お嬢様ニュースです
「報告は聞いている。トモシビ・セレストエイム、大陸一の美姫とな」
「うん」
「ならば余のものになれ」
「やだ……」
皇帝は傲岸不遜に言い放った。
突然女子の部屋に侵入して開口一番にこれである。色んな意味で恐ろしい相手だ。
「我が国ではこういった行いは性犯罪者のそれですが」
「ここでは何が犯罪になるか決めるのは余だ」
どうやらあまり良い主君ではないらしい。
「その美貌、能力、幼さ、どれを取っても余に相応しい」
「幼さ?」
「余が、ふさわしくない」
「我々はいずれグランドリアをも手に入れるつもりだ。お前が余のものになるならば止めてやっても良い」
「いらない」
「何も今すぐに答えを求めているのではない。ここにいる間にゆっくり決めるがよかろう」
皇帝は不敵な笑みで出ていった。
あれは断るはずがないと確信している顔だ。今まで思い通りにならないことなどなかったのだろう。
というか何度断っても聞く耳持たないのだからどうしようもない。
「あの皇帝、頭パァなんじゃないの?」
「無視でよろしいかと」
「わ、私あの人がトモシビ様に話しかける度に舌打ちしてやります」
「地味な嫌がらせだね……」
要するに私は求婚された……のかな。あまり実感がわかないが、皇帝とやらも私の魅力に逆らえない1人だったということだ。
自分が怖い。
いや全然怖くない。むしろ可愛い。
しかしグランドリアを手に入れるってサラッと言ってたけど、もしかして戦争でもするつもりなのだろうか?
遺跡の転送魔法陣はそう簡単に使えないので軍隊を送るのは難しいはずだ。
どうやって手に入れるつもりなんだろう。
帰ったら一度誰かに相談した方が良いかな?
……まあいいか、今日はこの後街の視察の予定があったはずだ。
過酷な環境の外に出る前に少しだけ休みたい。
私はフカフカのベッドに寝転んでフェリスの尻尾を撫でたのであった。
それから早くも3日が過ぎた。
私はまだベッドでゴロゴロしていた。
「お嬢様、今日は祝日だそうですわ」
「んー」
「と、トモシビ様、ほら、人が多いですよ。屋台も出てます」
「むぅ……いかない」
「そうですか……」
「しょうがないよ。トモシビちゃんには大変な所なんだよ」
寝ながら″窓″を弄る私に、フェリスの尻尾がスリスリしてきた。
眠たくはないんだけど外に出たくもない。
だって外は暑くて日差しがキツくて虫がいるのだ。
初日に外を案内してもらったのだが、暑いし、ハエや謎の虫がまとわりつくしでロクな目に遭わなかった。もちろん巨大アリやゴキブリも我が物顔で闊歩している。
冷やすために街中で魔術を使ったら物凄い顔で見られた。この大陸は魔術が一般的ではないのだろうか。
虫除けに聖炎など使えば通報されかねない。いや、王都でも通報されそうだけど。
せっかく好奇心に胸を膨らませてはるばるやって来たのに、この大陸は私には向いてなかったようだ。
でもこの部屋は快適だ。私に合わせて空調温度が低めに設定されているらしい。ベッドで寝転んでいると丁度良い感じだ。
「昔みたいなお嬢様もお可愛いのでよろしいかと」
「みんなで、ゴロゴロしよ」
「ふふふ、お嬢様ったら……誘ってらっしゃるのですね!」
「エステレアー」
ベッドにダイブするエステレア。一度ボヨンと弾んで、私を抱きしめると、そのままベッドを転げ回った。
なにこれ、楽しい。
「……祝日とは誰から聞いたのですか? クロエ」
スライムが冷静な声を出した。
「ああ、このフロアの人ですよ。私達以外にも何人かいるみたいです」
「へー、その人達も重要なお客さんなのね」
「いえ、皇帝の愛人だそうです」
「げっ」
「皇帝はトモシビを愛人扱いしているのですか……」
スライムは器用に鼻を鳴らした。いや、鳴らすような音を出した。
その愛人の話によると、ここは愛人専用フロアだそうだ。つまるところ後宮である。
どうりでベッドが大きいわけだ。
「そ、そう思うと居心地悪くなってきたわ」
「なんか外に出たくなってきたね……」
「でも外は暑いから」
私は出たくないのだ。
この部屋に篭ってた間、多少なりともやることはあった。
あのカメラ魔導具の再現だ。
元々、私の″窓″にはスクリーンショットという機能がある。魔法式も何もない謎の機能だ。
この機能では私の目で見た景色を撮ることができるが、映像を撮ることはできない。
私自身を写す事も出来ないし、配信する事も出来ない。
でもあのカメラを再現すれば可能だ。
部屋には例のホログラムモニターが設置されている。
これは配信すれば勝手に映す仕組みになっている。たまにニュースなどが映ることがあるがほとんどの時間は沈黙している。
基本的にこれは娯楽用ではないらしい。勿体ない事この上ない。
私はそのモニターを指差した。
「みてて」
「モニターですか?」
カメラ起動。
前方にいくつかの″窓″が浮かんだ。レンズは円形の″窓″だ。それを私に向ける。
