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帝王に逃走はありません



「なに? 魔王の手下じゃと?」

「ええ、カサンドラという人です」

「カサンドラ、か」



私たちが魔物を奪われたことを報告すると先生は考え込んだ。

怒られるかと思ったがそうでもないようだ。



「……魔物は他のチームが持ち帰って来たので問題ない。もう解散じゃ。とっとと帰れ」

「なんなの? そのいい方」

「お主らはアルグレオの事だけ考えておれば良い。魔王には関わるな」



しっしっと手を振って追い払う先生。

馬車に乗り込むと用がないときは静かなマンティコアが珍しくグルグル鳴いた。



「先生、どうしたのかな?」

「お腹でも空いてたんじゃないの?」



態度は気になるが言ってることはおかしくはない。アルグレオとの試合のために私たちが集められたのだから、魔王とは関係ないのだ。

……私には関係あるけど。

かなり、深く。



「トモシビ、なに考えてるの? 貴女は魔王じゃないんですわよ?」



アナスタシアが私のほっぺを引っ張った。



「ひぇも」

「言ったでしょう? トモシビはトモシビ。わたくしの妹みたいな、変な子」

「……ひゅん」

「セレストエイム様の魔力が人間と違うって当たり前よね。同じな方が驚くわ」

「そうですよ。トモシビ様は魔王を倒す神の顕現なのですから」



そういえばそうだった。

いやクロエの聖典によると将来的にそうなる予定だった。

しかし魔王って何なのか、私はよく知らないのだ。


セレストエイムにおいて、魔王は『良い子にしてないと魔王が来て頭から食べられるぞ』などという、脅し文句によって頭に刷り込まれる存在だ。

度々、魔王領から来たと思われる魔物の侵入があるものの、正式に軍隊のようなものが侵攻してくることはここ100年以上なかったらしい。魔王の姿を見た人も、少なくともグランドリアにはいない。

数百年前の人なら死んでるかもしれないが、人外なら生きてる可能性もある。


私の魔力が人間と違うのは、たぶん異世界から生まれ変わって来たからではないかと思うのだ。

なにしろこんな″窓″を出せるのである。

クロエ達の言う通り、違って当たり前だ。

でも、それならもしかして魔王も私と同じ異世界から来た人なのかもしれない。


私にとって前世の世界は過去のものだ。私の世界はここで、私の故郷はセレストエイムなのである。

とはいえ、前世を懐かしむ気持ちはある。

だから東方の物に拘るのだ。

もし、魔王が私と同じなら一度話をしてみたいと思うのである。







部活の次の日、私たちは7人で買い物に行く事にした。

買い物といっても目的があるわけではない。ウインドウショッピングだ。

メンバーは寮組と孤児院組だ。私の状況を考えると人数は多い方が良いのだが、アナスタシア達は来れなかった。



「ねえ、クレープ食べない? お腹空いちゃったよ〜」

「あ、あそこ、新商品出したらしいですよ。タピオカクレープっていう」

「おいしそう」

「じゃあ、それ分けて食べよトモシビちゃん」

「美味しそうかな? それ」



フルーツなどの代わりにタピオカが入ってるらしい。

注文してみるとタピオカのぎっしり詰まったクレープが出てきた。

さして甘さのないグニョグニョした食感。どうなんだろうこれは。



「……歯ごたえがいいね」

「……うん」


「なんですかこれは!シェフを呼んで来なさい!」



私達ではない。他のお客さんが騒ぎ始めたのだ。

首を回して見てみると、それは誰であろう、あのエルフだった。

アルグレオ使節団御一行様だ。



「作っているのは私一人ですが、どうかしましたか?」

「美味しすぎます!作り方を教えなさい!」

「え?」

「何が、え、ですか! 栄えあるアルグレオの使者に興味を持たれた事、光栄に思いなさい!」

「教授、声を抑えてください」



目立つ人たちだ。

よく他国に来てここまで上から目線になれるものである。

ここは関係者である私が嗜めてあげるべきか。



「エルフの人」

「あら……トモシビ・セレストエイム?」

「お店に迷惑かけちゃ、だめ」

「なんですって?」

「なぜここにいる? 我々の後をつけてきたのか?」



リザードマンの一人が口から舌を出し入れしながら言った。剣呑な雰囲気だ。

というか、なんでこの人達を監視も付けず自由にさせてるんだろう。



「偶然来ただけよ。何なのあんたら? 超迷惑なんだけど」

「……教授は興奮すると周りが見えなくなる人なのよ」

「さ、騒がせてすみません、なんでもないですから」



大人達の態度を代わりに謝るヒューマン男子、それにエルフ女子……ヒュム男とエル子でいいか。ヒュム男は苦労人っぽい感じだ。

リザードマンは一頻り私を睨むと再び座って食べ始めた。



「ねえ、あーしらと戦うのってあんた達でしょ?」

「ええ、そうです」

「……どうやら自己紹介はいらないみたいね」



エル子が不敵に笑った。

いや、いると思う……けど、エル子と名付けたのでそれでいいか。

そして、彼女は小さな体を精一杯逸らしながら続ける。



「私の勇名を覚えておくといいわ。いずれ大陸を超えて全世界の頂点に立つ女の名を」



……どこかで聞いたような台詞だ。



「ほほほ、お嬢様お聞きになりましたか?」

「な、なによ、何がおかしいの?」

「おかしいも何も……」



クロエが肩をすくめた。そしてエステレアがドヤ顔で言い放つ。



「覚えておきなさい。世界の頂点とはこのお嬢様を指す言葉だという事を」

「なん……ですって?」

「なるほど、魔物らしい考えです」



と、エルフがスフレケーキを追加で食べながら話に割り込んできた。



「トモシビちゃんは魔物じゃないよ」

「その力があれば、この大陸くらいなら容易く征服してしまえるでしょうね」

「当然です」

「でも、アルグレオには私がいる。そういうことね教授?」

「え? まあそうですね……」



エルフの目が泳いだ。



「いいわ、トモシビ・セレストエイム。そんなに言うなら勝負してあげる」

「私、何も言ってない」

「表に出なさい! 一対一で決闘よ!」



エル子は自信満々だ。強いのだろうか?

