珍獣だって教えてあげなきゃ
※2月13日、自己誤字修正。
私が迷宮都市に来てから一週間が経った。
帰還予定の日だ。
ドMともお別れだ。ちょっとだけ名残り惜しい。
なんだかんだで地上より良いところだった。
「それではまた……トモシビ様」
見送るドMは元気がない。
彼はまだスパイを続けるつもりらしい。アルグレオのスパイをしながら、そっち側から私の力になってくれるそうだ。
私を匿ったと知られれば……どうなるだろう?
分からないけど危険な仕事だ。
私はそんな彼を少しだけ元気付ける事にした。
「……跪いて」
「は、はい」
「命令してあげる」
こんな事でやる気が出るならいくらでもやるべきだ。
「私の許可なく捕まったり、死んだり……したらダメ」
「はい」
「無事にまた会えたら、ごほうびあげる」
「ご褒美ですか? どんな……」
どんな……?
考えてない。
私はとっさに似たような趣味の人の事を思い出した。
「椅子にしてあげる、とか」
「なっ……」
ドMは絶句した。ちょっとハードだっただろうか? いやでも足置きにはなってたし……。
と思ったら次の瞬間、地面にめり込ませそうな勢いで頭を下げた。
「一生ついて行きます!」
「……お嬢様、座る時はクッションをお使いください」
ブレないドMである。
彼と別れた私たちは全身をマントで覆い、目深にフードを被った格好で外へ出た。
日差しからも守れるし、この辺の旅人にこういう格好は珍しくはないという。
なるほど、怪しい人はみんなこうするわけだ。
私達が出たのは遺跡レストランからではなく別の場所だ。
そこから歩いて……は私が無理なので行商に頼んで近くまで虫車で乗せていってもらう事にする。
相変わらず気持ち悪いがそんなこと言ってる場合ではない。
ここからは気を引き締めて行くべきだ。
砂丘の裏から遺跡の入り口を伺う。
誰もいない。
私達は素早く遺跡へ侵入した。
なんかスパイごっこみたいでちょっとだけ楽しい。
そして階段を下る。
この遺跡は階段を下ればすぐに転送魔法陣があるのだ。
下の方から声が聞こえる。もう皆到着しているのだろうか?
ふと、何か変な感じがした。
……これは、あれだ。誰かが魔術を使おうとしている感じ。
「止まって」
シーカーで見回す。
何もない。魔力の動きはない。
「どうしたの? トモシビちゃん」
「なんか……この辺」
私は壁の一点に目を向けた。
分かりにくいが、ここの壁だけ妙に新しい。
ここから違和感を感じる。
私は、石と石の亀裂に髪の毛を差し込むと、リンカー付きの極小爆弾を設置した。
「はなれて」
リンカー起動。
バコっと篭った音がして、石壁の一部が崩れた。
パラパラと破片が落ちる。
その部分から箱型の妙な物体が姿を現した。
「なんでしょうこれ?」
魔導具のようだ。
空間に働きかけている……のかな。
そういう魔術はそんなに珍しくはない。
転送機もその一つだし、私達のデイパックなんかもちょっとした空間拡張は可能だ。
詳しく見ると、どうもこの魔導具は空間操作のパーツの一つのようだった。本体は違う場所にあると思われる。
とりあえず魔導式に侵入してオフにする。その途端、魔法の動作する独特の違和感が消えた。
「たぶん、罠」
「すごいね、トモシビちゃんなんで分かったの?」
「私は、スパイのあるじだから」
「ドヤ顔のお嬢様、お可愛いですわ」
とはいえ、私のこの魔力に対する謎の感覚がなければかかっていただろう。
こんなものを仕掛けているという事は、やはり私達を逃す気は無いということだ。
私達は皇帝から逃げていたわけだが、追いかけ回された記憶はない。
捕まえに来るに違いないと思っていたものの、実際に捕まえに来たわけではないのだ。
