お酒は飲めません
※11月1日誤字修正しました。ご報告感謝です!
授業後のホームルームの時間だ。ヤコ先生が教壇で皆を見回す。
「皆も見ておった通り、昨日今日と続く騒ぎは様々な要因が絡んで起こった事故じゃった。じゃが原因の一つは間違いなくワシの力不足じゃ」
「ま、あの様じゃな」
バルザックが全く悪びれることもなく茶々を入れた。
「やかましい!ワシが本気を出せばお主など触れる事も出来ぬわ!」
「へーそりゃおもしれえ、出してみろよ」
「ぐぬぬ……今は無理じゃ。事情があって本気を出すにも許可がいるでな。しかし今回その許可を申請しておいた」
力を制御できないとかそういう理由なんだろうか。そそっかしい先生なのであり得る話である。
「ほんとかよ」
「何とかに刃物だな」
自分達を棚に上げて言ってはいけないことを不良二人。
「ぐぬぅ……で、じゃ!貴様らは後で必ず後悔させてやるとして、お主らの有り余るエネルギーを発散させる機会をやることにした」
そう言って壁のマジックボードに魔力を通すヤコ先生。
これはホワイトボードのような見た目をしているが魔力で文字を書くことができる魔道具なのだ。
そのマジックボードに文字が現れた。
『城外活動部』
「皆知っての通り、この王都は城塞で囲まれておる。お主達子供だけでは街の外に出る事ができん。なぜかわかるか?」
「魔物がいるからですわ」
「そうじゃ。街道周辺はまだましな方じゃが、それでも危険区域は多い。保護者同伴でないと外出許可さえ出せぬ」
ここ、王都周辺は森などを避ければ魔物の数は少なく、街道沿いには小さな農村などがあったりもする。
ちなみに我が故郷セレストエイムには北にだけ城壁がある。魔王領と接している部分だ。
「しかしお主らの実力ならその辺の弱い魔物くらいは倒せると見た。ワシが同伴するという条件付きじゃが、外で活動する許可をもらってきた」
「活動って何するんだよ?」
「主に騎士団の下請けとかじゃな。ほれ、冒険者とかいうやつらがよくやっとるじゃろう?」
街の生活は街の中だけで完結できるわけではない。狩猟採取、街道整備、色んな事情で外に出る必要があるのだ。民間人を守るのは騎士の仕事であるとはいえ、その全てに関わってはいられない。そんなわけで騎士団は簡単な仕事を民間で募集してやってもらうシステムを作ったのだ。
定職に就かずそんな仕事を請け負って生活を立てる人々はいつしか冒険者などと自称し始めた。要するに腕自慢の無職である。そのため基本的にガラが悪いと聞く。
「金も入るし、良い経験になるじゃろう。どうじゃ?やってみぬか?」
「どーしてもって言うなら仕方ねえな」
「俺はそんなに暇じゃねえ」
口の割に楽しそうなバルザックに対して、グレンは難色を示した。
「馬鹿者、お主らは強制じゃ!何のために作ったと思っておる。それからアナスタシアとトモシビもじゃ」
「ええっ、私達も?」
「当たり前じゃ。お主らもこやつらに対抗するつもりだったんじゃろう。ならば経験を積む事じゃ」
楽しそうだし良いんじゃないだろうか。
私は肯首して返答した。
「主な活動は休日になるじゃろう。放課後からじゃと日が暮れるてしまうでな。
興味のあるやつらは今週の土曜日正午に大聖門前広場の噴水に集合じゃ。とりあえず体験入部じゃな。一応部活動なので他のクラスにも声をかけてあるが、無論喧嘩はするでないぞ」
「結局それかよ」
「どっちが早く仕事をこなしたとかで競えば良かろう。どうしても対人戦がしたいなら授業で模擬戦をやるので待っておれ」
では解散、と言ってヤコ先生は教室を出て行った。
私が行くならエステレアも来ると思うがフェリスはどうだろう?
「私もやるよ。お小遣いも稼げるし」
良かった。
王女であるアナスタシアが行くなら彼女の派閥全員で警護するだろうし、グレン一味も人数多そうだ。バルザックの人間関係は知らないが、そう考えるとクラスの半分以上は参加すると思う。
クロエは……来ないだろうか?