魔力は最小限でいい。モニターが遠ければ遠いほど魔力を使うはずだ。
これほど近くなら……このくらいかな。
「わ、トモシビ様です」
ホログラムみたいに出てきたのはベッドで寝転ぶ私のアップ。
寝転んで髪も適当なのになんて可愛さだ。
こうして客観視点で見るととても神秘的で儚げな感じがする。
ダラけて寝転んでいるのではなく、何かのテーマのグラビア撮影でもしてるのかと思うくらいだ。
自分が怖い。いや怖くない。可愛い。
「わ〜こんな風に映るんだね〜」
「こうやって」
「にゃ」
起き上がり、フェリスと抱き合って映す。
「私、トモシビ……それでここは、皇帝の愛人のおへや」
ほっぺをくっつけてポーズ。
こんな感じでトモシビ・チャンネルを作るのだ。
美少女二人、なかなか良い絵だ。
百合営業とか言うやつだ。
私はフェリス達とくっ付くのに忌避感は全くない。むしろ大好きなので積極的にやりたい。
というか営業ではなくただの日常である。
「と、トモシビ様、私も……」
「来て」
「こう……?」
エクレアとくっついて顔を寄せ合う。彼女はぎこちない笑顔を浮かべた。
「何か、いってみて」
「えっ……ええと……皇帝のあほー! ロリコン!」
「あはは、あのいやらしい顔を映したかったですねー」
「お嬢様お嬢様、こちらへ」
エステレアがベッドに腰掛け、手を広げてソワソワしている。膝に乗って欲しいらしい。
自分の姿を客観的に見ることができるのは不思議なものだ。普段、鏡以外で見る事なんてないからだ。
私はエステレアの膝に座って、自撮り風にカメラを向けた。
「はい、エステレア」
「映っております……!」
エステレアは目を輝かせた。
声も出てるし、鏡とはまた違った印象を受ける。
「こほん……お嬢様ニュースです。先日お嬢様が皇帝により拉致された事件ですが、ご覧の通りお嬢様のご無事が確認されましたわ」
「わ〜ニュースだね」
「てか本当に他の人何してるの? あっちの無事も知りたいわ」
「そういえばそうですね」
言われてみると私は初日以来他の使節団の面々と全く会っていない。
これはおかしい。
私もこれ幸いと3日間ダラダラと過ごして外に出なかったけど、なぜだれも連絡もくれないのだろう?
……ちょっと外に出てみようかな。
もはやゴロゴロしてる場合ではない気がしてきた。
「外……でてみる」
私はカメラを切ってエステレアから降りた。
「急にどうしたんですか? トモシビ様」
「他の人に、連絡とりたい」
「……ワタシもおかしな状況だと思います。歓迎行事などはないのですか?」
「そのうち呼びに来るかと思ってましたけど……」
部屋を出て転送魔法陣のある部屋の前まで行く。
このフロアはそんなに大きくない。
中央のエレベーターみたいな部屋だ。
扉が閉まってる。
……開かない。
「……もしかして、私達監禁されてる?」
「ええっ!?」
「あの皇帝ならあり得ますね」
「トモシビ、どうしますか?」
「みんな、集まって」
扉が閉まっていても中に転移すれば問題ない。
構造は覚えている。慎重に座標を設定して……転移。
成功だ。
無事転送部屋の中についた。
転送魔法陣を起動する。
「……行けましたね」
無事一階に転送完了だ。
なにしろ他の人がどこにいるのかわからないので、とりあえず外に出た方が良いだろう。
「ねえ、捕まえに来たりしないのかな?」
「閉じ込めてたつもりなら来るかもね」
「じゃ、じゃあ、すぐ逃げるべきじゃないですか?」
憶測だが、状況を考えると皆と引き離されてるのは確かだと思う。
何をして来るか分からない相手なのだ。
どれだけ用心してもしすぎということはない。
逃げるべきか、皆を探すべきか、それとも戻るべきか?
逃げてもどこへ行けば良いのか?
判断に困る。
とにかく外で情報を集める事はできる。何にせよ自由に動ける今の内にそうするべきだ。
「あつい」
「今日は一段と暑いですね」
外に出て数分、早くも頭がぼーっとしてきた。私にとってはずっとサウナにいるようなものだ。
砂漠の街とはいえ舗装された道路はある。それがまた熱を放ってきついのだ。
頭から服を被っている私を遠慮なくジロジロと見る現地人達。
目立ってるけど仕方ない。
日除け″窓″はもっと目立つのだ。それに髪の毛も特徴的すぎるので隠したい。
つくづく私は隠密行動に向かない人間である。
ちなみにイカクラゲの皮は使わない。人が多くてぶつかるからだ。
屋台の人とかに声をかけてみたのだが、使節団を見かけた人はいなかった。
「ッ!」
不意にブゥンと大きな音がした。ビクッと反応してしまう。
またこの虫だ。結構大きいのに飛ぶので怖い事この上ない。
「ほんと虫多いね」
「使節団は外に出てないんでしょうか?」
「あ、あっちのフードの人、変だよ」
フード。
そう聞いて思い出したが、人身売買の組織の人もフードを被ってたらしい。
やっぱり関係が?
