全体的に変な村でした
※12月10日、誤字修正しました。ご報告ありがとうございました!!
「フェリス、俺の嫁になる覚悟ができたってわけだな?」
「で、できるわけ……!」
「だがお前は帰ってきた。口では嫌がっていても体は素直じゃないか」
「ただの夏休みにゃ。フェリスはお前ごときの嫁になんてならんにゃ」
「フェリスはもう予約済みなんだよ。分かってるだろ?」
牛男はどうやらフェリスに求婚してるらしい。
この村のことである。どうせ尻尾の付け根を触ったとか裸を見たとかで結婚しようとしているのだろう。
だがそうはいかない。フェリスは私の猫……親友だ。
私はフェリスと牛男の間に入って、彼を真っ直ぐに見た。
「本人が嫌な結婚はダメ」
「トモシビちゃん……」
「何だお前は? お前に何が分かる」
分からないが、フェリスが嫌がってるのだからやめるべきである。
私の言葉を聞いて彼は忌々しそうにまくし立てた。
「獣人はこのままではいずれ滅びる。お前たちが女を取っていくせいで俺たちは子供を作れないんだ。この村を見ろ。子供の姿を見かけたか? もう集落を維持する限界なんだ。無理矢理にでも結婚させて子を作らなければならない。フェリスは優秀だ。未来の領主たる俺と子供を作る義務がある」
「で……でも」
「じゃあフェリスとお前が子供作れるのか? やって見ろ。女同士でできるならな」
少子化……? そんな社会問題が絡んでるのだろうか?
この人、牛のくせにトークがマシンガンだ。
元々私は無口で口下手だ。討論は苦手である。
いやでもそんな本人の意思を無視するなんて人権侵害だ。
……人権なんて概念あったかな?
混乱してる私を見かねたのか、エクレア達が口を開いた。
「それってあんたがモテないだけでしょ?」
「なにぃ?」
「少子化にかこつけてフェリスさんと結婚しようなんて意味わからないです」
「優秀なもの同士が子孫を残すのが獣人の掟だ! ずっとそうやってきた!」
「どこが優秀なのやら」
「てかいつまで鳥に跨ってんの? かっこいいと思ってんの?」
「鼻の輪っかが生理的に無理です」
「うっ……く……」
「今ですわ、お嬢様。敵は怯んでおります」
牛男の顔が歪んだ。
泣きそうになってるのかな。
意外と打たれ弱かったようだ。
よし、この機に乗じて私も何か言ってやる。
「…………お、お肉まずそう」
「……?」
ダメだ。語彙が少ないせいだろうか。私には罵倒の才能がないかもしれない。
「……お嬢様は貴方のだらしない肉体を馬鹿にしておられます」
「……この人優秀なんですか? フェリスさん」
「普通くらいだよ」
「もしかして、バルザックに舎弟にされていた領主の子というのは」
「このオルクスだよ」
「ち、ちが……俺は従ったふりしてただけでいつか倒してやろうと」
「なっさけない。このトモシビ様なんかあいつに勝ったんだからね」
「なんだと……?」
牛男が私をマジマジと見た。
私はできる限り強そうな顔をして胸を張ってみせた。
「要するにコンプレックスを拗らせた牛の僻みですか」
「いや……少子化……少子化を解消するために優秀な遺伝子を」
「なに? ボソボソ言われても聞こえないんだけど?」
「さっき論破した内容ですよ」
「赤ちゃんが欲しいならキャベツ畑を作りなさい愚か者」
「エステレアさん……」
「と、とにかくもう帰れば? 何しにきたの? 結婚結婚ってキモいのよキモ牛」
「キモ牛って……あはは」
「領主家の威光を笠に着ても性根の卑しさは隠せなかったようですね」
「……ぐっ……ぐふぅ…………うぅ、あぁぁぁ……」
牛男は嗚咽を漏らしながら去っていった。
流石に可哀想……でもないか。
「……中に入るにゃ。あれのことは忘れていいにゃ」
フェリスのお父さんは何事もなかったかのように招き入れた。
あの牛男はオルクスというらしい。レプタットの領主の息子だそうだ。つまりは貴族である。
レプタットは小さな村だが、獣人の村ということである程度の自治権が与えられている。
単なる村長ではなく領主という扱いなのはそのためだ。
「明日狩猟祭があるからにゃ、あれも気が大きくなったんだにゃ」
「狩猟祭?」
「狩りの腕を競うお祭にゃ」
「村では狩りの腕が強者の証にゃ。強い雄はモテるにゃ」
フェリスのお父さんは腕に力こぶを作って見せた。
モテるのかな?
″俺″的にはそういう力強さは嫌いではない。
しかしながら私がそういう人に惹かれるかと言われたら残念ながらノーである。
しかし、この村らしい催しだ。
あの牛男は昔からフェリスに目をつけていたそうだ。この狩猟祭で強さを見せつけてフェリスに求婚しようと企んでるとのことである。
「断ればいいんじゃないですか?」
「断ってはいけないにゃ。この村で最強の男の求婚を断るなんて考えられないにゃ」
「フェリスは?」
「断るに決まってるよう」
「ですよねー」
「……フェリスはこの村の馬鹿者と結婚させるのは勿体ないにゃ。そう思って王都に送り出したにゃ。正解だったにゃ」
閉鎖的な村ではそもそも常識や価値観というものが違うという事だろう。外から見るとおかしな風習ばかりだが、村の人にとっては大真面目なのだ。
「まあ、つまらない事は気にせずゆっくりして行くといいにゃ。ママにゃ、あれを出すにゃ」
台所に歩いて行くフェリスママ……ママリスと呼ぼう。温かい家庭だ。それに可愛い。
フェリスはにゃんにゃん言わないんだろうか? 言って欲しいけど訛りをからかってるみたいで良くないかな?
