無敵の魔王
※12月23日、ちょっと文章手直ししました。
魔力を込める。
狙いをつける。
撃つ。
人形の胸に穴が空いた。
しかし当たった音は聞こえなかった。
隣の人形の頭部が弾け飛んだ破壊音にかき消されたからだ。
「うひゃひゃひゃひゃ!」
「次俺、次俺」
「待て、俺が手本見せてやんよ」
「……」
「集中力ですわお嬢様」
狙いをつけて……撃つ。
ビスッと頭部に着弾した。よし、良い感じだ。かなり上達してきたのを感じる。
しかし、次の瞬間、私の人形は粉々に吹き飛んだ。
「下手くそ!」
「やっべ、お嬢のやつやっちまった」
「あー、トモシビ、俺のと交換してやっから……」
「……いい、もうやめるとこ」
私は魔導銃を下ろした。
私の銃は穴が開くだけ。
一方、ツリ目の投げた石ころは大砲か何かを当てたような勢いで人形を吹き飛ばした。
この破壊力の差はなんだろう。
やる気がなくなる。
なるほど、古代に存在していた銃が廃れた理由がわかった。
今は授業中だ。
夏休み明け初日である。
人形の的を使った遠距離攻撃の訓練をしているのだが、私の魔術に今更そんな訓練は必要ない。
というわけで勝手に銃で射撃練習の時間にさせてもらったのだが……。
「銃か、久しぶりに見たのう」
先生が声をかけてきた。銃を知っているのか。
「でも弱くてダメみたい」
「そうじゃな……考え方を変えるのじゃ」
「どういうことですか?」
「弱い威力の弾が出せるなら殺せず制圧できるじゃろ? 弾を工夫し、銃身を工夫せよ」
なるほど。今は石の弾丸しか撃てないけどゴム弾みたいなのがあれば私には有用だと思う。
そうか……色々思いついてきた。
「のう、トモシビ……お主大丈夫か?」
「……全然、大丈夫」
昨日の件かな。
今日、学園に登校するとまたしても私は噂の人になっていた。
私が目を向けると逃げる。ファンというわけではないようだ。
でも幸いと言うべきか、クラスメイトは誰も気にしてなかった。むしろ人外がカッコよく見えるらしい。羨ましがられてしまったりもした。
また、当然のことながら友達の皆も私を嫌うことはなかった。散々神だとか魔物だとか冗談交じりに言ってきたので、何を今更みたいな感じだ。
「……魔物でも人間でもない。そんな存在が昔一人おった」
「なんでしょうか突然」
「黙って聞くが良い。そいつはとんでもない魔力を持っておってな。人間に怖れられ……まあよくある話じゃが、国を追われ……社会から排除されたのじゃ」
「痴漢みたいに……?」
「例えが悪すぎんか?」
最近変態ばかり相手にしてきたせいで発想がそっちにいってしまう。
でも先生の話はもうちょっと深刻らしい。
「で、そいつは北に国を作り……魔王と呼ばれるようになった。まあ何百年も前のことじゃがな」
「つまり、お嬢様が魔王の再来だとでも?」
「そう考える者もおるじゃろうな」
そういうことか。
新大陸から来たエルフやリザードマンを差し置いて、私にだけ変な目を向ける意味が分かった。
予想してなかったわけではない。
私が魔王呼ばわりされたきっかけは、魔王の配下らしき人がそう言ったからだ。もうその時点で目を付けられていたと考えるのが自然だ。
「じゃがお主は魔王とは違う。お主を知るものでお主を排除するものはおらんはずじゃ。それはお主のやってきたことが認められているからじゃ。人徳とも言える」
「人徳」
「じゃから、お主は今まで通りで良い。敵を増やさず、味方を増やすのじゃ。それが最も賢いやり方じゃ」
「……わかった」
「驚きました。まともです」
「ワシはお主らの先生じゃぞ!」
この先生はたまにこういうことを言うから侮れない。私の中で先生の評価はわりと高い。
なんだかんだで生徒を気にかけてくれるし、良い人だ。
数々のアレな言動を考慮してなお尊敬に値する人物である。
そしてホームルームの時間になった。先生はいつになく真面目な態度で話を始める。
「さて、昨日発表があった通り、我がクラスはアルグレオ国との親善試合を請け負うこととなった」
「ああ? 知らねえよ」
「そういうやつもおるから今言っとるんじゃ。試合内容は決まっとらん。双方で調整して決める予定じゃ。まさか怖気付いた者はおるまいな?」
先生はクラスを見回した。私も最前列の席から見回した。