注視しないように視界の端で見る。
……小柄だ。
グレーのマント。それについたフードを目深に被っている。子供のようにも見える。
建物の陰に隠れてこちらを伺っており、あからさまに怪しい雰囲気を感じる。
「……ちょっと休憩しましょう。お嬢様がお疲れです」
「ど、どこか入ろうか〜」
「あそこ」
看板にカップの絵が描いてある。たぶんカフェだ。
中に入ってみる私達。フードの人はどうするだろう?
店内は私達の大陸とそう変わらない。装飾は違うけどテーブルがあり椅子があり、注文を取りに来る人がいるのは同じだ。
よく分からないお茶を適当に注文して涼んでいるとフードが入ってきた。
やっぱり……と思うも束の間、その人物は真っ直ぐこちらへ向かってきた。
歩きながらフードを少しだけ上げる。
その下から出てきたのは……見知った顔だった。
「久しぶり」
エル子だ。彼女はこちらを見ないまま、私達の横のテーブルに座った。
「トモシビ・セレストエイム、あれからずっとあそこにいたの?」
「皇帝に求婚されて、そのまま監禁よ」
「他の人を探しているんです」
「なるほどね、陛下の悪い癖だわ。珍しいものとか、綺麗なものは手に入れたくなるの」
どこかで聞いたような癖だ。
どうやらこの子は追っ手とかじゃないみたいだ。彼女は公式の場に一切出てこない私を探していたらしい。
「さっき放送で助けを求めてたでしょ。あれを見て駆けつけたの。あんな大胆な手を使うなんて、さすが私のライバルといったところね」
「放送……」
「どうやって撮影したの? まさかその辺の材料でカメラ作ったとか?」
全員がすぐ察した。
どうやら……あれは私の部屋以外にも届いていたらしい。魔力は全然使っていないのになぜ?
チラチラとお互いの顔を見る私達。気まずさと焦燥の入り混じった空気が流れた。
エル子は後ろを向いたままなので気づいていない。
「……ないしょ」
「企業秘密ってわけね」
「それより他の使節団の方はどこにいるかご存知ですか?」
「もう他の街に行ったらしいけど、詳しくは知らないわ」
「そうですか……」
合流はできないのか。彼らが帰ってくるのを待つしかない。
たしか、滞在日程は10日間……つまり今から7日後にあの遺跡で帰還だ。
その間、私は一体何をすれば良いのだろう。
あの放送は街中に見られてしまったのだろうか?
このカフェにもモニターがある。街中至るところにあるのだろう。私達を皆がガン見してくるのはそのせいか。
皇帝にも見られた可能性は高い。
ロリコンとか拉致されたとか言ったし、助けを求めたように見えてしまった……のかな?
ならばやっぱり帰らない方がいいだろう。
また閉じ込められたら困る。
「どこか、安全に隠れられる場所、ある?」
「……あのね、私は陛下の味方よ。ただ事情を聞きに来ただけ。フェアにいきたいからね」
「でも私達は逃げますよ」
「だから見なかったことにしてあげるわ。私達はここで会わなかった。そういうことでね」
「失礼します」
注文した飲み物がきた。
「黄金の蜂蜜茶でございます……トモシビ・セレストエイム様ですね」
「……?」
「どうぞ」
と言って、ウェイターが渡して来たのは封筒だった。何の説明もないまま彼はウインクして去って行く。
知り合いではない。もしかして放送を見てファンになった?
それともこのエル子の差し金かな?
「……もう行くわ。うまくやりなさいよね」
「ありがと」
「お礼言われるようなことはしてないわ。今度会うときは敵だから、そのつもりでね」
エル子は再び目深にフードを被って去って行った。これはエル子の仕業ではないのか。
封筒を開けてみる。お金と……地図が出てきた。
皆が覗き込む。
一箇所赤い印が付いている。ここに行けということかな。
「誰でしょうか?」
「ファンかも」
「そっか、すごいねトモシビちゃん」
「え、あれだけでお金送るほどのファンができちゃったの?」
……ちょっと無理がある気がしてきたけど、皇帝がいちいちこんな手の込んだ真似をするはずがない。
ならばたぶん味方だろう。
私は黄金の蜂蜜茶とやらを飲んだ。
ミントとハチミツの爽やかな味がする。
このお茶を飲んで、ゆっくり涼んでから行こうか。
黄金の蜂蜜茶にはアルコールは入っていませんが飲むと感覚が鋭くなったりします。
※次回更新は30日木曜日です。