私よりずっと魔力は少ないし、体格も私とそう変わらない。

勝てる……かな?



「あ、魔法はなしよ! 貴女の魔法ってすごいんでしょ? 街中でそんなのは禁止!」

「……わかった」

「と、トモシビ様、私がやるわ」

「そうだよ。魔法なしなんて……」

「大丈夫、分からせる」

「どこからそんな自信が出てくるのトモシビちゃん」



それくらいの意気込みが必要なのだ。100歩譲って負けたとしても実力を見れるなら良い。同じくらいの体格の彼女がどうやって戦うのか見てみたいのだ。



「剣と剣の勝負……で、いい?」

「剣? 魔導具は?」

「なし」

「……分かったわ」

「ディラ!」

「黙りなさい」



魔導具なんて魔法と同じだ。ダメに決まっている。

止めようとするヒュム男を押しのける彼女。

どうやら話は決まったようだ。







路上のど真ん中で私たちは剣を構える。

変わった構えだ。私達とは握りが逆である。

だが隙がない。

相手も同じなのだろう。構えたままジリジリと時間だけが過ぎる。



「トモシビ、隙だらけです。なぜ打ち込まないのですか?」



スライムが骨伝導で語りかける。

そうか……スライムは素人だからわからないのだ。

お父様も私の剣には合理があるって言ってた。だから私の見る目は確かなはずだ。



「きえーっ」



しびれを切らしたエル子が奇声をあげながら打ち込んできた。

遅い。

お父様の打ち込みを見た私には止まって見える。

私は最小限の動きでヒラリと避けてみせた。



「お嬢様! 届いておりません!」

「あの子腰が引けてるね……」



さらに体勢が崩れた彼女に向かって、剣を袈裟斬りに振り下ろす。



「んっ」



完全にもらったと思ったが……受け止められた。

そして彼女はあろうことか私の剣を手で掴んで引き寄せてきた。

反則……でもないか?

実戦に反則などない。じゃあこちらもやって良いということだ。

私も相手の剣を掴んだ。これでお互い様だ。

私が引っ張ると相手も引っ張る。私が押せば同じ力で押し返してくる。

私と五分に渡り合うなんて、この子……。



「セレストエイム様と互角なんて……」

「力でディラに勝てない人がこの世にいたのか……!」



……なんかバカにされてる気がする。

でも私たちは必死だ。



「あ、諦めなさい……!」

「やだ……!」



ギリギリと力を振り絞る。

もうお互いの刀身を掴んで、剣術でも何でもない。

んーんー唸りながら押し合う。

もう限界だ、そう思った。

その時だった。

ヒョイっと模擬刀を取り上げられてしまう。



「こらー、こんな所で喧嘩しちゃだめだよ?」



ラナさんだ。騒ぎを聞いて駆けつけたのだろうか。

何しろこの私と国賓の大立ち回りである。目立つことこの上ない。

彼女は片手で私たち2人の模擬刀を軽く掴んで持っていってしまった。



「あ、それとも遊んでたのかな? 親睦を深めてた?」

「……ええ、まあ、そんなところです」

「トモシビ・セレストエイム……引き分けね」

「ちがう、私の勝ち」

「は?」

「私はこの場所から、動いてない」



そう、彼女は私を一歩も動かすことはできなかったのだ。実力の差は明白である。



「いや、避けた時動いてたじゃない」

「……あ、そっか」



じゃあ引き分け……いや退いた以上負けでもいいか。



「じゃ、私の負け」

「引き分けでいいでしょ! なんなの!?」

「だめだよー? 仲良くしなきゃ。これから国交を結ぶんだからね」

「おい、もう終わったか?」



これまで黙々と食べていたドワーフが口を開いた。



「酒飲みに行きたいんだが、ねーちゃん案内してくれんか?」

「ね、ねーちゃん? 私のことですか?」

「良いですね。こちらのお酒にも興味があります」



使節団の興味はお酒に移ってしまったようだ。

私はしばらくエル子と睨み合ったが、やがてどちらからともなく表情を緩めた。

なんか親近感が湧いて来たのだ。

喧嘩した後は友達……かもしれない。

あっちがどう思ってるかは知らないけど。



「決着はまたの機会ね……それまではライバルよ」



そのまま彼女らはラナさんに案内させて去って行った。



「……逃げましたわ。お嬢様の勝利です」

「やったじゃん。もうライバル解消ね」

「ひ、引き分けでいいんじゃないかなぁ……」



……肉弾戦で私と互角の相手は初めてだ。

でも彼女は魔力が高いわけでもないのにどうして代表なんだろう?

魔導具技術の発達した国みたいだし、何かそういう戦い方をしてくるのかもしれない。

とりあえず、私と自称ライバルの戦いはそうして終わったのであった。



エル子ちゃんは剣技素人なのでトモシビちゃんより若干身体能力高いです。


※次回更新は20日月曜日になります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ザコ大激突 下には下がある… でもエル子の奇声が可愛くなかったので、 トモシビちゃんの勝利です
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