頭が高いです
私達は狩猟祭とやらを見物すべく、村を見て回っていた。
大きな木をくりぬいて作られた家や、家の中に木が立ってる家など、私たちの常識からすると珍しい建物ばかりである。見てるだけで面白い。
夜は涼しかったが昼はやっぱり蒸し暑い。私も最近色んな場所へ行ったが、ここが一番暑い。
「露店とかはないんですか?」
「夜になれば出ると思うよ〜」
夜が本番なのか。
フェリスによると、狩猟祭で狩った獲物を調理して盛大にお祝いしながら皆で食べるらしい。
ついでに生首を燃やして天に送るとかいう風習もその時にやるらしい。
ワイルドだ。
しかし箱入り娘でお嬢様育ちの私としてはちょっとワクワクしてしまうのは否めない。
「ん? なんでお前らがいるんだ?」
「バルザック?」
歩いてたらバルザックとばったり会ってしまった。そういえば、ここはフェリスだけでなく彼の故郷でもある。いるのは当然か。
「お祭りをやるって聞いて見に来たのよ」
「珍しいお祭りらしいですからね」
「お前ら参加はしねえのか?」
バルザックはフェリスを見て尋ねる。部外者も出られるのだろうか?
答えようとしたその時、ドラを鳴らすような音が響いた。
何だろうこの音?
続いて拡声器でも使ったかのような声が聞こえる。
「お集まりの皆様!お待たせしました!これより狩猟祭を始めます!」
女性の声だ。
「参加者の方は広場中央へお越し下さい!勇敢なる狩人の祭典にどうぞ皆様拍手をお願いいたします!」
「行くか」
バルザックは群衆を押し退けて前に行ってしまった。
司会をしているのは黒髪の女性だ。
今日は天気が良いとか狩猟祭の伝統がどうとか語っている。
開会式の挨拶だろう。
獣人の村なのになぜ部外者が仕切っているのだろうか。
領主の息子の牛男は椅子に座って偉そうに踏ん反り返っている。
広場にいるのは大多数が獣人だが、ヒューマンもちらほら見える。
私達と変わらない歳の人も……ってあれ?
「ねえ、あれって……」
「お嬢様ファンクラブですね」
メガネ2と会長だ。
腕試しでもしてるんだろうか?
世間とは狭いものである。
「では……何か意気込みなどあればお聞かせ頂けますか?」
オルクスに近付いていく司会。
参加者インタビューでもしようというのか。
昨日泣きながら去っていった牛男は、既に立ち直っているようだ。
「……ここにいる参加者達の顔を見てくれ」
「はい」
「こいつらは踏み台だ。踏まれるためにノコノコやってきてくれてありがとう」
「ああ……? なんだてめえ」
「今日は俺の優勝と同時に重大発表をする予定だ。お前らは引き立て役としてせいぜい頑張ってほしい」
「はい、ありがとうございました」
司会は普通に進めて行く。
なんだろうこれ? プロレス的なマイクパフォーマンスなのかな?
「前会優勝者のバルザック様、何か一言」
「牛野郎がなんか言ってたが眼中にねえ。俺に挑戦したけりゃ誰でもかかってこい」
「素晴らしいですね、ではどなたか……」
「あん? お前イトゥーじゃねえか」
「はは……久しぶり……バルザック君」
「イトゥーさんは何かありますか?」
「あ、いや、ない……です」
メガネ2はか細い声を出した。情けないとは言うまい。人前で喋るのが苦手なのは私も同じである。
その答えに不満だったのか、司会は隣の会長に話を振った。
「3秒、ですかね」
「3秒……ですか」
「バルザック君は3秒で全員を地に沈めるでしょう」
「分かってんなお前」
よくそんな偉そうに太鼓持ちをできるものである。
これが私のファンクラブ会長なのだから笑えない。
「最後に……くふふ、こちらのお嬢様、お願いいたします」
……私?
オルクス達のように煽ればいいのだろうか?
口下手な私ではあるが、今までのやりとりで煽り方は大体理解した。
よし、昨日のリベンジだ。
私が盛り上げてあげよう。
「私の顔を、見てください。3秒でノコノコです」
「はあ」
「お嬢様……」
「トモシビちゃん、普通でいいよ。ほら、入学式のときみたいに」
フェリスが耳打ちしてきた。
入学式? あの時はたしか……。
「12歳だけどこの中で私が一番強い」
こんな感じだったはずだ。
群衆は少し興味を惹かれたようだ。
私は前に出て傲岸不遜に彼らを見回し、さらにディスる。
「私が来たら、頭下げて挨拶して、私の目に叶うように、がんばって」
「ちびっ子、人のセリフ中途半端にパクるのやめろ」
私はいつものように髪の毛をサラリと払ってみた。
群衆はどよめいた。
当時バルザックやアナスタシアが言ってたことを真似したのだが、けっこう良い感じだったのではないだろうか。
「ありがとうございます。 では参加者の皆様は準備をお願い致します」
その声を受けて三々五々に散っていく群衆。
「言うじゃねえか嬢ちゃん」
「楽しみにしてるぜ、くくく」
「頭下げて挨拶せよとお嬢様が仰ったはずですが」
「ずがたかい」
「本気かよ」
「俺、ありだわ……」
こちらに声をかけてくる人も結構いる。
かなり注目されてしまったようだ。
……あれ? ひょっとして私達も自動的に参加者になっているのだろうか?
