」
「うわさ?」
頼んでいた噂の件だろうか?
このランドの実家は冒険者ギルドみたいな仕事をしている。以前そこに私について町の人がどう思ってるか調査を頼んだのだ。
「まだ結果は出てねえよ。ま、魔物扱いよりは良いんじゃねえの」
「そうですね。トモシビ様はどちらかというと神に近いかと」
「ああ、神に近……は? だれ?」
突然話に乱入してきた女性。
それは誰であろう、あのカサンドラだった。
私にあの卵型魔封器を渡した魔王の配下。
一番何を企んでるのか分からない人物。
神出鬼没にもほどがある彼女は上品に笑った。
「トモシビ様、祝着至極に存じ奉ります」
「お嬢の知り合いか?」
「うん」
「その尻尾……見ればわかります。それはま、む」
「おかえりなさいませ、めすいぬ」
私は彼女の口にケーキを突っ込んだ。
ここにはアスラームがいる。
バラされたら私は殺される。
「……美味しい。これはトモシビ様がお作りに?」
「アーモンドで低糖質だから、たくさん食べて」
「さすがはトモシビ様。それで」
「もっと食べて、はい」
「ん……む」
「トモシビさん、その人は?」
アスラームがこっちに歩いてくる。彼女に只ならぬものを感じ取ったのだろうか?
さもありなん。
私から差し出されたケーキをツバメの雛みたいに食べてるが、彼女はこれでも魔王軍幹部だ。
アスラームの家の宿敵である。
まずい。
「んむ……アスラーム・バルカ、ですね」
「そうですが、どなたですか? 彼女とは一体どういう」
「トモシビ様がお割りになった卵を差し上げた者……と言えばお分かりですか?」
「卵?」
「ああ。お嬢、卵割り係だもんな」
「へえ、そうなのかい?」
「係ですって……?」
なんか……うまい具合に勘違いしてくれそうだ。
「どうやらバルカ家は……むぐ」
「め、めすいぬ、アーモンドのケーキ全部食べて」
「ああ……なんて魅力的なご命令……! このための低糖質なのですね」
めすいぬは美味しそうにがっつき始めた。
私はこの隙にアスラームの手を引っ張って元の席に座らせる。
「ここですわってて」
「卵割りか……似合わないね。君はやっぱり裏方より光の当たる舞台の上が似合う」
「やっぱり」
「うん、さっきのも……うまく言えないけど、良かったよ」
アスラームは頭を掻いた。意外とああいうのにハマるタイプなのかもしれない。
そんな私達の所にお皿を持ってめすいぬがやって来た。
しつこい。
「くふふ……バルカ家も中々曲者のようで」
「なに? そうか、貴女は……」
「めすいぬ、ちぇき!」
「はい?」
「特別に、写真撮影してあげる」
「……え? え?」
「エステレア」
「はい。ただ今用意いたします」
彼女を壁際に連れて行く。
店内のお客さんたちが注目する。
厨房からも皆が何事かと出て来た。
何が何だか分からない様子でキョロキョロするめすいぬ。
それで良い。
今日のところは混乱させて帰ってもらおう。
私は彼女のお尻に尻尾のアクセサリーをつけた。
「おそろい。かわいい、でしょ」
「お、恐れ多い……」
「ポーズはこう」
私の右手と彼女の左手を合わせてハートを作る。
エステレアがカメラを構え……パシャっと撮った。
アイナのインスタントカメラだ。
今日の記念に写真を撮ろうと思って借りてきたのである。
出てきた写真にらくがきをして……と。
私達の顔に猫耳、そして空いたスペースには猫の顔を描いておいた。
「はい、これ思い出」
「これは……ハクビシン?」
「違うよ〜トモシビちゃんのこれは猫なんだよね」
「それフェリスのお父さん」
「なんで私のお父さん描くの!?」
フェリスのお父さんのいたレプタット村は私と彼女が初めて出会った思い出の場所……みたいな感じで描いたのだ。
まあ彼女は面識ないけど。
「じゃ、行ってらっしゃいませ、めすいぬ」
「トモシビ様……私なんだか夢を見てるようです」
「また来て。できれば、私の部屋に」
彼女は夢見心地の顔のまま歩いて帰った。
いつも突然現れて消えるから、普通に歩いて帰るだけでなんか間抜けに見えるのが不憫である。
ともあれ、なんとか誤魔化せただろうか?
彼女には聞きたいことがたくさんあったのだがアスラームがいたせいで聞けなかった。
次の機会に聞けばいいかな……。
立ち去る彼女を見送ってからアスラームが訳知り顔で頷いた。
「……ステュクス家か。君が接触したと聞いていたけど……なるほどね」
「え、あ、うん」
アスラームは彼女のことを自分の家と対立するステュクス家の者と思ったらしい。
彼は頭の回転が早い。
おそらく……早すぎてたまにどっかに飛んで行くのだろう。
「たしかにあそこは情報に強い。僕としてはあまり懇意になってほしくはないんだけどね」
「……私は誰とでも、仲良くしたい」
「本当はそれが良いんだろうね。うん……君が僕の家と対立するつもりじゃないなら良いんだ」
勘違いしたままシリアスなことを言うアスラーム。
私だって襲いかかってくる魔物は容赦なく倒してきた身だ。
襲われなくても狩りで倒した事もある。
世の中そんなに甘くない事はわかる。
でも良いではないか、目指すくらい。
理想を目指して邁進すれば少しは良くなるはずだ。少し良くなるのが重なればもっと良くなる。
きっとそうなる。
「トモシビちゃん、お客さんいっぱい来てるよ〜」
「わかった」
こうして私の体を張った接客によって私達のクラスの喫茶店は盛況を極め、昼過ぎには完売したのだった。
魔王領は貧乏なのでケーキとか滅多に食べられないと思います。
カサンドラさんは悪の女幹部みたいな人ですがわりと天然ですね。
※次回更新は一週間後の3月23日月曜日になります。




