私は何者か
夏休みの最終日、アルグレオからの使節団はついにやって来た。
街は厳戒態勢が敷かれ、大通りにはパレードを一目見ようと集まった民衆で溢れた。
すごい賑わいだ。街中の人が集まってるのではないだろうか。
私はお城の塔の上からそれを見ている。
「緊張してるかい?」
「……ちょっとだけ」
隣にはアスラームがいる。
どうやら私達は今日一日セット運用されるらしい。
彼は学園の制服を豪華にしたような感じの正装で身を包んでいる。
私もそれの女子制服バージョンだ。元々軍服ベースのワンピースジャケットだったので、社交界の煌びやかなドレスというよりはクールでカッコいい感じだ。
ちなみにこの服はアスラームが用意してくれた。お揃いなのはあれだけど、ドレスより動きやすいし刃物も通さないのでありがたい。
「大丈夫、誘いは全部無視してくれていい。僕がうまく断るからね」
「……ん」
「それに君の友達はちゃんと側で警護してくれるはずだよ」
分かってる。
私のチームの皆は私の護衛についてくれる手はずになってる。
彼女達は治安部隊に許可は貰っているが正式な護衛ではないので、始まったらどこかで見守っていてくれるはずだ。
ちなみにエステレアだけはイカクラゲの皮で透明になってここにいる。
「あれ、なに?」
私が指差したのは噴水広場の噴水があった場所に設置されている大きな円形の装置だ。
「……あれはあっちの技術だ。ここで起こった出来事を離れたところから見ることができるらしい。あの魔導具で」
テレビ中継のようなものか。
かなり魔導具技術の発達した国家のようだ。そしてそんなものを見せつけてくるという事は、あちらでは大した技術ではないという事だろう。
そして大した技術ではないということをアピールすることで自分達の力を誇示しているのだ。
脅威である。
「……彼らは確かにある面ではこちらより優れたものを持っている。でも心配ない」
「……どうして?」
「こちらも彼らにないものがあるからさ」
アスラームは意味ありげに笑いながら、私の肩にゆっくり手を回してきた。
背後からギリっと歯ぎしりが聞こえる。
そしてその手が肩に触れ……ることはなかった。
塔の転送機が起動したのだ。
現れたのはメイだ。
「お二人とも、そろそろご準備をお願いいたします」
「……分かったよ、行こうか」
「ん」
使者の乗る馬車が到着したらしい。私達とステルスエステレアは階下へ急いだ。
謁見の間、貴族たちがずらりと並ぶその末席に私達は加わった。
奥の王座に王様が座り、その左右に王妃様とアナスタシアがいる。アナスタシアがこっちを見て微笑んだ。私は小さく手を振った。
アスラームがこちらを見たのですぐにやめた。
アナスタシアが笑いを堪えている。
これまで知られてなかった別の大陸、別の文化、別の人間。
アスラームは緊張するなというが無理な話である。
それは前世から異世界人を見るようなものだ。知的好奇心を刺激される。
……しかし、遅い。
いつ来るんだろ?
たっぷり10分ほど待たされた後、謁見の間の豪華な扉が開いた。
そして現れたのは……トカゲ?
服を着てる。
トカゲの獣人……だろうか。そんなものは見たことがない。
リザードマンと言った方が通りが良いだろう。
2人のリザードマンはいかにもトカゲちっくな動作で舌をチロチロだして周囲を睥睨する。
時間をかけてねっとりと。
なんか……威圧されてるみたいだ。
やがて満足したらしいトカゲ2人が左右に道を開けると、その後ろから美しい女性が現れた。
金髪で背が高い。そして耳が尖ってる。
エルフだ。おとぎ話に出て来るエルフ。
エルフはこの世界でも空想上の存在だと思われてきたのである。
でもそうじゃなかった。
その後ろに続くのは、さらにエルフ、ヒューマンに背の低い髭面、たぶんドワーフ……またエルフ、ヒューマン。
すごい。
ファンタジーのパーティーだ。最後尾のエルフヒューマンの2人は子供である。もしかして、私達の対戦相手かもしれない。
エルフは優雅に国王の前まで進み出て、立ったまま悠然と相対した。
「アルグレオの使者として参りましたマリア・デ・ロス・レメディオスと申します」
淡白な挨拶である。名前が長いのでエルフと呼ぶことにしよう。
「グランドリア王国国王ヴィクター・グランドリアだ。海を隔てた地の友邦と親交を結べることを嬉しく思う。早速だが、ささやかながら歓迎の宴を用意した。どうか楽しんで行ってほしい」
「ありがとうございます」
エルフは張り付いたような笑顔で短く礼を述べた。
アナスタシアの案内で謁見の間から出て行く一団を見送ると、貴族たちはざわざわ喋り始めた。
