初めてのおつかい
※8月21日誤字修正しました。
「メイドにとって最も必要なものは?」
「愛……ですかね」
「呼吸ではないでしょうか」
「め、メイド服?」
「答えはお嬢様です」
エステレアがクロエとスライムとエクレアにメイド教育をしている。
フェリスとお茶を飲みながら眺める私。
エステレアはスライムもメイドにする気なのだろうか?
私はメイド服を着た肉塊を想像してみた。
……意外と可愛いかもしれない。
「ではメイドに必要なスキルは?」
「見て見ぬ振りのスキル……ですかね」
「カリフラワー処理スキルです」
「てか私メイドじゃなくない?」
「先が思いやられますね……答えはお嬢様察知スキルです」
……エステレアは気付いていないようだが、スライムは余計な事を言ってしまった。
私が食事に出されたカリフラワーをこっそりスライムに食べさせているのがバレてしまう。
「お嬢様、カリフラワーなら最初からバレバレでございます」
「……そっか」
「トモシビちゃんあれ隠そうとしてたの?」
……しかし、それはともかく後ろ向いたままで私の考えを読むエステレアはすごい。言うだけのことはある。
「なるほど、これがトモシビ察知スキルなのですね」
「何をどうやったら心まで察知できるようになるの?」
「私は境地に達していますから」
エステレアは大威張りである。私としてもエステレアになら読まれてもいいか、という感じなので特に困る事はない。
「ではこれから実習に入ろうと思うのですが」
「本番ですね、楽しみです」
「そこで……お嬢様のご協力を仰いでもよろしいでしょうか? どうしても必要なのです」
「? わかった」
よく分からないけど、暇だった私は二つ返事で了承したのであった。
そんなわけで私は今商店街に来ている。
一人でだ。
なんでも私の行動パターンを読む訓練だそうだ。彼女らが具体的に何をしているのかは私は知らない。
とにかく私は言われたものを買ってくるだけだ。
「ハーブ……野菜……魔導具」
ハーブから買おうか。野菜は重くなるから最後にすべきだ。私って頭良い。
実は私は一人で出歩いた事なんてない。外出するときは常に側にエステレアがいた。
そんなわけでこれがいわゆる初めてのおつかいである。
前世の記憶があるから平気でいられるが、なかったら心細かったかもしれない。
治安は悪くないとはいえ、児童を一人で買い物させるのはここでは非常識とされる。
しかし私は先日誕生日パーティーをして13歳になったのでもう児童ではない。
一人で出歩いて大丈夫なのだ。
「お嬢ちゃん可愛いね、何歳?」
早速、商店街の手前で謎のおじさんとエンカウントしてしまった。
もうこの時点で声かけ事案である。
「13歳」
「13歳かー、何してるの?」
「おつかい」
「えらいねー、おじさんそういう健気な子めっちゃ好きよ」
おじさんはしゃがみ込んで私に目線を合わせた。
……これは不審者の可能性が高いと思う。
いかに私が治安部隊の姫でも街中で危険な魔法を使えば逮捕されてしまう。
しかしだからと言って私は無力ではない。いや、こんな体だからこそのやり方があるのだ。
私はピンクの防犯ブザーの紐に指をかけた。
「おじさん、ロリコン?」
「ちょっと待って!怪しいものじゃないよ!それ鳴らすのはやめてね!」
「鳴らすと、どうなるの?」
「おじさん社会的に死んじゃうからね! あっ、紐弄ばないで!」
「死んじゃうの?」
「な、何その顔!? わかったから、もう行くから!」
これが防犯ブザー、無敵の力だ。
おじさんの痴態を見て満足した私は再び商店街へ歩を進めた。
「見てたぜ嬢ちゃん、大人をからかっちゃいけないなあ」
またである。
エンカウント率が高すぎる。横合いから声をかけたのは薄汚れた服装のニヒルな笑みを浮かべた男、この人はたしか……。
「……?」
「モリディーニだよ。ほら、部活で一緒だったお兄さんだよ」
そうだった。部活のときの冒険者で、あのおじさんじゃない方のおじさんだ。
私はブザーの紐に指をかけた。
「俺も!? 知り合いだろ!?」
「でもエステレアをナンパしてたから」
「あれはメイドさんの胸が……違う!嬢ちゃんには興味ないんだ!」
……本当だろうか?