会長やメガネ2あたりは怖気付くと思ったが、そうでもなかった。
「うむ、ワシに育てられただけの事はある。さすがじゃなワシ」
「うぜえ」
「で、じゃ。その前にこちらからもまた使節団を送る。あちらがどんな所でどんな文化があるのか、そしてどのくらい強いのか、お主らも見てくるのじゃ」
今回は私達も行けるのか。
以前から暗にやり取りはしていたそうだが、もしかしたらこれがこちらから行く初めての正式な使者になるのかな。
「行きたいやつおるか?」
「行きたい」
私は勢いよく手を挙げた。どうせ男子はやる気がない。アナスタシアは王女なので行けない。いつものように私の独壇場である。
「委員長は最初からメンバーじゃ」
「トモシビちゃんが行くなら私達も行くよ〜」
「ABクラス合わせて空きは5名しかおらんぞ」
「お嬢様チームとあとBクラス1人で決定ですわ」
「ふむ……まあそこはBクラスと話し合って決めるがよい」
エクレアはBクラスだから3:2でバランスも良い。
あとでアスラームに話しに行こう。
「あちらの使節団の帰還に便乗して行く事になる。10日後じゃ。準備しておけよ」
こんなに早くあちらへ行く機会が巡ってくるとは思わなかった。
冒険心が擽られる。
楽しみだ。
楽しみだが、昨日の件を考えると不安もある。
敵の本拠地に行くのだから。
でも行かないという選択肢は私にはない。どうしても行きたいのだ。
なんなら昨日のお返しをしてやろう。
こっちでファンを減らされたのだからあっちで増やしてやるのだ。それが良い。
先生の教え通り、それが私流のお返しである。
放課後、私達は街に繰り出した。
商店街の裏の怪しげな酒場、それが私の目的地だ。
道行く人々はこれまで以上に遠慮なく私を見るようになった。
ほとんどは好奇の目だが、たまに露骨に眉をひそめる人もいる。
私がそちらを向くとすぐに目をそらす。
……まあいいか。絡まれるわけではないのだ。無視すれば良い。
「なに見てんだてめえ」
無視できなかった。
グレンの舎弟が脅しをかけたのである。
「ひっ……」
「待てコラ!!」
「そのくらいにしとけ」
「ちっ……」
逃げる通行人を睨み続ける舎弟……名前はランドだったかな。
グレンと彼の舎弟は商店街の入り口あたりで偶然出会った。裏通りは危ないので案内してくれるそうだ。
ありがたく案内を受けることにしたのだが、間違いだった気がする。
護衛は私のチームだけで充分だ。
「ジロジロ見やがって、気持ち悪りい!なあお嬢?」
「すこし」
「ねえ、あんまり刺激しない方がよくない?」
「あっちがガン飛ばしてくるんだぜ?」
「もう着いたぞ、ここだ」
薄汚れた酒場だ。立て付けの悪いドアを音を立てて開くと、人相の悪いマスターがこちらをジロリと見た。
『ここにはミルクはないぜ』みたいなこと言いそうな出で立ちである。
「帰んな。ここにはミルクはないぜ」
言った。テンプレートである。
「自前の紅茶がございますのでご心配なく」
「営業妨害しに来たのか?」
「私のこと、知らない?」
「知らねえな。魔物貴族なんざ関わりたくもねえ」
「トモシビちゃんは魔物じゃないよ」
やっぱり知ってるっぽい。
「おい親父、うちのお嬢が困ってんだよ。頼み聞いてやってくれ」
「ああん? てめえランド、余計なもんぞろぞろ連れて来やがって」
「ここ、こいつの実家なんだよ」
もう一人のグレンの舎弟が教えてくれた。
前言撤回だ。案内を受けてよかった。
この酒場は冒険者に仕事を紹介する場所だ。騎士団の下請けもここに回されるらしい。一般からの表沙汰にできない依頼も扱ってるという噂だ。
私はそんな噂を聞きつけてやって来たのである。
「依頼を出したい」
「……言ってみな」
「私についての噂を調べて、それから……怪しい人が私について、聞き回ってたりしたら、教えて」
「ほう」
一つ目の依頼は単純だ。私について街の人がどう思ってるのか調べたいのだ。私が学園にいる限り王都で暮らすのだから、居心地は出来るだけ良くしておきたい。
もちろん迫害などは全力で防がねばならない。親善試合のためにもだ。
あわよくば積極的に良い噂を広めたい。
もう一つは私の事を狙う者の調査である。
昨日の魔物宣言がどういう意図で行われたものかははっきりとは分からない。