「なんだあの態度は、一介の使者が国王に対して」
「それよりあのトカゲ人間は何事だ? まるで我らを……」
「静かにせよ。文化が違うのだ。そういうこともある」
王様が騒ぎを沈めにかかる。
私の目から見ても無礼な態度だったと思うが、人の良い王様だしいちいち目くじらを立てるものではないのかな。
ちょっと気分を害した私にアスラームが囁く。
「気にしなくていいよ」
「どうして?」
「どうせ今は探り合いだ。ストレートに傲慢な方がやりやすい。単純な相手さ」
「……なるほど」
よく分からないけど、そういうものかな。
まあ、それは深く関わっていけば分かることだろう。
愚痴も早々に切り上げて、バラバラと貴族たちが移動して行く。
その一人、壮年の男性が私達の前で立ち止まった。
軍服を着てる。騎士団関係者だ。
「トモシビ・セレストエイムさんだね、噂はいつも聴いている」
「僕の父上だよ。会うのは初めてかな?」
「はじめまして……トモシビ・セレストエイム、です」
「アスラームの父、ハンニバルだ」
ならこの人が騎士団の総司令か。戦争が得意そうな名前だ。
カーテシーをする私を息子そっくりのスマイルで見ている。
「もっと砕けてくれても構わんよ。何かあればいつでも気軽に私かアスラームを頼るといい」
「ありがと……ございます」
「奥ゆかしいお嬢さんだ。アスラーム……彼女を頼むぞ」
「お任せを」
アスラームのやけに様になってる気取ったお辞儀を受けて父親は去っていった。
やっぱり……偉い人と会うのは苦手だ。
私もわりと傲慢な人間だからかな。
でも、これからまた敵陣に突入だ。深呼吸して気合いを入れ直す。
向かうはダンスホールである。
そこがパーティー会場なのだ。
お城のダンスホールは黄金色に輝いていた。金箔だろうか? 壁からなにから黄金色と白で塗られており、絵画まで明るい色合いで統一されている。
それらを昼間と見間違うばかりの眩い照明が照らしている。
壁には美しく着飾った女性達が男性の誘いを待っている。
壁の花というやつだ。ただ彼女達はダンスよりも奥の方を見て楽しんでいるらしい。
奥の壁には例のテレビ中継装置が設置されており、そこからホログラムのように映像が飛び出ている。
このホールの様子を映し出しているらしい。
すごい技術だ。
二階部分は吹き抜けテラスになっており、会場全体を見下ろすことができる。
王族と使者たちはそこにいるようだ。
「やるべき事は使者への挨拶だ。それが済めばもう退場して構わない」
「わかった」
「できれば一曲くらい付き合って欲しいけどね」
……踊るくらいは良いかな。ヨシュアとも踊ったのだ。貴族的にはよくある話だ。今更である。
「もしやセレストエイムのお嬢様では?」
「あ……」
「申し訳ないが急ぎますので」
声をかけてくる人を無視して、テラスに上がる。
「来ましたわね」
「おお、トモシビ嬢。アスラーム君も」
国王一家が歓談をやめてこちらを見た。
テラス席にはバレーボールほどもある眼球が浮かんでいる。
それがぎょろりとこちらを向いた。
……本物ではない。
眼球型の魔導具のようだ。悪趣味である。
先ほどのエルフが興味深そうに私を見た。
「……こちらは?」
「アスラーム・バルカ君に、トモシビ・セレストエイム嬢だ。魔法学園の代表として来て貰った」
私が親善試合をするということは言ってあるのだろうか?
礼をする私達を面白そうに、どこか歪んだ笑顔で見ているエルフ。
「グランドリアでは魔物が学園代表なのですか?」
彼女は私達の礼に応えることなく、王様に向かってそう言った。
確実に私の事を言っている。
横目でこちらを見ている。
「……どういう意味かね?」
「こちらのお嬢さんは明らかに魔物の類です。ご存知ではなかったのですか?」
……やっぱり、と思った。
私自身そう考えていたのだ。こんな体質の人間がいるだろうか。
変なセラムだとか、変な髪の色とか、どう考えてもおかしい。
いつか指摘される日が来ると思ってた。
私の手を誰かが握った。見なくてもわかる。エステレアだ。
「無礼極まりないですわ。彼女はわたくしの友人で家族ぐるみの付き合いがあります。出自も明白です」
「魔物に変異した人間なのでしょう。そのような魔物も多く存在します」
「……もし仮にそうだとして、法律上彼女は人間だ。何一つ問題はない」
「問題がない? このグランドリアは先日も巨大な魔物の襲撃にあったと聞きますが?」
楽しそうに大げさな身振りを交えて演説するエルフ。
その目線は目玉魔導具を見ている。
……そうか、あれがカメラだ。
私の正体をカメラで暴露しているつもりなのか?
何のために?