エステレアと私は約2歳しか違わない。14歳はナンパするが13歳には興味ないなどと力説されても、どこに説得力があるというのか。
それに私に興味ないというのもなんだか面白くない。
「やれやれ……見るからに物騒だからエスコートしてやろうと思ってね。どこに行くんだいリトルレディ?」
「ハーブのお店」
悪い人ではないのだろうが、性欲に支配された男というものは理性を捨ててしまうことも多い。
この人もそうならないとは限らないのである。
私の隣に並んで歩く彼に、私はちょっとカマをかけてみることにした。
「ふぅ、あっつい」
「な、何だい突然? 棒読みで」
上着を脱いで薄着になってみる。
私の白い肌が露わになった。
チラリと見ると、案の定彼は見惚れている。
さらに髪の毛をまとめてポニーテールを作る。これはうなじや腋などを積極的に見せてフェロモンを振りまく荒技だ。あまりに劣情を煽りすぎるので校則で禁止されることすらあるという。
後ろ手にまとめつつ横目でチラリ。
見てる。食い入るように見てる。
この情欲に滾った目。子供を見る微笑ましい目線ではない。
「……ここまででいい、ありがと」
「ん……んん、そうかい? 気をつけてな」
やっぱりこの人も私の魅力には逆らえなかったようだ。だが責めはすまい。全ては私が可愛すぎるが故の罪である。
「お嬢様!帰ってきたの?w」
「うん」
ハーブの買い物を終え、魔導具屋に入ると、店員をしていたオタの目が輝いた。ここは彼の家なのだ。
「お茶を入れるよ、好きだったよねお茶w」
「すぐ行くから、大丈夫」
「待って! 魔導具! 一つタダであげるから!w」
……私を引き止めたいのだろうか?
たぶんまた踏んでほしいとか言われるんだろうけど、待つだけでぽんぽん魔導具を渡されても困る。
まるで私がオタの気持ちにつけこんで貢がせてるみたいではないか。
「……そんなの貰わなくても、いてあげる」
「え、いいの?w」
「貴方はなに?」
「豚ですw」
「私の臣下、ちがう?」
「ッ……もちろんそうだよ!!」
オタは目を輝かせて喜んだ。
彼は以前、私が魔導具委員に任命したのだ。勝手に作った役職だけど、私が委員長なので彼は臣下……だと思う。
私のものになりたいなんて言うから臣下の礼を求めたら薄笑いしながらやった剛の者だ。忠臣の頼みには応えなくてはならない。
奥に引っ込むオタ。
長居するつもりはなかったんだけど仕方ない。
何しろ店内は腰を落ち着けようにも椅子の一つもないのだ。
陳列されてる魔導具を見ていると、オタがティーカップをカチャカチャ鳴らしながら出てきた。
それをカウンターに置いて、ようやくずっと立ったままの私に気付く。
「あ、ごめん、今椅子になるからw」
「うん……うん?」
オタはその場で四つん這いになった。
「……」
「引かないで! 座って下さい! 一生のお願い!w」
「でも」
「お願いします! 人助けだと思って!w」
「……わかった」
意を決して、そっとお尻乗せてみるとオタは少し呻いた。
なんかグニョグニョして座りにくい。皮膚が動いて安定しないのだ。
紅茶を一口。
……ぬるい。カップが冷たい。
色々とダメだ。
でも……私をもてなそうとしているのはとても良くわかる。
「紅茶は蒸らさなきゃダメ」
「そうなんだ、さすが詳しいねw」
「私はお茶の味には、うるさいから」
「お嬢様足ぷらぷら可愛いっす……座り心地はどう?w」
「あんまり良くない」
「ごめんね、次は背中の形変える訓練するからw」
「おい店主……お? メスガキ?」
「おじさん」
その時、見覚えのある人物が棚の向こうから顔を出した。
冒険者のおじさんだ。
彼は私に気付いた後、腰掛けている物体を何気なく見て私に目を戻し、すぐにまたオタを見た。
「こういう歓迎の仕方はちょっと頂けんぞ……」
「お客さん誤解しないで!大丈夫だから!プレイだから!w」
「だまって」
「うひっw」
背中を軽く叩くと彼は喜びの声をあげた。