しばらくしてママリスは大きなお皿を持って出てきた。
乗ってるのは……鳥の丸焼きだ。
「すごい」
「フェリスの好きな料理にゃ。こうやって切ると……」
「やだ、超美味しそう」
「ライスを中に詰めて炊いたのですね」
「面白いですね。今度作ってみましょうか」
「肉だけはいっぱいあるからにゃ。たくさん食べるにゃ」
良い匂い。
スパイスと肉汁の染み込んだご飯がなんとも香ばしい。
木のスプーンで口に運ぶ。
絶品だ。
これはセレストエイムや王都でも広めるべきである。
それともう一つ大皿が出てきた。
何か白くてマカロニみたいな……ん?
「トモシビちゃん!」
不意に私の視界が真っ暗になった。
どうやらフェリスが手で隠したらしい。
なんだろ?
「うっ……これ、食べるの?」
「下げて!トモシビちゃんは見ちゃだめ!」
「ど、どうしたにゃ?」
「これはたしかに、お嬢様には刺激が強すぎますね」
「美味いのににゃあ……」
ごそごそしてる。ママリスがお皿を下げたらしい。
フェリスの手が退けられた。
私が見ないほうが良い料理って……虫、とか?
虫を食べるというのは、実のところそんなに珍しいものではない。東方でも西方でも食べる。
もちろん私は嫌だけど。
「あれ、なんていう料理なんですか?」
「ウィチェッティグラブにゃ。栄養満点でツマミにピッタリにゃ」
「そういうのはトモシビちゃんに見せたらダメだからね!」
「しょうがないにゃあ……食べたかったら隠れて食べると良いにゃ」
エステレアとエクレアは首を振った。
クロエはちょっと興味がありそうである。あの顔は後で食べるつもりだ。
美味しい肉料理を食べながら話しているといつのまにか時間が経っていた。
フェリスの両親は暗くなってきた窓の外を見て私達に尋ねる。
「トモシビちゃん達はどこで泊まるにゃ? 決めてなければここで泊まると良いにゃ」
「いいの?」
「大歓迎にゃ! 娘も泊めてもらったんだからお返ししなきゃバチが当たるにゃ! ちょっと狭いにゃが……」
パパリスが持ってきたのは魔力で膨らむベッドだ。私も持ってるやつである。
「この居間で何人か寝られるにゃ」
「トモシビちゃんは私のベッドで寝ようね」
「うん」
「じゃあその前に風呂に入ると良いにゃ。フェリス、久しぶりにパパにゃと」
「と、トモシビちゃん一緒に入ろ!」
「にゃ……」
父親と一緒に入りたくないのは年頃の娘ならどこも同じのようだ。もちろん私も嫌だ。
私は随分前から両親ではなくエステレアと入っていた。
「仲良いにゃあ……2人ずつ入るといいにゃ」
どうやらここのお風呂は二人くらいが限度らしい。
私はフェリスに手を引っ張られてお風呂に向かったのであった。
「今日は私が洗ってあげるからね」
「じゃ、私も洗ってあげる」
「洗いっこだね!じゃあとっておきを使うよ〜」
お風呂は小さいがよく掃除の行き届いたヒノキのお風呂だった。私好みだ。
フェリスはなんと尻尾に石鹸を付けて私の体に擦り付けはじめた。
すごい。
どんなタオルやスポンジよりも上質。とろけるようだ。
しかも触手のように自在に動く。
体を這い回るその感触に私は悶えた。
「ふわあ……」
「きもち〜でしょ」
気持ち良い。
だが悶えてばかりはいられない。私もフェリスを洗ってあげなくてはならない。手で直接スリスリして石鹸を塗り込んでいく。
「そういえばトモシビちゃん、明日の狩猟祭どうしよっか? 行ってみる?」
「行きたい」
「珍しい動物のお肉とか食べられるよ、楽しみだね〜」
「うん」
星送りのお祭りも大変なことになったし、セレストエイムの誕生日パーティーも楽しむどころじゃなかった。
今回くらいはまともに楽しみたいものである。
例の和風ドレスがあるのであれを着て行こうかな。
ていうかフェリスは大丈夫なのかな? 牛男が優勝したらまた結婚結婚言ってきそうだ。
「フェリスは、大丈夫? また絡まれるかも」
「う〜ん……なんかもう平気になっちゃった」
「どうして?」
「だってトモシビちゃん達メチャクチャだから……一緒にいたら村の決まり事なんて馬鹿馬鹿しくなるよ」
「そうなんだ」
しかしなんというか、フェリスが良くても、私がもやもやするのだ。
さっきはろくな反論もできなかったけど、今度絡んできたら私が追い払ってやる。
私はフェリスに抱きついて全身で洗い始めた。
「フェリス、フェリス……」
「にゃあ……どうしたのトモシビちゃん?」
「フェリスは卒業しても、一緒にいてくれる?」
フェリスは私のメイドでも騎士でもない。でもセレストエイムでそう言ってくれたのだ。嬉しかった。
「……うん、トモシビちゃんが行くとこに私も行くよ」
「じゃあ……この尻尾も耳も、全部私の」
「トモシビちゃんは珍しいものは全部手に入れるんだもんね」
「綺麗なものと、美味しいものも」
フェリスは全部に当てはまる。
毛の一本だって牛にはあげない。
日本でも一昔前は変わった風習がたくさん残されてたらしいですけど、何かしら合理的な部分はあったんでしょうね。