一人ポツンとこちらを眺める姿を思い出す。
その姿が″俺″に重なって見えた。
ハードな二日目が終わり、放課後となった。私達は朝約束した通りに皆で商店街に行こうと席を立った。その時である。
「あ、あの……」
控えめに声をかけてきたのはクロエだった。
しかしそれきり俯いて黙り込んでしまう。
「?」
「どうされましたか?」
答えない。
そういえば今朝グレンがなんか言っていた。ひょっとして彼に脅されたとかだろうか……?
言い難いなら無理に聞く必要はない。
仲良くなってから聞けば良いのだ。とにかく機会を作るというのは本当だったらしい。この機を逃さず畳み掛けてみよう。
「今から皆で商店街行くから、一緒に行こ」
「え……?」
「話があるならそこで聞くとお嬢様は仰っております」
「他に予定ないなら」
「あ……な、ない……です」
なんか物凄く怯えてる。一体グレンはこの子に何をしたのやら。
それでもモジモジしてるので、手を繋いで引っ張って行くことにする。それを見たフェリスが目を輝かせた。
「わぁ、私も私も」
「では僭越ながら私も」
フェリスがクロエのもう片方の手を取った。さらにエステレアがここぞとばかりに私の手とフェリスの手を取る。
そうして四人で輪になり、きゃいきゃいぶつかったりしながら歩く私達をアナスタシアは苦笑しながら見ている。
「危ないですわよ」
だが少しクロエの表情が柔らかくなった気がする。
「クロエも行くって」
「私は別に……」
「行かないの?」
「い……行かないとは……!」
「もう、さっさと行きますわよ!」
この期に及んでまだ煮え切らないクロエにアナスタシアは痺れを切らしたようだ。
先導して教室を出て行く彼女の後を輪を解いて追う。私はクロエの手を引っ張りながら後に続いたのであった。
私達は今、クレープ屋でテーブルを二つ繋げて囲んでいる。
7人座れるテーブルがなかったので勝手にくっつけたのだ。
私が食べているのは中にティラミスっぽいクリームが入っているもの。
材料にメレンゲを使っているらしい。普通のティラミスより生クリーム感が高い。
ティラミス好きの私をも唸らせる逸品である。
フェリスが食べているのはボリュームたっぷりのフルーツの入ったもの。
「トモシビちゃんのちょっと食べていい?」
「いい」
「じゃあ私のもあげるね」
一口貰おうとして見慣れない果物が入ってることに気づいた。見た目はスライスした桃のような感じだが色が黒い。その部分を食べてみることにした。
「?!」
これは……ブランデー?
私は味わったことがない刺激、しかし″俺″の記憶がアルコールの味だと告げている。
「あ、それドライアードの実なんだって。変な味だよね」
これ、まずいかも。味の事ではない。体が熱くなってふわふわしてきた。頭の内側が痺れるような感じ。これはまさしく酔った時の……。
「大丈夫?! 顔真っ赤だよ?!」
「お嬢様!」
フラつき始めた私をエステレアが抱きとめた。
「アルコール入りのドライアードの実ですわね。お酒を飲ませて育てることで作れるとか……」
「私のお父様も好きでよく食べてるよ」
そういえばドライアードは食べた物の成分を実に貯めると聞いたことがある。
「でもクレープにお酒混ぜるなんて、いいの?」
「これはアルコール0.01%未満とあるので法律違反ではないようです」
「フェリス、注意書きを読んでなかったんですのね」
「う……ごめんね」
謝られた。でもフェリスのせいではない。私のアルコール耐性が低すぎたのだ。私自身すら知らなかったことだ。
何か言おうと思うが、それより何より眠たい。このままエステレアに体を預けて寝てしまおうか。
「なんてこと……お嬢様が苦しむお姿に私、胸がキュンキュンいたします」
「胸が痛むとかではなくて?」
体が浮き上がる感じがする。
エステレアが私を持ち上げたのだ。膝裏と首筋を持って、私の手を自分の首に回させてる。
これはひょっとしてお姫様抱っこ?
エステレアの手つきにどこか身の危険を感じて目を開く。
「お嬢様は私が介抱いたしますので、皆様はどうぞショッピングをお続けください」
「ええっ、私が悪いのにそんなのできないよ!」
「トモシビの意見、聞きたかったんだけどなぁ」
「尊い……」
「えっ?」
ん?
