魔王が村を練り歩いてる
「スジ肉……スジ肉……」
「トモシビちゃん、それ私の耳だよ」
「ミミガー……?」
「にゃっ」
……フェリスの耳を噛んで目が覚めた。
道理でピコピコ動くわけだ。
毎日、肉食三昧で夢にまで肉が出てきた。
「ごめん」
「もう、トモシビちゃんなんでいつも私の耳噛むの?」
「フェリスもいつも私のほっぺ舐めてる」
「甘そうなんだもん」
レプタットにいる間、私はずっとフェリスのベッドで寝ていた。狭くはないのだが、いつも気がついたらお互いに抱き枕にしてるので寝ぼけてやってしまうのである。
「もうレプタットも明日までだねトモシビちゃん」
「……寂しい?」
「トモシビちゃん達がいるから寂しくないよ」
私もそうだ。実家を離れても寂しくないのは皆のおかげである。
夏休みはまだ少しあるが、私達は明日王都に出発する事になる。
レプタットはのんびりして良い村だった。のんびりしすぎて時間が経つのも早く感じる。
ベッドでゴロゴロしているとコンコンとノックがした。
「お嬢様、失礼いたします。マンティコアが……」
外から凶悪な唸り声が聞こえる。
まただ。
散歩を強請っているのである。
マンティコアはフェリスの家の周りに待機させている。
大人しくしてはいるのだが、なにしろ小型の象みたいな体格のライオン4体である。人にじゃれついたら遊びで致命傷を負わせるだろう。
当然、一番危ないのは私である。
運動不足だとストレスが溜まりそうなので、たまに散歩でもさせて発散させる必要があるのだ。
おまけに餌代が尋常ではない。
頭の痛くなる問題だ。
「散歩ついでにあの牛の所に連れて行ってはどうでしょう。良い脅しになるかと」
「そうだね、いくらでも脅せばいいよ」
マンティコアが放たれるという事件があったものの、狩猟祭は滞りなく終わった。
滞りなくである。
つまり魔物を連れ込んで参加者を襲わせておいて、お咎めなしという事だ。
私はマンティコアが付いて来るせいで、表彰式を終えたらすぐ帰らなければならなかったのに。
バルザックによるとマンティコアは元々あのオルクスが操っていたらしい。領主の息子なのでもみ消すつもりなのだろう。
そうは問屋が卸さない。
帰る前に私はオルクスを事情聴取する事にした。
私は騎士団の作戦やら事情聴取やらに参加するに当たって『臨時騎士団員』なるバッジを貰っている。
何か権限があるわけではないが、公的なものなのでこれも脅しになるだろう。
私が散歩に出ると人々が恐怖に慄いた。
「ひいっ」
「うわああ! 魔王が村を練り歩いてる!」
通り道の家がカーテンを閉めた。
どうやらこの村で私のあだ名は魔王になってしまったらしい。
あの司会の言葉が広まったのだろう。
マンティコアは怒りを体現したかのような形相で道行く人に睨みをきかせている。
自分達のせいだと理解しているのだろうか?
「あ……おはようございます魔王さん」
「ち、ちぃーす」
「……おはよ」
「良い心がけです」
参加者が挨拶をしてきた。頭を下げてだ。吹き矢を射かけてきた人もいる。
一般人よりは魔物慣れしているが、若干腰が引けてるのはご愛嬌だ。
私が大会前に言った煽り文句は図らずしも叶ってしまった。
偉そうにするのは好きだが、恐怖されるのは居心地の悪いものである。
それは疎まれてるという事だからだ。しかも文字通り虎の威を借りて、である。
なんでこんなことになったのだろう?
大体全部あの牛男のせいだ。
しっかり追求してあげよう。
「マンティコアはカサンドラさんが連れて来たんだ。あいつらを使って優勝したら認めてもらえる。そうしたらフェリスだって……」
「私優勝者なんて興味ないよ」
「な、なんでだよ。最強の称号だぞ」
「もっとすごい子に尻尾の付け根触られちゃったから」
オルクスは泣きそうな顔になった。
誰のことだろう。
いや、予想はつくけど。
私のことだと良いな。
「……そのカサンドラさんは?」
「い、いなくなったよ。司会してた女がいただろ。あの人だ」
「見た目普通でしたけどね」
「俺はあの人がくれた魔血の宝珠っていう魔導具でマンティコアを操ってたんだ。バルザックに壊されちまったけど」
「その宝珠が壊れたからお嬢様に従うようになったんですね」
そうすると……もうオルクスにマンティコアを押し付ける事は出来ないということか。
マンティコアは魔物なので魔力量を察知して強さを計っているのだと思われる。私に従っているのはそのためだろう。
野生の魔物は魔力の多い獲物を狙うが、彼らは魔王軍の構成員だ。
そういう習性があってもおかしくはない。
そのカサンドラという人はひょっとして魔王の配下なのだろうか?