ただ、もし私を排除しようという目的なのであれば、これからも私を狙う可能性がある。
さらに魔王と似た体質であるなら、魔王方面からも何かあるかもしれない。最初に私を魔王呼ばわりしたカサンドラなる女性も気にかかる。
どうやら私は敵が多いらしい。
ただでさえ狙われやすいのだ。これからはさらに用心しなければならない。
「いいだろ、金は?」
「こちらに」
「充分だ。魔物のくせに金だけはありやがるな」
「魔物じゃねえって言ってんだろ。ああ、あとその噂してる奴がいたら訂正しといてくれ」
「なんだグレン? お前らいつからそのお嬢様の手下になりやがった?」
「こいつはうちの委員長なんだよ。悪評立てられちゃたまったもんじゃねえ」
「ふん……ま、覚えといてやるよ」
「ありがと」
助かる。
こういう所に顔が効くのは便利だ。彼らがいてくれて良かった。
さて、次だ。
この酒場だけじゃ心もとない。ここは王都の裏の部分。表の部分からも攻めなくてはならない。
私たちはグレン一味と別れて商店街に向かう。
『ゴールドマン・ファミリー』という名のお店だ。
新しいお店である。私が里帰りした頃に開店したらしい。
「いらっしゃ……親友!」
「アイナ」
私が手を振るとアイナが走り寄って来た。
ちゃんと働いていたようだ。
なんか小綺麗になってる。田舎娘の服ではなく、ショップユニフォーム的なものを来てる。
「遊びに来てくれたのか!? よし!今日は店仕舞いだ!」
「ちょっとまって! 勝手にお店閉められたら困るよ」
奥からヨシュアが出てきた。彼もショップスタッフをしていたようだ。
丁度良い。
「やあ、トモシビお嬢様……その、大変だったね」
「……2人とも私の事、怖くない?」
「怖いなんて……! 僕は君が小さい頃から知ってるんだよ?」
「なんだと! 私はもっと昔から知ってるぞ!」
まあ私を知ってるだけなら地元民だったアイナの方が早いのかな……。
やっぱりこの2人は信頼できる。
「商店街で、私の噂とかされてない?」
「ああ……されてるけど良い噂だよ? 金払いの良い美少女だって」
「昨日の事で、変わったりはしておりませんか?」
「私達も広場で見てたけど、みんなあの使者の方に怒ってたぞ?」
「うん。よそ者がデカイ口叩くなってね」
「そっか」
問題なさそうだ。
あのエルフの態度が悪かったのも幸いしたようだが、そもそも一般市民は魔王についての知識があまりないのかもしれない。
「私の悪い噂聞いたら、教えて」
「悪い噂なんて流してるやつがいたら私がぶん殴ってやるよ!」
「殴らないでその人を覚えて、できたら、素性を調べてほしい」
「よし、まかせろ!」
「……」
息巻くアイナ、対照的にヨシュアは考え込んだ。
この頼みは聞きにくいのだろうか。
何しろ彼らは客商売だ。
お客さんの情報を調べたり流したりしてるのがバレたら信用問題になるかもしれない。
しかし私にとっては死活問題だ。そこを曲げてお願いしなくてはならない。
「ヨシュア……お願い」
「……分かった。祖父にも頼んで他のショップにも通達してもらうよ」
「いいんですか?」
「トモシビお嬢様に味方した方が利益になると思う。祖父も賛同してくれるんじゃないかな」
良かった。
私がお礼を言うと彼は照れた。相変わらずだ。
どうやら私の味方は多かったようだ。
貴族方面はアナスタシアとアスラームに頼めばなんとかなるだろう。
騎士団にも頼んでみよう。総司令も治安部隊もたぶん私の味方だ。
自分で言うのもなんだがすごい人脈だ。
これは人徳……なんだろうか?
冒険者のおじさん風に言うなら人を誑かしてきた成果のような気がする。
いずれにせよ、私はこの半年で王都でも有数の有力者になっていたようである。
なるほど、今まで通りで良いのか。
敵を増やさず味方を増やす。これまでもこれからも私は私であれば良いのだ。
ここまで読んで頂いてありがとうございます!
章の途中なのですが、一旦お休みして書き溜めます。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
再開は1月中旬くらいだと思います。
よければまた暇すぎて何もすることがない時にでも見ていただけたら幸いです!