突然言葉を発したクロエに皆が注目する。
「……違います。ここは私に任せてください」
何が違うのかは分からないが、クロエは私の額に手を置いて何かブツブツ唱え始めた。何か温かいものが流れ込んでくるのを感じる。
「これって、神術?!」
眠気が消えて、意識が鮮明になっていく。さらにクロエは頭に手を置いたまま私の下腹部、臍の下あたりに手を当てる。
「ぁ……」
吸い出されてるような感覚。
温かいものは頭から入り、体の中を通って下腹部から出て行っているようだ。
くすぐったいような痛いような感覚がだんだん痺れたようになってきて思わずエステレアの腕の中で身悶えしてしまう。
気持ち良い。それも危険なくらい。
「わぁ……」
「なんか……」
見守る皆の表情が気まずい感じになってきている。
これ以上公衆の面前で辱められるわけにはいかない。
クロエの手を退けようとするが力が入らない。
しかし次の瞬間、出し抜けに全ての快感が消えた。
「……もう良いのではないでしょうか?」
エステレアが私をクロエから引き離したのだ。彼女は心なしか厳しい目でクロエを見ている。
「エステレア……」
「お嬢様、お加減はいかがですか?」
小さく頷く。
助けてくれたようだ。治療から助けるというのも変な話だが。
今日のエステレアはちょっとだけ横顔が凛々しい、気がする。
「下ろして」
ちょっとふらつくが、アルコールはもう残っていないようだ。
クロエはバツの悪そうな顔をしていた。
「ご、ごめんなさい。私下手くそだから、変な感じになっちゃうみたいで」
「別にいい。ありがと」
わざとじゃないなら仕方ない。というか神術にも下手とかあるのか。
神術は神に祈ることで奇跡を起こす魔法だ。魔法陣を論理的に組み立てて効果を発動する魔術とは原理が異なる。
「貴女、教会のシスターだったんですの?」
「たしかに私は神官ですけど、正教会の所属ではありません」
「え? それって……」
「勘違いしないで下さい、聖火教です」
異教徒か。
王都では正教会のみを国教としているが、異教徒には比較的寛容だ。布教は認めていないが無理に改宗を迫る事もない。
ただし異端は別だ。異端とは正教会と根っこは同じでありながら別の解釈をする者達である。立場上、正教会と対立する事が多いらしく、正教会はその存在すら許してはいない。
クロエがすぐに否定したのはそのためだ。
ただし、異教徒も決して良い顔はされない。積極的に広める事はなくても、交友関係からふとした拍子に広まる可能性もある。他宗教の国と外交する必要がある以上弾圧するわけにはいかないというだけで、潜在的な脅威には変わりないのである。
「たしかに学園は正教徒のみという決まりはありませんが」
「でも教会からの寄付で経営しているのに、異教徒でも入れるものなのかしら」
「内緒で入ったんです! だから放っておいてって言ったのに!バレたら追い出されるかもしれない……!」
そういうことか。ましてやアナスタシアは王女である。異教徒を近づけるのは問題だろう。
そもそも何の目的で身分詐称してまで潜り込んだのか、客観的に見て怪しい話ではある。
しかし、ここに一つの事実がある。
「でも私を助けてくれた」
「そうだよね。助けなければバレなかったのに」
「むしろ自分から白状されました」
悪人ではない。クロエは信じるに値すると思う。
「そうですわね。悪い子には見えないし、私達が秘密にすれば良い事ですわ」
「アナスタシアがそう言うならいいんじゃない?」
「ありがとうございます……」
誰も異論ないみたいだ。これで一件落着である。
そろそろ、店に行こう。
せっかくだからクロエもお洒落を楽しんでもらいたい。
「じゃあ行こ」
「は、はい」
声をかけたものの、クロエはまだ怯えているように見える。まだ一つ気になることがあった。
「クロエちゃん。トモシビちゃんにだけオドオドしてる」
そう。さっきまでは普通に話していた。クロエのこの態度は私に対する時だけなのだ。
「い、いや、私は」
「姫様にすら普通でしたから、単なる貴族に対するものとは思えませんね」
「まさかお嬢様に隠し事をなさるおつもりですか?」
「そ、そんなつもりじゃ……!」
エステレアが意味不明な脅しをかける。だがどういうわけかこれが効果覿面であったようだ。クロエは意を決したように語り始めた。
「……トモシビ様は聖火神様だからです」
これって未成年の飲酒描写とかになるんでしょうか?
アルコール度数とか書かなかったら、実在しないファンタジーアイテムにやられただけなので大丈夫そうですけどね。
ちなみに出てくる宗教も実在の人物や団体などとは関係ありません。