「椅子がないから、代わりになってくれただけ」
「お前、本当に手当たり次第誑かしてるんだなぁ……そこまで徹底してると尊敬すらするぜ」
「たぶらかしてない」
「……ま、痛い目見ねえようにほどほどにしとけよ、メスガキったってガキなんだからな」
おじさんは机に料金を置くとすぐに帰っていった。
……痛い目か。
私は私の美貌を見せびらかすのが好きだが、それは自ら危険を呼び込むのと同義である。
何しろ私は一人で歩いてるだけでロリコンおじさんに狙われるような人間だ。
きっと馬鹿な真似をしてるように見えるのだろう。
でも私は堂々と生きていたいのだ。
堂々と可愛さをアピールしてチヤホヤされて危険が来たら……堂々とどうにか、できたら良いのだが。
「……膝とか、大丈夫? つらくない?」
「お嬢様まじで優しい……w」
紅茶を飲み終えた私は魔導具の入った袋を受け取った後、何事もなく野菜を購入して帰路に着いた。
結局エステレアが何をやりたかったのかは分からなかった。
今頃何してるんだろう。
「君可愛いね、一人?」
まただ。
あまりにも不審者が多すぎる。
私一人で歩くと、こんなに危険だったのか。
「そんなにかわいい?」
「おおっ……まじで可愛いじゃん! なんか食べる? それとも俺んち来る? なんでもするよ」
普通のお兄さんだ。垢抜けててお洒落な感じ。
今までで一番まともそうな外見だが、今までで一番本物の変態っぽい。
だが私は余裕の表情でブザーを構えて見せた。
「じゃ、前科付けてみて」
「……いいぜ」
「え?」
「何でもするって言ったよな?」
全く構わず迫って来る。
やばい。目が本気だ。
……どうしよう。
ブザーの紐、これを引けば終わりだ。
引けば…………。
ダメだ。
変態かもしれないが社会的に殺すのは人生を終わらせるということだ。後味が悪い。
「それ以上近付いたら、逃げる」
「鳴らさないのか? 優しいんだな」
「ええ、お嬢様はお優しすぎるのです」
私の後ろから声が聞こえた。
「お嬢様!」
「くそっ」
変態はあっさり逃げていった。
後ろを向くと4人がいた。良いところに来てくれたが、今まで一体何をしていたんだろう?
エステレアが覆い被さってきた、そして力強くギュッと抱きしめられる。
落ち着く。
「ああお嬢様……我慢した甲斐がありました……!」
「どうやらエステレアは本当にトモシビの危険を察知できるようですね」
エステレアの鞄の中からスライムの声が聞こえてきた。
「ごめんねトモシビちゃん、私ずっと後ろから見てたんだよ」
フェリスが密かに護衛をしてくれてたらしい。
そしてエステレア達は見えない所から私の位置や危険を感知する訓練をする……なるほど。
フェリスとエステレア達の話を擦り合わせると大体わかった。
「エステレアさんがいきなり走り出した時は何事かと思いましたけど、そういう事だったんですね」
「害虫はお嬢様の光に吸い寄せられるのです。だからこそお嬢様の危険をすぐに察知する能力が必要なのです」
「理解しましたエステレア」
スライムやクロエはエステレアを尊敬し始めているようだ。
最近、エステレアもメイド長的な貫禄が出てきた。
そんな超能力が訓練で身につくとは思えないが、実際にエステレアが身につけてる以上なんとも言えない。そのうち全員エステレアみたいになるのだろうか?
「ていうかトモシビ様3回も変態に襲われかけたんでしょう? どうなってんの?」
どさくさに紛れて変態にカウントされているが、モリディーニは私を襲ったわけではない。
襲いかねない顔してたけど。
「トモシビちゃん変な人に狙われやすすぎるんだよ」
「また人攫いがいるんじゃないですか? 騎士団に届けてみたらどうでしょう?」
「そうする」
真昼間に一人で買い物できないほど治安が悪いのはさすがに問題だと思う。明日魔導院に行くついでに相談してみよう。
外国だと、場所によっては12歳以下の児童を一人でお使いになんて行かせたら保護者が逮捕されたりする地域もあるそうですね。