相手が何を考えて何をしてくるのかというのは全て想像でしかなかった。
しかし今、その想像が現実になった。
ソロソロと階段を降りきると、そこにはエルフ以下数人がいた。エル子もいる。
私達の使節団は誰もいない。
私は声をかけてみた。
「使者の人」
「と、トモシビ・セレストエイム!?」
「あーあ、やっぱりダメだったのね」
「抜けて来たのですか? どうやって?」
「ないしょ」
「まさかここまで教授を出し抜くなんてね」
エル子は杖でトンと地面を叩いた。あれが武器だろうか。
ここまで来たら強引なことをせずすんなり合流させてくれると甘い期待も抱いていたのだが、やはりそんな簡単にはいかなかったようだ。
「やる気? 外交問題よこれ」
「ふん……貴女方は我々の最新機密を悉く破壊したではないですか。器物破損で捕まえるだけのことです」
「捕まえようとしたから破壊したんでしょ!」
「さっきの罠以外何もしてないよ〜?」
「それより投降した方が良いですよ? 無駄なあがきです」
余裕を取り戻したエルフがニヤリと笑った。
「いくら暴れても向こうに渡る事はできませんから」
「……まさか」
「貴方達のお仲間は行ってしまいました。この遺跡が使えるようになるのは当分先です」
「嘘……置いてかれたの?」
「どうぞ調べてみなさい。この遺跡の魔力は空です」
私は一歩進み出て、起動のための魔力を注いでみた。
……ダメだ。うんともすんとも言わない。
大陸を繋ぐ魔法だ。今のスライムと私の魔力を合わせても無理だろう。
つまり、道は閉ざされたという事……だろうか。
……なんで?
私を待ってくれなかった?
何かあった?
やっぱり無理してでも放送でメッセージを伝えておくべきだったかもしれない。
「トモシビちゃん……どうしよう」
「ね? 悪いようにはしないからアルグレオに来なって。皇帝も教授もこう見えて優しいんだから」
「や、優しい人はトモシビ様を閉じ込めたり、奴隷売買をしたりしません」
「……奴隷の件まで調べていましたか」
やっぱりこの人が黒幕か。
しかし今はそれどころではない。
とにかく私は帰らなくてはならないのだ。
「もう、うちに帰して」
「だから無理です。タブロバニーに戻りなさい」
「貴女ならきっとここでも重用されるわ。戦闘が苦手ならもう危険な事もしなくていいし、お友達も全員一緒よ」
あの塔で暮らす?
またゴロゴロして、怠惰に……昔みたいに。
なんか…………最近同じような事ばかり言われる気がする。
セレストエイムを思い出す。
あの時もこんな感じで引きとめられて、逃げようとしていたのだ。
……コソコソと。
「貴女は私のライバルでしょ? コソコソ逃げ回るのはもうやめなさい」
…………。
『お前はそんなんじゃないだろ!』
そうだ、そんな事を言われた。
その通りだ。
私はそんなんじゃない……そんなんじゃない私になると決めたのだ。
不意に私の中から炎のような熱が湧いてきた。
逃げるのは終わりだ。
穏便に済ませるなんてもう考えない。
私を閉じ込めるなど皇帝でも許さない。
私は自由に生きるのだ。
面と向かってきっちり拒否を突きつけて、誰が邪魔しようと押しのけて帰る。
私は握りしめた手を解いて、頭上に魔法陣を描いた。
「みんな、捕まって」
「な……」
特大のレーヴァテインが天井を貫いた。
さらにスカイドライブ最大出力。追加でブースター起動。
光を追って全員で飛び上がる。
スカイドライブはあの巨大なスカイサーペントを浮かしていた器官の一つだ。魔力さえあればこのくらいの重量なら問題なく運べる。
閃光が抜けた後にはぽっかりと焼け焦げた穴が開いている。
すぐにそこから勢いよく砂が落ちてきた。
「何してくれてんの!?」
エル子の叫びを聞きながら、砂が押し寄せる穴の中を猛スピードで抜ける。