分からない。
いや色々と思いつくが、おそらく私を陥れようとしている可能性が高い。
人攫いなどは警戒していたが、まさかこういう形でくるとは思わなかった。
気付けば音楽は止まっていた。
蜃気楼みたいに浮かんでいるホログラム映像はこのテラスの様子を映し出している。
会話も拡散されてこのダンスホールにも響き渡っていた。
階下の貴族達は全員私達の様子を見ている。
「魔物は人を食料とします。それが本能です。彼女もいつ目覚めるか」
私自身ですら魔物ではないかと思っていたのだ。
思っていた……が、それは過去の話だ。
私はエルフにツカツカと歩み寄り、魔導具目玉の前に立った。
「私は魔物じゃない。証拠がある」
「トモシビ……?」
私は目玉を通じて王都市民に語りかける。
「だって私は魔物のお肉を食べても、一ミリも、大きくならなかった」
いつか指摘される日が来ると思ってた。
だから私は考えていたのだ。自分が魔物か否か。
私は魔物ではない。
魔物は魔物同士で食い合って大きくなる。
でも私はシーゴブリンの眼球を食べようがマンティコアを食べようが何の影響もなかった。ましてや人間など誰が食べるものか。
「だから人間を襲う理由なんかない」
「魔力が違います。ヒューマンでも獣人でもない」
魔力……?
魔力なんていつ調べたのだろう?
私の作ってるシーカーのAR魔力分類システムみたいなものがあるのだろうか。
「学園は入学前に身体検査があります。彼女は魔物ではありませんよ。魔力で変質した器官がありませんから」
アスラームが鋭く反論した。なぜ彼が私の身体検査の結果を知っているのかは分からないが、今はそれは良いか。
「……どうやら使者殿はトモシビ嬢の人間離れした美貌で勘違いをされたようだな」
「かわいくてごめん」
「……」
私は最後にそう言ってカメラの前から退いた。
大勢に対して喋るのに全く緊張しなかったのはカメラ越しだからかもしれない。
この撮影機材くれないかな。
定期的に配信してファンを増やすのだ。
王様がコホンと咳払いした。
「あー……ではこれからアルグレオ国の正式発表に移りたいのだが、まだ何かあるかな?」
「……いえ、失礼しました。貴国の安全を考えての言、お許し下さい」
エルフは意外とすぐ引き下がった。
……引き下がった、のかな。
私に謝ってないし……。
まあいいか。
ダンスホールの音楽が再開された。
王様はカメラに向かって演説を始めた。
新大陸の事とか、同盟国になるとか、そういう話だ。
私はギョロギョロ動く目玉カメラを観察する。
AIでも搭載してるのだろうか? 私の魔導人形は魔力で命令できるが、誰か操ってる人がいるのかな?
シーカーを起動する。
その透明な″窓″越しに見てみるとまるで電子回路みたいに魔力が動いているのがわかる。
そのままエルフ達にシーカーを向けてみる。
「……ふ」
「?」
勝った。
エルフのくせに魔力が低い。うちのクラスに来ても最低レベルだろう。
他も……一般人並み。
子供2人はエルフくらいある……それに魔力が動いてる。このヒューマンの男子が操縦者か。
王様の演説が続く中、アスラームが私に手招きした。
「そろそろ行こう」
「分かった」
階下に降りると、貴族たちの目が私を出迎えた。
必ずしも嫌悪の目ではない。
興味、憐憫、それに怖れ……色々だ。
うまく反論できたと思ったが、やはり少し不信を芽を植え付けられてしまったらしい。
無理もない、あそこまではっきり人外と言われてしまったのだ。
話を総合すると私は魔物でも人間でもない珍獣という事になる。
……リザードマンとかエルフとかを目の当たりにした状況で、なぜ私だけこんな目を向けられなくてはならないのだろうか。味方だから?
「もう帰るといい。ダンスはまた今度の楽しみにとっておくよ」
「……うん」
ありがたい気遣いだ。
アスラームはそのまま城門までエスコートしてくれた。
そして待機していた馬車にチップを渡す。エステレアが透明化を解いて乗り込んだ。
「お嬢様……」
「大丈夫」
私自身は人外宣告された事にショックはない。
私は私である。
もう自分が何者かなんて、つまらない事で動じる私ではない。そんな問いは入学前日に終わらせているのだ。
自分が特別だろうが普通の人だろうが、私が行く道には一ミリも影響はない。
……ただ王都住民の反応はやはり気にはなった。
あの貴族達の目を考えるとやっぱり何かしら思うところはあるのではないだろうか。
有名になるのは望むところだが、こんな形になるとは思わなかった。
そういえば、獣人は全部哺乳類ベースです。
リザードマンはリザードマンですね。
※次更新したら申し訳ないのですが書き溜めに入りたいと思います。