見回してると聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「おおい、親友!水臭いぞ!」
「トモシビお嬢様も出るの? 知らなかったよ」
「私も知らなかった」
アイナとヨシュアだ。
「戦える人なら飛び入りで参加していいんだよ。いっぱい獲物取った人が優勝」
「トモシビ様なら森ごと焼失させることも」
「村も燃えちゃうよう」
「トモシビに不利ではないですか?燃やせるようルール変更を申し出るべきでは?」
スライムが無茶苦茶な提案をした。
「スライム、めっ」
「スライム、ルールがお嬢様を縛るのではありません。お嬢様がルールを縛るのです」
「なるほど、また一つ賢くなりました」
「わ、私達みんなで参加すればいいんだよ」
「いつもの魔物狩りと同じですね」
そう考えると楽なものだ。これは優勝してしまうかもしれない。
「僕らはお店出してるから必要なものがあったら言ってね」
「私らは財力でサポートするからな!武器から食料までタダでやるよ!」
「それ僕のお金だよね? あ、いや、お嬢様の役に立てるなら嬉しいよ……」
一文無しのアイナに財力などあるわけがない。自分の就職先から横領する気満々である。
しかし優男のヨシュアとはわりと良いコンビに見える。
森に入るなら水や食料がいるかもしれない。あとは、いざという時のために予備の武器とかもほしい。
2人にバックアップを頼んで私達は森に入る事にしたのであった。
森を歩く私達。フェリスの耳には最大強化をかけてあるので獲物がいたら教えてくれるはずだ。
もうこういうことも慣れっこである。
「フェリス、獲物いる?」
「いっぱいいると思うよ。ついて来て」
フェリスの耳がレーダーみたいに動く。
可愛い。触りたい。
耳が右方向を向いた。そちらに歩を進めるフェリス。
しばらく歩くと、動くものが見えた。
緑の葉っぱをモシャモシャ食べてる。
「鹿ですね」
魔物ではない。普通の動物だ。
鹿は横目でこちらを見ている。
けっこう可愛い……。
いやいや、獲物だ。心を鬼にしなければ。
「さっきアイナちゃん達からもらった弓矢使ってみるね」
「そうね、近寄ったら逃げそうだし」
「あ、待って」
良いものがある。
私がアイテムボックスから取り出してみせたのは……銃だ。
丁度良いので試し撃ちしてみよう。
銃身は細長く、前世で言うマスケット銃のような形をしている。
以前、遺跡のゴーレムが使っていたやつを魔導院で改造してもらったのだ。
マスケット型でなくても良いのだが、私が持つにふさわしい優雅さを求めた結果こうなった。
狙撃体勢のような感じで構えてみる。
「これで仕留めるから、見ててね」
「だ、大丈夫なの? トモシビちゃん」
魔力を込めると銃身の魔法陣が赤く励起した。
カッコいい。
弾丸は土の式で精製する仕組みになっているらしい。それを炎の式で温めた空気で撃ち出すのだ。
誰でも使えるので魔導具としては有用だと思うのだが、なぜ廃れたのだろう。
……魔力充填はこんなものかな。
狙いは心臓。魔導銃発射。
ボシュッと空気が抜けるような音がした。
鹿がピクリと動いた。
その足元がパンと爆ぜた。
飛び上がって逃げて行く鹿。
…………失敗である。
「……獲物を哀れんだのですね。なんて慈悲深いお嬢様」
「……次は弓矢でお願い」
「うん……わかった」
狙いが難しい。
でも試射は成功だ。
火薬を使わないので音が小さいし、魔力次第でたぶん威力ももっと上げられると思う。
あとは照準をどうにかして……。
その時、フェリスの耳が動いた。
「危ないっ!」
キンという音がして、フェリスがその手甲で何かを弾いた。
ダーツのようなものがフェリスの足元に落ちる。
「すまん、獲物かと思った」
木の陰から私達の前に現れたのは、さっきいた参加者の一人だ。
ヘラヘラしてる。
人を撃っておいて罪悪感のかけらも感じられない。
「これか? 吹き矢だよ。当たっても眠るだけだ。狩りには便利でな」
「……」
「……そんなに警戒するな、もう消えるよ」
去って行く彼を見届けてから、私たちは力を抜いた。
「あの人、わざと撃ったわ」
「……たまに参加者を狙う人もいるんだよ。バレないからって」
「そんなに優勝したいの?」
「したい人もいるんだよ」
そういうものかな。
まあ勝負事に不正はつきものである。
でもフェリスがいれば人間も獲物も感知できるだろう。
数々の凶悪な魔物を屠って来た私達が今更何を恐れることがあるのか。
そう思っていた私達の前に、それはほとんど無音で現れた。
「え?」
上から落ちて来たその巨大な獅子のような怪物は、ヒョウを倍速再生したような俊敏さで飛びかかって来た。
マスケット銃ってカッコいいですよね。漫画アニメでよく使われてるのも分かります。