「ど、どうするのトモシビ様?」
「トモシビ様、手が」
「なおして」
火傷で腫れた手をクロエの手が包み込む。これも対策しなくてはならない。考えておこう。
骨を愛撫されるような快感を堪え、私の目は天を貫くあの塔を捉えた。
「みんなでブースター、おねがい」
「ええっ、どっちに行くの?」
「皇帝のとこ」
教えてあげなくてはならない。
皇帝が籠に入れようとしているのは小鳥ではなくこの……よく分からない珍獣の私だということを。
塔にはすぐについた。
邪魔するものは何もない。
「戻ってきちゃったよう。ほんとにいいの? トモシビちゃん」
「大丈夫、プランBでいく」
「初めて聞いたわ……」
「こ、皇帝ってどこにいるんですか?」
「ああいう手合いは最上階にいると相場は決まっております」
5人が一丸となった塊は塔の外壁に沿って上昇し続ける。
雲を突き抜けて、またその上の雲に突入する。
恐ろしい高さだ。
家どころか、他の塔すら豆粒のようだ。
建物は地表と一体化して凸凹しているようにしか見えない。触ったらザラザラしそう、などと考えてしまう。
空はもうあまり青くない。青い空のまさにその中に私達はいる。
さらに上昇していく。
ドラゴンを真似た風圧シールドを張っているので内部の気圧が保たれているが、なければどうなる事だろう。
ちなみに魔力はまだ大丈夫だ。いざとなればスライムもいる。
そしてついに私達はタブロバニーの天辺に辿り着いた。
「こうなっていたんですね……」
天辺は巨大な虫の頭だった。芋虫みたいな頭。
そこに一本のツノのような触覚が生えている。
シーカーで魔力の流れが見える。
近くで見ると空一面に薄っすらと魔力が漂っているのがわかる。
これが天脈か。
その魔力の流れが巨大な渦を巻いてあの触覚に流れ込んでいる。
こうやって天脈の魔力を集めていたのだ。
天脈の魔力を使っているという情報から、塔の天辺で魔力を集めているのだろうと予想はついていた。
まさかこの塔が虫そのものとは思わなかったけど。
「なんかすごいもの見ちゃってるね私達」
「見てはいけないもの見てる気分ね……」
あまりに壮大なスケールの光景に思わず目を奪われてしまう。
しかし今は観光しているのではない。私は側面の壁に聖炎を浴びせた。
壁は燃え上がり、すぐにその部分が灰になって穴が空いた。
「皇帝」
その穴から皇帝が目を見開いて私を見ていた。
「も、戻ってくるとは驚いたぞ……スラムで暮らす内に少々行儀が悪くなったようだが」
この状況でよく軽口が叩けるものだ。皇帝と言われるだけの事はある。
だが、そんな称号私には関係ない。
私はツカツカと皇帝に歩み寄る。
彼は背が高い。椅子に座っても目線は私と同じくらいある。
でも胸を張ると心持ち下に見える。そんなものだ、どんなものでも。
私は間近で彼に微笑むと、腕に聖炎を灯した。
ギョッとする皇帝。
その手で頬を思いっきり叩いた。
ペチっと迫力のない音がした。
「これで許してあげる」
手がジンジン痛い。
皇帝の顔は微動だにしない。やっぱり私の平手は相変わらずだ。
しかしそんな平手でも彼には効いたらしい。口を半開きにして私を見つめている。
「じゃ……またね」
そのまま立ち去ろうとする私の背に彼は言葉をかける。
「次はいつ会える?」
「気がむいたとき」
「そうか……子猫は気まぐれだな」
「お嬢様は子猫ではありません。天使です」
穴から飛び立つ私達。
最後に彼の呟きが聞こえた。
「天使か……」
ちなみに、皇帝の部屋の壁に空けた穴は謎の粘液ですぐに塞がりました。
気圧差で吸い出されそうですがそれも魔法的な自動防御で無事です。
※次回更新は2月17日月曜日になります。




