お嬢様の日常
※3月2日、11月25日誤字修正しました。ご報告感謝です!
薄く伸ばしたパン生地。
それに牛肉とタマネギトマトなどの野菜が挟まってる。ソースはチリソースのようだ。
肉の旨味と野菜のシャキシャキした食感を期待しながら口へ運ぶ。
口の小さな私に食べやすい用に私用一口サイズだ。
ナポっと口に入れてモニュモニュ食べる。
「おいしいねトモシビちゃん」
「うん」
「気に入ってもらえたかな」
屋台主は快活に笑った。
「野菜とお肉が、喧嘩別れしてる」
「わあ、トモシビちゃんレポーターみたい」
私は今、商店街に来ている。
今日はフェリスと2人だ。
そろそろ学園祭が近い。
以前決めたように私達はケーキ屋さんをする予定なので、今日は練習にケーキを作ることにしたのだ。
私達2人は買い出し担当ということで商店街に来たところ、屋台のおじさんに声をかけられて試食することになったのである。
「サイン書いてもらっていいかな?トモシビ・セレストエイム推薦の店って出したいんだ」
「わかった」
慣れない崩し字を書こうとしたら間違えた。まあいいか。
私はもはや有名人だ。
クルルスの像と呼ばれていた巨大生物を破壊して人類を救った英雄……とかそういうものではない。
スカイサーペントの事もクルルスの事も一般人は何も知らない。
私の立場を形容するなら、メディアへの露出の多い学園代表の美少女といったところだろうか。
雑誌にインタビューも掲載された。
ぬいぐるみの腹話術で喋る内気な幼女みたいに書かれてたけど、概ね好意的な内容だった。
私のことを魔王とか魔物とかいう人はもうほとんどいないはずだ。
「2人なら変な人がいても安心だね」
「大丈夫、私がついてる」
「わ、私は襲われたことないよトモシビちゃん」
私は猫型のポシェットを下げて自信満々で闊歩する。
道行く人は私を目で追うものの、特に何か言ってくるわけではない。悪意は感じない。
そうやって歩いていると行く手にどこかで見たようなおじさんが立ち塞がった。
「やあ、おつかいかな。今日は2人なんだね」
やはりこういう人もいる。
こちらが何人いようと来るときは来るのだ。それが変質者という生き物である。
私は防犯ブザーに手をかけた。
「まかせて」
「また!? ちょっと待って!」
ロリコンおじさんが慌てて身を引いた。
このくらい素直に恐れてくれれば変態も可愛いものだ。
「でもトモシビちゃん」
「平気、ロリコンおじさんはこれに弱い」
「き、君って子は……!」
「その人そこのスーパーの店長さんだよ」
…………。
今から行こうとしていたお店である。
「……そうなの?」
「ま、まあね。だからおじさんは怪しいものじゃないんだよ」
たしかに、近隣で素性が知られてるなら間違いを犯す可能性も低いかもしれない。
私が防犯ブザーから指を離すと、ロリコンおじさんは突きつけられた拳銃から解放されたかのように胸を撫で下ろした。
「ああ良かった。おじさんはただ君達みたいな小さな女の子が好きなだけなんだよ」
「じゃあ安心だね」
安心だろうか?
シレッとカミングアウトした気がする。
まあ、危害を加えないなら性癖は自由だ。
彼は人好きのするにこやかな笑顔で私たちを促して歩き始めた。
買い物に同行して案内してくれるらしい。
スーパーに入ると私は買い物メモを取り出した。
エステレアが書いてくれたものだ。
「卵、バター、薄力粉」
「薄力粉はこれだね、あとは?」
「アーモンドプードル」
「ああごめんね、アーモンドは切らしてるんだ。仕入れが途絶えててね」
「どうして?」
「最近魔物が多いんだよ。ほら、前も南東で大発生してただろう?」
そういえばそんなことがあった。そのせいで手紙が届かなかったり騎士団が出払ってて大事件になったりしたのだ。
「噂ではついに魔王が本格的に動き出したって言われてるね。星送りの騒動も裏では魔王が暗躍していたとか」
「そ、そうなんですか〜」
「怖がらせちゃったかな? 心配ないよ。しょせん噂だからね」
暗躍していたのは私である。そして本格的に動き出したのは私についてる魔王の尻尾だ。
魔物はどうせまた騎士団が殲滅するだろうけど、学園祭でもケーキを作るのに材料がなくては困る。
足りない材料はアーモンドプードルにフルーツなどだ。おそらく遠方からの交易品なのだろう。
ここにないなら交易専門のヨシュアのお店に行けばあるかもしれない。
「トモシビちゃん達可愛いからまけてあげるよ」
「本当?」
「その代わりロリコン扱いはもうやめてね」
私達は店長の計らいで3割引で買った後、ヨシュアのお店『ゴールドマンファミリー』に向かう事にした。
「やあ、いらっしゃい」
「ヨシュア」
出迎えたのはヨシュアだ。
彼は祖父について貿易品を仕入れに回ってたはずなのだが、現在はなぜかずっとこの王都に腰を落ち着けている。
実質的にこのお店の店長と言えるかもしれない。
彼の手腕が良いのかアイナのフレンドリーな性格のおかげか、お店は繁盛している。
特に若者に人気があるようだ。
「し、親友……なんだそれ」
その震える声に振り返るとアイナがいた。
自称私の親友で自称幼馴染。
彼女は私達のお尻を見ている。
……あ、尻尾か。
私とフェリスの尻尾を見ているのだ。
「ペアルックしたのか!? 私以外のやつと!」
「ペアルックだって、えへへ」
「私だって……私だってな……!」
アイナは素早く売り場を見渡す。
そして壁の網に陳列されている尻尾の形のチャームをもぎ取るようにして手に取り、お尻に装着した。
「どうだ! 私もお揃いだぞ!」
「かわいい」
「そんなのあるんだね〜」
「それ給料から引いておくよ」
尻尾チャームか。
カバンとかに付けるやつだ。前世でもこういうのは見たことある。
皆で付けたら私の尻尾も紛れる、かな?