「カサンドラって人は何がしたかったの?」
「俺だって知らねえよ……」
「トモシビ様、分かりますか?」
「わからない」
どさくさに紛れて何かしようとしたのかもしれない。
何にせよ、特に何も起こってないということは失敗した可能性が高いんじゃないかな。
もうオルクスに聞くことはない。
「じゃ、マンティコアの餌代は、定期的に送って」
「えっ、俺がか?」
「当然です。貴方の代わりにお嬢様がお世話するのですから、そのくらいは」
「トモシビ様がその気なら貴方は即お縄なんですよ? あ、慰謝料も貰っていきましょう」
「この村、肉はいっぱいあるんでしょ? 現物も送ってよね」
エステレア達の非情な取り立てによってマンティコアの餌代は確保できた。
こんな凶暴な魔物、野に放つ訳にもいかない。
とりあえずは帰ったら魔導院に置いて……何か仕事させないと。
馬車でも引かせてみようか。
マンティコアとオルクスについては大体分かった。
いや、分からないということが分かっただけだが、これ以上聞いても無駄だろう。
それはそれとして狩猟祭ではもう一つ気になることがあった。
犯罪者と言われた女の人とドMの件だ。
狩猟祭の後、彼はすぐに消えてしまった。
女の人も行方不明だ。
行方不明といえば、ヨシュアのとこの私兵の一人が行方不明だそうだ。
しかもその人も女性だという。同一人物の可能性は高い。
マンティコアの件と何か関係があるのだろうか。
「お昼そこのレストランで食べない? お母さんには言ってきたから」
「いい雰囲気ですね」
「村で一番美味しいとこだよ」
「マンティコア、どうしよ?」
「一旦領主の家に置いておけばよろしいかと」
それでいいか。
レストランはエルフの村みたいなこのレプタットには珍しい王都風のモダンな作りだ。中に入るとフワリとした木の豊かな香りが出迎えた。
「へーいいじゃない」
「いらさいまし魔王様……」
シェフは牛の獣人だ。領主の親戚だろうか?
近くに住んでるからそうかもしれない。
大柄でオルクスより何倍も強そうだ。まるでミノタウロスである。
「何する?」
「何かお勧めとかありますか?」
「マンティコアステーキ、たくさんある」
「もうマンティコアはいいわ」
「お嬢様ワニがありますよ、ワニ」
本当だ。
ワニか……一度食べてみるのも良いかもしれない。
それを頼む事にする。
エステレアは以前のウミガメで爬虫類の味を覚えたらしい。美味しそうな珍味を見てはしゃいでる。
マンティコアも珍味だったが筋が多いのか硬くて噛みにくいので私はあまり好きではなかった。
お喋りしていると、お皿に乗せられたワニの腕が現れた。
見た目はアレだけど塩胡椒が効いてて香りは普通だ。とにかく一口。
「……鶏肉、かな」
「鶏肉……ですね。ウミガメとは違います」
「おいしいでしょ」
「下手な鶏肉よりおいしいかもしれませんね」
続いて衣を付けて揚げたフライドチキンのような料理……フライドワニ。
これはもう、そのまんまチキンだ。
ワニの手羽先とフライドワニは瞬く間に消費されていく。
だって美味しいんだから仕方ない。
ワニを食べてると見慣れてしまった顔が入ってきた。
メガネ2人だ。
ばったり会ってしまった。
「お」
「む」
「これはこれは我々のお嬢様、ご機嫌麗しゅう」
「へー、ファンクラブ会長だけあってちゃんと挨拶してるのね」
「皮肉だと思いますよ」
「何を仰る。我々はお嬢様の一番のファンですよ?」
慇懃無礼だが悪気はないんじゃないかと思う。彼らも歪んではいるが、たしかに私のファンなのだ。
どちらかというと悪意より好意が多く含まれている、はずだ、そう思いたい。
ファンといえば……そうだ、思い出した。
「あのジグっていう人、ファンクラブに入れてあげて」
「あの人、ですか……そうですねえ……」
「私のファンだから、お願い」
「……メスガキは無邪気で可愛いなあ」
「!?」
彼らは浮かない声でそれだけ言うと、テンション低く料理をボソボソ食べ始めた。
「どういう意味ですか? お嬢様がお可愛いのは当然ですが」
「彼さえ良ければ、ですね」
「ま、女にはわからない世界があるのさ……」
「なんか変ね」
「いつも変ですけどね」
私達が店を出るまで彼らはそんな感じだった。
あのメガネ2が素直に私を可愛いと言うのはちょっと驚いた。
もしかして……もう私に屈服してしまったのかもしれない。
それはそれでなんだか複雑な気分である。
翌朝、私たちはフェリスの両親に見送られてレプタットを発とうとしていた。
「みんなもまたいつでも来るといいにゃ」
「久しぶりにトリスが帰って来たみたいだったにゃ。トモシビちゃん、フェリスをよろしくにゃ」
「まかせて」
トリスっていうのはたしかフェリスの妹だったはずだ。
「トモシビ様みたいな子だったんですね」
「いんや、全然違うにゃ」
「え、違うの?」
「トリスは大人しくて人見知りが激しい子だったにゃ。トモシビちゃんとは正反対にゃ」
……正反対に見えるのか。
魔王だのメスガキだの小悪魔だの言われるが、私は実のところ、今でも人見知りでコミュ障だと思う。
克服するために頑張ってるけど、人間の芯は早々変わったりしないものだ。
「……その子も成長したら、私みたいになったかも」
「そうだにゃ……生きてたら今頃レプタット村の魔王と言われてたかもにゃ」
「パパにゃ、トモシビちゃん魔王なんて言われるの嫌なんだからね」
「フェリス!やっとパパにゃって呼んでくれたにゃ!」
パパリスは鼻先をフェリスの鼻先と擦りつけあってうにゃうにゃした。
これはあれだ。猫が鼻先をチョンってやるやつ……だと思う。
フェリスは両親と猫人特有の挨拶を交わして馬車に乗り込んだ。
「フェリス、元気でにゃ」
「うん、またみんなと来るからね」
「じゃあ……行くぞ。この魔物言うこと聞くんだよな?」
「たぶん」
私たちが乗り込む馬車はマンティコアに引かせることにした。
物は試しである。
余ってる馬もいるのでダメなら交換すれば良い。
アイナが合図を出すと問題なく走り始めた。
フェリスの両親に手を振って別れを告げる。
色々あったけど、懐かしの王都へ帰還だ。
ワニって食べたことあるでしょうか。
私が食べたのは上質な鶏肉みたいで美味しかったです。