…………閃いた。
「ヨシュア、これ流行らせて」
「え?」
尻尾を誤魔化すのに丁度良い。
店頭にコーナーを設置して大々的に売ったらどうだろう。
私がそう説明するとヨシュアは快諾した。
「いいかもね。前にトモシビお嬢様の紹介したクレープも行列ができるくらい人気出たんだよ」
「親友もすっかり人気者だな!育てた私も鼻が高いぞ!」
「あ、人気と言えば君の噂の件だけど……」
「うん」
そういえばそんな件もあった。
ヨシュア達には私についての悪い噂の調査を頼んでいたのだ。
彼の話では、一度だけここでそういう噂をしている人がいたという。
「魔王魔王って聞こえたから注目してたんだけど、たぶん君の事を言ってたね」
「どんな人たち?」
「貴族っぽい女の子達だよ。たぶん……君と同じ学園じゃないかな」
同じ学園か……。
自分についての悪い噂なんて聞くのは嫌なものだ。もう下火になってる以上聞かない方が良いのかもしれない。ただ、今の私は隊長によると魔王になりつつある状態だそうだ。かつての魔王のように本当に排除されかねない。また変な噂が広まると困る。
「わ、私にやらせてくれ親友! なぁに、10年もすればシャバに出て来られるさ」
「な、何をするつもりなのさ!?」
「そんなこと、しないで」
ヤクザの鉄砲玉みたいな事を言いはじめたアイナをなだめる。
学園は私の領分だ。
貴族ならアナスタシアに頼んでも良い。アイナ達は大人しくしていてほしい。
そんな話をした後、当初の目的だったケーキ材料を買う。
幸いここは品切れになってなかったようだ。
それから、最後に尻尾チャームのコーナーを作るための写真を撮ることになった。
アイナが奥から自慢気に持ってきたカメラは見たことのないタイプだった。
「撮るぞ! ポーズはどうする!? ぬ、脱ぐか!?」
「い、いや、普通に頼むよ。お願いだから」
「こう?」
フェリスと2人でダンスしてるみたいなポーズで横から撮ってもらう。
お尻を少し前に向けて尻尾を強調する。
こんな感じで良いだろうか。
パシャっとカメラが動作する。
カメラの下部から写真がスルスルと出てきた。
インスタントカメラだ。
しかもカラー。
「すごいだろ! これが私の魔導具だ!」
ちなみにカメラはアイナのものではない。
なんでも、レプタットで失踪した私兵の女性の持ち物を整理していたら見つけたという。
その人がなんでそんなものを持っていたかは不明だ。
色々気になることは多いものの、ともかく当初の目的であったケーキ材料は手に入った。
私とフェリスは手を繋いで帰ったのであった。
私はクッキーを焼いた経験がある。紅茶も入れることができる。
そんなわけでケーキ作りも楽勝だと思いきやそんなことはなかった。
「あ」
机の角にぶつけた卵がグシャリと潰れた。
3個目である。
ボールを構えていたエステレアが溢れた中身を素早く回収した。
「エステレア……」
「ご安心下さい。クロエが殻を取り除けば良いのです」
「えっ? あ、はい」
クッキーの時は私はかき混ぜるだけだったので、まさか卵割りがこんなに難しいなんて思わなかった。
4つ目。
慎重に机の角でヒビを入れて……ちょっと慎重すぎた。
もう一箇所くらいヒビ入れておこう。
それから割れ目をゆっくりと押し拡げる。
中からドロリとした白身と黄身が出て来た。
「さすがはお嬢様! 4つ目でもう卵割りに成功されるなんて!」
「一流パティシエの域ですね! 見ていてため息が出ました!」
……そこまで言われると逆に居たたまれなくなってくる。
私は力がないだけでなく力加減も下手なのだ。世間ではそれを不器用と言う。
卵を割るだけで一苦労である。
私の割った卵からエクレアとフェリスがスポンジケーキを作る。慣れた手つきで計量し、かき混ぜ、オーブンに投入していく。
エステレアとクロエはアーモンドプードルを使ったパウンドケーキだ。
ちなみに私は見ているだけだ。
私は卵割り担当なのである。
イチゴを一つつまんで食べる。
つまみ食いだけど怒られたりはしない。
私とフェリスのためにつまみ食い用のお皿が用意してあるのだ。
……暇だ。
私はひょっとして料理に向いていないのではないか?
自分で作ったケーキをみんなに美味しく食べてもらおうと思ったのに、私の手など一切入っていない気がする。
「トモシビちゃん、少しもやっとしてる?」
「? すこしだけ」
「尻尾が萎れてるからわかるよ〜」
どうやら私の感情はこれまで以上に分かりやすくなってしまったらしい。
「私ももっと、なんかやりたい」
「何かですか……イチゴ乗せる作業とか……」
「お嬢様。お嬢様が割った卵から作るのですから実質お嬢様が全て作っているも同然です」
「……そうかな?」
「そうだよ〜」
「そうですよ」
「そうそう」
そうだろうか?
言われてみるとだんだんそんな気がしてきた。
まあ……いいか。
当日までにイチゴ乗せる練習でもしよう。デコレーションも重要だ。
なんとなく心が軽くなった私は、また一つイチゴを食べたのであった。
ここから第4章になります。
トモシビちゃんは頭脳はまあまあですが、体を使うものは何をやらせてもあまり上手くいきません。
でもあまり深刻に考えないので大丈夫です。
※次回更新は3月5日木曜日になります。




